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「明日は来るものではなく、つくるもの。ビジョン次第で未来は変わる」

未来を創造する女性たち vol.1 荒井由希子さん

2021.5.28

国連の国際労働機関(ILO)で20年以上にわたり、ジュネーブ本部やバンコクにあるアジア太平洋地域事務所などで児童労働問題やサプライチェーンにおける雇用労働問題に取り組んできた荒井由希子さんが、このたび、ILOのアルゼンチン事務所代表(カントリーディレクター)に就任した。アジア人がラテンアメリカ・カリブ海地域の事務所の代表職に就くのは初めてのこと。コロナ禍の影響で組織全体がテレワーク体制となり日本に一時帰国、地球の反対側にあたる現地とオンラインでつながりながら働く昼夜逆転の日々が続いていたが、いよいよブエノスアイレスでの勤務が始まる。渡航を控えた荒井さんに、仕事をするうえで大切にしていることについて伺った。

チームメンバーの強みを活かして、弱みはフォロー

アルゼンチン事務所の代表に就任してまず取り組んだのは、チームビルディングです。私はチームを軌道に乗せるには最初の100日が勝負だと思っているのですが、今回はコロナ禍の影響で、現地の約30人のチームメンバーとは常にバーチャルの世界でやり取りをするという異例のキックオフとなりました。

就任直後に行ったのは、スタッフとの30分間の1on1オンラインミーティング。といっても、仕事の話はゼロ。私は基本、聞き役となり、趣味や家族についてなど、私とシェアしたいことをインフォーマルに話してもらいました。1週間かけてチームの全員と行った末、アミーゴ&アミーガが30人できていました(笑)。今も、月曜の朝は「週末はどうだった?」なんてメッセージアプリでのやり取りから始まって、ひとしきり盛り上がるのが日常茶飯事。「今日のあなたの気分は何色?」「緑!」「僕は紫!」といった遊び心のあるコミュニケーションが、意外と大事なんです。

というのも、私はチームのリーダーでもあり、マネジャーでもある立場。日本の部活でいうと、キャプテンと部長を兼ねているようなものですね。リーダーとしてはビジョンをきっちり打ち出して、道を切り拓く必要がある。ただしトップダウン型ではなく、ビジョンに対してメンバー全員に「心」で共感してもらい、大きくかつ具体的なゴールを共有するイメージ。達成の仕方は個人に任せますが、日々の決断、アクションで「前進」することが肝心です。彼らのやり方をコントロールはせず、それぞれの強みを活かして、弱みはフォローするようにしています。

一方、マネジャーとしては、スタッフとその家族の健康と安全を守ることと、全員にやりがいを感じながら楽しく働いてもらうことが重要。そこで役に立つのが、先程のような日々の他愛のない会話です。テレワーク体制にある現在、単に「元気?」と聞くだけではわからないスタッフの調子や本音にアクセスするには、カジュアルな会話を通してセミプライベートを共有することが欠かせません。特にアルゼンチン人は気質が温かく、ソーシャルなつながりを大切にする人たちなので、なおさらですね。ILO内のタレントショーにも一緒に出演しました。私もみんなも楽しいことが大好きです! タイム・マネジメントよりも、エネルギー・マネジメントに力点を置いています。

“地球市民”という自覚をもって、行動する

大学時代、ペルーの当時のフジモリ大統領にお招きいただき、スラム街にある小学校の開校式に出席しました。そこで出会った子どもたちの目がキラキラと輝いていたのが忘れられず、それ以来、「児童労働をなくし、子どもたちが学校に行ける社会をつくる」というのが私のミッション、そしてパッションの源になっています。

国連の組織というのは、理想を追求し形にできる数少ない仕事。中長期的な国づくりにもスピード感をもって取り組みます。「最前線で仕事をし、人々の暮らしにポジティブなインパクトを与えられることを誇りに思い、楽しく仕事をしていこう!」と常にチームに語りかけています。それと同時に、人々の暮らしが確実によくならなければ、何の意味もない。お役所的に、報告書に記録として残る仕事をするのではなく、現場で暮らす人たちと常に対話し、人々の心に残る成果を出すのがポリシーです。

