SPIRE

N°5のボトルデザインと永遠のモダニティ

シャネル N°5、100年の伝説 vol.2

2021.8.6

誕生以来、100年を迎えたN°5。そのボトルデザインをめぐっても、多くのエピソードが伝えられている。今回はその秘密をフィーチャー。ガブリエル・シャネルが生涯に渡って追求し続けたエレガンスと創造のスピリットを宿したN°5のボトルデザイン。それは彼女自身のモードのステイトメントだったのだ。

1921年、発表当時のN°5。

シンプルさはすべてのエレガンスの鍵

手のひらに収まる繊細なガラス製ボトル。その中には、美しく芳しい液体が収められている。身にまとう人の装いを完成させ、その魅力を増幅させてくれる香り。時にはときめきと冒険心を誘い、自信を与え、知らなかった自分を気付かせ、幸福感さえもたらしてくれる。それが一番身近で手軽な魔法、フレグランスという存在だ。

シャネル N°5が誕生したのは1921年。100年前に想いを馳せれば、そっけないほどシンプルでモダン、それでいて計算され尽くしたN°5のデザインは、人々の度肝を抜くほど斬新で、観るものを圧倒し、そしてたまらなく惹きつける代物だっただろう。それはまさしくセンセーションだ。フレグランスの容器も時代によって移り変わってきたが、1980年代からはラリック社の装飾ガラスなどのボトルが流行。凝りに凝ったデザインが主流だった。しかし、そうした趣向とはまったくもって対照的。実験室のガラス器のように簡潔でありながら、クリスタルのように輝き、ゴールドの液体を覗かせるN°5のボトル。もちろん、そのデザインもガブリエル・シャネルのアイディアだ。贅沢な香水を納める容器だからこそ、シンプルを極めた洗練が相応しい、そう考え抜いたガブリエル・シャネルの戦略なのである。

1921年から2012年までのボトルデザインの変遷を示すイラストレーション。

左から、誕生当時(右)と1924年のボトル。1950年、そして2012年のN°5。

モダニティのためのたゆまぬ変遷

極めてシンプルでいて端正なフォルム。曇りなく磨き上げられたガラス製ボトルのラベルとボックスに、黒で刻印されたシャネルのロゴをあしらわれたシャネル N°5。誕生以来、変わらぬデザインと見受けられるが、ここにも決して色褪せることのない工夫と秘密が潜んでいる。それと気づかれないほど微小な進化を積み重ね、時代とともに変遷を果たし、現代へと繋がってきたのだ。1924年にデザインされたボトルは、一見現代のそれと違いないように見えるが、ボトル本体やストッパー部分、ラベルのデザインもわずかずつ変化。時の流れとともにより洗練され、磨き抜かれた意匠へと変貌している。常に時代を先取り、女性のスタイルやあり方を先導してきたシャネルのエスプリが発揮されているからこそ、N°5のタイムレスな魅力が守られているのだ。

宝石のようにカットされ、磨かれたボトル ストッパーもまた、N°5の類を見ない個性を形作る重要なパーツだ。

ヴァンドーム広場とガブリエル・シャネル

それ自体がきらめくオブジェのようなN°5のストッパー。それについて説明する前に、ヴァンドーム広場とシャネルとの深い関わりを解き明かさないといけない。パリ1区に位置するヴァンドーム広場は、ルイ14世の時代に作られた八角形の広場。かつては貴族の館だった歴史的建造物に囲まれ、現在では多くの高級宝石店やラグジュアリーなホテルが居並ぶ場でもある。そのホテルの一つ、リッツ パリこそガブリエルのお気に入りの場所だ。1920年以降、彼女はリッツを常宿とし、37年以降は4階のスイートルームを住居としていたのは有名な話だが、ヴァンドーム広場もまた彼女の愛する地であり、数々のインスピレーションをガブリエルにもたらした。そう、N°5の八角形のストッパーは、このヴァンドーム広場から創起したフォルムなのだ。高級宝飾店が立ち並び、シャネルのファイン ジュエリー ブティックが位置するこの広場こそ、N°5に捧げるに相応しいスポットだったのであろう。身につけた人をさらに輝かせ、装いの総仕上げとなるフレグランスを形作るデザインの一部として。

シャネル N°5 香水 7.5ml ¥16,500、15ml ¥26,400、30ml ¥41,800/すべてシャネル(シャネル カスタマーケアセンター フリーダイヤル0120-525-519)

公式サイト

1937年、N°5の広告のため、リッツ パリの自室で撮影されたガブリエル・シャネル。

タイムレスな魅惑の形

N°5を、不朽の香りたらしめている秘密はもう一つある。ボードリュシャージュと称される、香水が空気に触れないように密封する技術だ。シャネルだけが受け継ぐと言われるこの伝統は、香水ボトルの口に薄い膜をかけ、黒い綿糸で固定することで気密性を図るもの。ボボードリュシャージュによって閉じられたボトルに、黒い蝋でシャネルのロゴを刻印。これでN°5 パルファムが完成。手にした女性たちによって封を開けられる時、新たなドラマが紡ぎ出されるのだ。香りだけにとどまらず、ボトルデザインにおいても、歴史を塗り替えたN°5。1959年にはニューヨークの近代美術館(MOMA)の恒久コレクションに収蔵された。そして数年後には、アンディ・ウォーホルがN°5をモチーフにした9枚のシルクスクリーンを発表。「常に取り去ること、決して付け足さないこと」と語ったガブリエル・シャネルの哲学を体現したN°5のボトルデザイン。ここにも時を超えて、私たちを魅了する所以(ゆえん)があるのだ。

Editor: Midori Kurihara