「モヤモヤする」「ついネガティブ思考になる」「視界が狭くなっている」そんなふうに自覚したら、大人向けの本をしばし脇において、こどもの本を開きます。読めない文字はないし、意味を調べないとわからない言葉も出てきません。すいすい読める。けれど、心が閉じていたり、こわばっていたりすると、メッセージをキャッチすることはできません。目や頭で読むというより“心で読む”という意識でページをめくると、こどもの本はベターアンサーの宝庫、思考スイッチの泉です。今回は、“心が晴れる”作用たっぷりの1冊をご紹介します。

vol.2『海のアトリエ』

“ステイホーム”という言葉とつきあいだして、早1年と2カ月ほど。こどもも大人も、良くも悪くも初めて尽くしの日々。試行錯誤しながら、なんとか自分流のステイホーム術が身についてはきたけれど、窓の四角いフレーム越しの空を眺めるにつけ、心もぎゅうっと閉じ込められている、そんなふうに感じることはありませんか? 今回ご紹介するのは、おばあちゃんが孫娘に語る、かけがえのない、ある夏の思い出話。それが『海のアトリエ』です。

“ちょっといろいろ、いやなことがあって、学校にいけなくなって”いた少女時代のおばあちゃん。家に閉じこもっていたところ、おかあさんの友人で、海のそばに暮らす女性の絵描きさんのお宅へひとり招かれ、一週間を共に過ごします。海が一望できる天井の高いアトリエで、思い思いの絵を描いたり、一緒にごはんを作ったり、夜はそれぞれ静かに本を読んだり、二人でささやかなパーティーをしたり、ただただ風に吹かれながら海を眺めたり……。

絵の具棚、レコード棚、本棚、そして照明使いなどのインテリア、葉っぱや貝殻を使ったテーブルコーディネイト、描いた絵を壁一面に貼ったギャラリー風の設え、といった描写を見ていると、おウチ時間を楽しく豊かなものにしたい、という気持ちが刺激されます。

特別な遊び道具やお金がかかる仕掛けもないけれど、絵描きさんは女の子をこども扱いせず、実に自然体でもてなします。女の子の翳っていた心に変化は起きたのでしょうか? このお話は、作者の堀川さんがこどもの頃、絵を習っていた女性の画家の先生がイメージ源となっているそうです。絵描きさんが描いてくれた女の子の顔の絵を見て、「きたいしたほどは、かわいくなかったけど、だれでもない、ここにしかいない、あたしだっていう感じがした」。それが女の子の感想。シンプルだけど、人生を支える大事な思想です。

思考も心も袋小路に入ってしまったら、思いきって環境を変え、まったく関係ないことをやってみる、というのは、私が勝手に得た教訓。目の前にある小さきことに集中して、しばし煩わしいことを忘れて童心に帰る。と同時に、海のような遙かに大きな存在を感じ取る。この大きなものと小さきもの、両方を心で感じながら自分の舵とりができるようになると、取り巻いていた雲が徐々に薄れ、心もしだいに晴れてくるのではないかと思います。今日も、ページをめくってしばし「海のアトリエ」にお邪魔します。物語のなかのパノラマの青い海と愛しきものがつまった部屋。交互に見ていると、窮屈に感じていた心がふっくらとふくらみ、四角いフレームが取りはらわれ、視界がぐわんと広がった気がしてきます。

『海のアトリエ』
作/堀川理万子  刊/偕成社

画家、イラストレーターとしての活動もされている絵本作家の堀川理万子さんは、1965年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了。縦22×横28㎝という横長の判型を活かした、ほんわかとしたタッチの空や海の風景画がのびのびとした気分へと誘い、一方、ディテールは実に細やかに描かれているので、じっくり見入ってしまう発見の多い一冊です。

Photos: ASA SATO Text: maikohamano_editforbookbar