Culture

『子どもの本で平和をつくる 〜イエラ・レップマンの目ざしたこと』

心で読む大人のためのこどもの本

2021.9.17

「やさしくないな」「ちょっと荒(すさ)んでいるな」そんなふうに自覚したら、大人向けの本をしばし脇において、こどもの本を開きます。読めない文字はないし、意味を調べないとわからない言葉も出てきません。すいすい読めます。けれど、心が閉じていたり、こわばっていると、大事なメッセージをキャッチすることはできません。目や頭で読むというよりも“心で読む”という意識でページをめくると、こどもの本はベターアンサーの宝庫、思考スイッチの泉です。今回は、“心を支える”作用たっぷりの一冊をご紹介します。

vol.4 『子どもの本で平和をつくる 〜イエラ・レップマンの目ざしたこと』

「平和ってなんだろう?」「戦争って?」「人類って?」この夏はとりわけ、壮大なテーマが頭の中をくるくると渦巻いていました。終戦に思いをはせ、アスリートの熱き姿に沸き、世界中から発信される不穏なニュースを耳にするたび、答えのない答えを求めて堂々巡り。そんな悶々とした日々に、ほのかな明かりをぽおっと灯してくれた一冊。それが、『子どもの本で平和をつくる ~イエラ・レップマンの目ざしたこと』です。

主人公のアンネリーゼは弟のペーターの手を引き、戦前の美しい風景を見る影もないがれきだらけの街を歩いています。道に落ちていたオレンジの皮をありがたく拾って食べるほど、ふたりのおなかはペコペコなのです。そんなとき、人々が行列をなしている光景と出くわします。もしや食料の配給?と期待しますが、建物の中に入るとそこは子ども向けの本がずらり。そして、ふたりが出会ったのは、子ども達に向けて本のお話をしているひとりの女の人でした。

建物の中には、外国から届いた子ども達のための本が並んでいます。アンネリーゼは、亡きパパがよく連れて行ってくれた図書館を思い出しますが、ここは図書館ではありません。それでは、一体ここは何? 本と触れあう子ども達の穏やかな表情が、優しいカラーパレットで描かれていて、気持ちが和みます。

イタリアからはピノッキオ、スイスからはハイジ、フランスからはゾウのババール、スウェーデンからはピッピ。われわれにとってもなじみのある児童文学を、子どもたちに読んで紹介していたこの女性こそ、本のサブタイトルにもあるイエラ・レップマン(Jella Lepman 1891-1970)という児童文学作家です。“本”は、人間が互いに理解しあうための“懸け橋”であるという信条のもと、第2次世界大戦直後の混乱期に世界20カ国へ手紙を書き、子どもの本をせっせと集めました。ドイツ在住のユダヤ人であった彼女にとって、それは決して容易なことではなかったはずです。

1946年には4000冊を集め、図書展を巡回開催し、1949年には国際児童図書館をミュンヘンに開館し初代館長を務めました。そして、1951年には「子どもの本による国際理解」についての国際会議を開き、国際児童図書評議会(IBBY)設立に至ります。それもこれも目指すは、“戦争がまた始まらないようにするため”の一言に尽きます。アンネリーゼは本と出会うことで、しばし空腹を忘れ、ベッドの中で目を閉じて、外国から届いた物語を空想します。それは、辛く悲しい記憶を紛らわすためだけではありません。違いを受け止め、理解し、思いやる、といった心の基礎は、すべて“想像力”を育むことから始まるのだ、という答えがイエラによって示されているように感じました。既存の価値観がぐらぐらと揺らぐ混迷のときこそ、芯ある心を支える“本の力”はより一層必要とされ、“想像力を働かせること”が平和への道しるべとなるのでは? “本離れ”が叫ばれるなか、そんなことを思いながら、ますます“本愛”が募ることを実感しました。

『子どもの本で平和をつくる 〜イエラ・レップマンの目ざしたこと』 文/キャシー・スティンソン 絵/マリー・ラフランス 訳/さくまゆみこ 刊/小学館

著者のキャシー・スティンソンは、カナダのトロント生まれ。カナダ児童文学賞をはじめ、数々の賞を受賞。イエラが設立したIBBYカナダ支部のメンバーでもあります。また、IBBYの日本支部JBBY(日本国際児童図書評議会)の会長でもある、さくまゆみこさんが翻訳を手がけています。そして、物語の悲愴(ひそう)さを和らげ夢見るような世界へと誘ってくれる幻想的なタッチの絵は、カナダ出身のマリー・ラフランスによるもの。物語・翻訳・絵がすみずみまで美しく融合した一冊です。

公式サイトはこちら

Photos: ASA SATO Text: maikohamano_editforbookbar