第74回カンヌ国際映画祭で4冠受賞。『ドライブ・マイ・カー』

立田敦子の「話題の映画を原作で深掘り!」vol.2

2021.07.30

映画『ドライブ・マイ・カー』
映画『ドライブ・マイ・カー』 © 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

心の深淵を覗く3時間の静かなる旅

村上春樹の小説は映像化しにくいといわれる。世界的な人気作家にもかかわらず、映画化作品が少ないのもそのためだろう。というか、大ベストセラー『ノルウェイの森』など8作品が映画化されているのだから、「少ない」とはいえないのかもしれない。むしろ、印象に残るような映画になっていないといったほうがいいかもしれない。しかしながら、2018年に韓国の名匠イ・チャンドンが「納屋を焼く」を韓国を舞台に移し映画化した『映画版 バーニング』は、まぎれもなく傑作だった。原作のストーリーをベースにしながらも、現代の韓国における閉塞感を投影したミステリアスな青春映画に見事に翻案されていた。どうやら村上文学のなかでも、短編が映画との相性がいいらしい。

映画『ドライブ・マイ・カー』
映画『ドライブ・マイ・カー』 © 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

短編集と名打った3編からなる121分の映画『偶然と想像』が今年の2月に開催された第71回ベルリン国際映画祭で審査員大賞(銀熊賞)を受賞したばかりの濱口竜介監督の新作『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の短編集『女のいない男たち』のなかの「ドライブ・マイ・カー」を中心に「シェエラザード」「木野」からもモチーフを引用している約3時間の長編だが、これが『映画版 バーニング』を勝るとも劣らない傑作である。濱口監督は2020年のヴェネツィア国際映画祭で監督賞(銀熊賞)を受賞した黒澤清監督の『スパイの妻』の脚本を執筆するなど筆力には定評があるが、本作の脚本はなかでも群を抜いている。

映画『ドライブ・マイ・カー』
映画『ドライブ・マイ・カー』 © 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

さて、原作の「ドライブ・マイ・カー」である。中年の俳優、家福悠介と、彼が諸事情により自ら運転できなくなったために新たに雇った専属女性ドライバー、渡利みさきとの出会いを描く。他人の運転する車に乗ることをあまり好まない家福だが、みさきのなめらかな運転には心地よさを感じ、安心して愛車・サーブのハンドルを委ねるようになる。その信頼が、2人の距離も縮めていく。劇場やテレビ局と自宅マンションとの往復だけで、友人もほとんどいない家福が、みさきという「聞き手」を得て、多くの謎を遺したまま逝ってしまった妻への思い、彼女の浮気相手だった俳優・高槻との不思議な友情などを語ることによって、自らの心の深淵へと向かう。

短編小説集『女のいない男たち』
短編小説集『女のいない男たち』

濱口監督は、この原作の映画化の話が浮上するよりかなり前の2013年、のちに5時間17分の長編となる『ハッピーアワー』(15年)を作るためのワークショップでの参考テキストとして、「ドライブ・マイ・カー」を使用していたという。「声」について語られている部分に惹かれたというのがその理由だ。

「高槻という人間のなかにあるどこか深い特別な場所から、それらの言葉は浮かび出てきたようだった。ほんの僅かなあいだかも知れないが、その隠された扉が開いたのだ。彼の言葉は曇りのない、心からのものとして響いた。少なくともそれが演技ではないことは明らかだった」(本文より)

これは、演技もうまいとはいえず、思慮深くも深みのある人間でもない(と、少なくとも家福は思っている)高槻が家福の亡き妻について語ったときに、家福が抱いた感想だ。

実際、「ドライブ・マイ・カー」は、親友でも最愛の人でもない相手に対して、あるいは自分も意図しないところで、自分の心の深い部分にある「言葉」を打ち明ける瞬間が描かれている。そういった「言葉」は、何をきっかけに、誰を相手にどんなふうにしたら「声」になって“浮かび出てくる”のか。

映画では、みさきを媒介として家福が過去と対峙したように、みさきも家福との出会いを通して、自らの過去と向き合うこととなるが、その展開はオリジナルで、まさに濱口の名ライターとしての面目躍如といえるだろう。

映画『ドライブ・マイ・カー』
映画『ドライブ・マイ・カー』 © 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

また、映画版では西島秀俊演じる主人公・家福の職業は舞台俳優兼演出家に変更されている。サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』、アントン・チェーホフの『ワーニャ伯父さん』といった演劇史上最高傑作といえる戯曲が引用されているが、とりわけ『ワーニャ伯父さん』は、家福が国際芸術祭で上演する演目として登場する。

韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシアからオーディションで選ばれた俳優たちが、それぞれの言葉で演じる多言語劇のリハーサル風景が映画の多くの部分を占めるが、映画内演劇の多重性効果、ワーニャ伯父さんと家福がシンクロしていくさまは見事としかいいようがない。映画鑑賞後には、もうひとつの原作ともいえるほど重要な役割を果たしている『ワーニャ伯父さん』も、もう一度、読みたくなるだろう。

映画『ドライブ・マイ・カー』

8月20日(金)TOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー
原作:村上春樹著「ドライブ・マイ・カー」(短編小説集『女のいない男たち』所収、文春文庫刊)
監督・脚本:濱口竜介
出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアン、ペリー・ディゾン、アン・フィテ、安部聡子、岡田将生
配給:ビターズ・エンド
© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

Text: Atsuko Tatsuta
Editor: Kaori Shimura

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