ILOは雇用と労働に関する国連の専門機関。100年以上の歴史をもち、50周年にはノーベル平和賞を受賞しています。187の加盟国の政府・使用者・労働者の三者で構成し、「社会正義(=フェアな社会)」の実現と、「ディーセント・ワーク(=働きがいのある人間らしい仕事)」の創出を目指しています。私は2001年にジュネーブ本部の児童労働撲滅国際計画部に参画。この10年ほどは途上国に進出するグローバル企業と連携しながらディーセント・ワークを促進する活動を専門に行ってきました。

もともと経済危機に陥っていたアルゼンチンは、コロナ禍でダブルパンチを受け、深刻な雇用危機に直面しています。雇用創出と労働者の権利の保護に軸を置きながら、児童労働やジェンダーといったプライオリティ課題にも取り組んでいかなくてはなりません。2021年は国連で定められた、児童労働撤廃国際年。すべての子どもが質のよい教育にアクセスできるように、政労使の3者と組んで、さっそくムーブメントを起こし始めました。

仕事へのモチベーションはひとえに、「明日を常によくしたい」という個人的な関心。世界で何が起こっているのかが気になるし、アジア、中南米、アフリカなど、さまざまな地域に足を運んで実態を知れば知るほど、頭で考えながらも最終的には“心”が正しいと感じる判断を下し、アクションを起こしたいという意欲が湧いてきます。明日は、来るものではなくつくるもの。未来はビジョン次第でいくらでも、我々の手で変えられるのです。

日本人で自らがグローバルシチズン、地球市民であるという意識をお持ちの方はどれくらいいらっしゃいますでしょうか? 世界的な労働問題の解決にあたっては、先進国で暮らす人々が果たすべき役割は大きいのです。例えば、消費者としては海外サプライチェーンの労働問題に配慮している企業の商品を選ぶ、投資するならESG投資など社会的なインパクトを考えた投資を行う、地球の一員としてSDGs(持続可能な開発目標)に取り組むなど、一人ひとりの小さな選択が自分の身の回りだけでなく、地球全体の明日にも影響を及ぼすのだということを意識しながら、行動していくとよいのではないかと思います。

仕事のテンションを上げてくれる、万年筆の心地よい書き味

よく「ストレス解消法は?」と聞かれるのですが……そもそも、ストレスをあまり感じていないかもしれません。仕事は刺激的なほうがエキサイティングです。もともと好奇心が強く、楽天的でラテンな性格といいますか(笑)、仕事をするうえでも、楽しみながらやることを何よりも大事にしています。

最近の小さな楽しみは、万年筆を使うこと。代表職なのでサインをする機会が多いのですが、久し振りにモンブランの万年筆を使ってみたら、書き心地が本当に気持ちよくて。こういうちょっとしたことでも、仕事のテンションは上がるもの。日本の文房具は魅力的で好きな方も多いと思いますので、おすすめです。

オフの時間は遊びに集中、そして食を楽しむ! 近年はアートに触れたり、久し振りにピアノを弾いたりなど、右脳を刺激するひとときを楽しんでいます。料理はもともと好きで、和食をよく作ります。たとえ手に入らなくても「ないものは作る」主義なので、ジュネーブ時代も素材から豆腐やあんこを作っていました(笑)。アルゼンチンではタンゴはもちろん、旅も満喫したい。南極が近いので、ぜひ行ってみたいですね。南半球ならではの天体観測も楽しみたいですし、乗馬にもトライするつもり。やりたいことは尽きません。

国連・国際労働機関(ILO)アルゼンチン事務所 代表

荒井由希子さん

1973年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。その後、米ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院にて国際経済学を学び、1998年世界銀行に入行。2001年、国連・国際労働機関(ILO)に転職。ジュネーブ本部、アジア太平洋総局バンコク事務所で貧困削減、児童労働撲滅に取り組んだのち、2006年、ILOジュネーブ本部の多国籍企業局へ。グローバルサプライチェーンにおける労働問題、CSRに携わる。2013年にはILOの無償休暇制度を利用し、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員として活躍した経歴も。2021年3月より現職。これまでに訪れた国は100カ国以上。日本語のほか、英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語で仕事をし、現在はロシア語を勉強中。

Photos: Yasuyuki Noji Editor: Kaori Shimura