壁を越えて「実験」を企てる自由の精神。銀座メゾンエルメス フォーラムで開催中の展覧会「ル・パルクの色 遊びと企て」の見どころは?

2021.09.03

《Cloison à lames réfléchissantes(反射ブレード<刃板>)》
《Cloison à lames réfléchissantes(反射ブレード<刃板>)》 1966-2005 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

銀座メゾンエルメス フォーラムで、ジュリオ・ル・パルクの個展が開催されている。 ル・パルクは1928年、アルゼンチンのアンデス山脈ふもとの村に生まれた。1958年にフランスへ移住して以来、92歳を迎える現在も同地を拠点にアクティブな制作活動を続けている。

ル・パルクの日本での初個展となる本展では、作家の長年にわたる創作の軸ともいえる「色」を主題に取り上げている。
 作品展示は、会場8・9Fのギャラリー空間にとどまらず、ビルのファサードやウィンドウ・ ディスプレイ、さらにエレベーターの内部にまで及ぶ。ガラスブロックに覆われたメゾンエルメスの建物全体が、ル・パルクのライフワークである数々の色彩の実験にジャックされ、ダイナミックなラボと化したかのようだ。

《Mobile 14 Couleurs(モビール14色)》 2021
《Mobile 14 Couleurs(モビール14色)》 2021 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

黒と白、そのグラデーションを出発点とするル・パルクの色彩の探究は、1959年より自身の構想に基づく14色のみを用いた作品へと展開していく。この膨大な組み合わせが可能でありながら複雑すぎない、明快な色彩は「選ぶ人の性格を表すもの」とル・パルクは語る。
 彼の色彩に関するコンセプトは、例えばパウル・クレーの色彩論のような科学的解析ではなく、 色を幾何学的なフォルム、あるいは可変性のメタファーとしてとらえるものだ。シリーズごとに色の配列を設定し、さらに回転や反復、分割などのバリエーションを探究することで、まさに多彩極まりない作品群が生み出されてきた。

《La Longue Marche(ロング・ウォーク)》ファサード展示風景 1974-2021
《La Longue Marche(ロング・ウォーク)》ファサード展示風景 1974-2021 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

なかでも初期の代表作《La Longue Marche(ロング・ウォーク)》はバリエーション豊かなシリーズとして展開され、エルメスのスカーフにも採用されている。本展では、エレベーターが昇降する度にパラパラ漫画のようにスクロールするかと思えば、ファサード全体に巨大な虹色のリボンをかける。
 この《ロング・ウォーク》シリーズを巡り、数々の実験を重ねた結果、幾通りにも置き換えられ、つながりを生み出し、シークエンスを感じさせ、さまざまなテーマを渡り歩く散歩のような作品になった、とル・パルクは語っている。

「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展 展示風景
「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展 展示風景 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

彼の創作において、色の諧調や変容のメカニズムを見極め、それらをできる限り自在に扱うための実験は、色がもつ無限の可能性を要約しようとする試みであったという。
 初期のモノクロ絵画や色彩探求のドローイングの展示を一つひとつ目を凝らして見ていくと、そこには作家の定めたルールの緻密さと構成の自由度がパーフェクトに共存していることにあらためて驚かされる。
 グラフィックのクリエーションは、現代ではアプリケーションの操作ひとつでデリケートな色調整を試したり、オセロのようにがらりと入れ替えたりすることができるが、もちろんこの時代の作品はすべて作家自身の手による色の調合やドローイング、コラージュで作り出されたものだ。
 グラフィックアートの色構成に関してはさまざまな考察があるが、この頃のル・パルクの実験に限っていえば、たっぷりと手間と時間をかけて思考と試行を楽しんでいる様子が伝わり、そのプロセスそのものが作家にとって重要だったのではないかと想像する。

《Mobile(モビール)》 2021
《Mobile(モビール)》 2021 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

ル・パルクは、ピート・モンドリアンら同時代の芸術家たちや、ロシア構成主義、バウハウスなどのムーヴメントに大きな影響を受け、幾何学的な抽象画に関心を注ぐようになった。1960年代には、ヴィクトル・ヴァザルリ(1906-1997)に共鳴し、その助言を受けながら、志を同じくする作家たちとともに視覚芸術探求グループ(GRAV)を結成。今でいうアーティスト・コレクティブでの協働活動と自身の創作を並行して推し進めていく。
 GRAVは、視覚的錯覚を用いたいわゆるオプ・アート、あるいは動力を用いたキネティック・アートをはじめとする実験的な作品制作を試みたことで知られるグループだ。光や動きを取り込む反射板やモビールなどの試みは、以降ル・パルクにとっても重要なシリーズとなった。
 一方で彼自身がインタビュー映像のなかで語っているように、これらの「オプ・アート」「キネティック・アート」といったカテゴリー分類が、実験精神に富んだGRAVの芸術活動を不自然な形で括っている、と今なお批評的な姿勢を貫いてもいるようで興味深い。

「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展 展示風景
「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展 展示風景 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

ル・パルクとGRAVのアーティストたちは、こういった視覚効果や動きのあるアートを公共の場に設置し、街の人々の参加を促すことによって、従来の美術作品の枠組みや鑑賞方法を覆すような体験を社会に提案した。1960~70年代の世界的な革命の気運のなかで、遊びやゲームの要素を用いることで、誰もが平等にアートに参加してほしいという願望を表明し、芸術の特権性に一石を投じたのだ。
 ル・パルクが政治運動に身を投じながら、誰もが自由に芸術を享受する機会の均等を阻む社会的障壁に挑もうとしたその背景には、ブエノスアイレスで暮らした子どもの頃の体験がある。労働者階級だった彼の家族の暮らす居住区は、鉄道産業を所有する資本家層のコミュニティが住むエリアとの境界を高い壁で隔てられ、公園などの娯楽施設も分けられていたという。幼少期に格差、搾取、富の独占といった現実を体験したル・パルクは、自身の芸術表現を通して、アートの役割や価値づけがひと握りの富裕層に支配されている状況に異議を唱えたのである。

「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展 展示風景
「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展 展示風景 © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

「今は異議や告発はしないがね」と穏やかに語るル・パルクは、パンデミックの時世にあっても生活スタイルを変えることなく、美しくオーガナイズされたアトリエで創作活動にいそしむ自身のお茶目な姿をビデオに収め、YouTubeで公開した。そんな機知に富んだアクションからもまた反骨の精神が今なお彼のなかに宿っていることを知る。
 本展は、絶え間ない緊急事態下の東京にとどまる私たちにとっても、既存の壁を越えて「遊び」を企てる自由の精神に価値を再発見するきっかけになるかもしれない。

「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展

2021年8月13日(金)~11月30日(火)
※ファサード展示:2021年7月29日(木)~10月中旬予定
銀座メゾンエルメス フォーラム(東京都中央区銀座5-4-1 8F・9F)
不定休 入場無料

Text: Chie Sumiyoshi
Editor: Kaori Shimura

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