「樹木のチカラで世界を豊かに、美しく、平和に」

未来を創造する女性たち vol.3 後藤瑞穂さん

2021.09.24

現役の樹木医として活躍しながら、株式会社木風(こふう、東京都江東区)の代表取締役として、樹木の健康を守る技術者集団を率いる後藤瑞穂さん。従来の手段では極めて発見が難しかった樹木の内部腐朽の状態を音波による計測で診断する機器を日本で初めて導入し、また、土壌微生物の活性化と通気透水性を高める画期的な土壌改良資材を独自に開発するなど、男性が9割を占める樹木医業界のなかで、女性ならではの感性と柔軟性を生かし、新しい風を巻き起こしてきた。「樹木のチカラで世界を豊かに、美しく、平和に」をミッションとして掲げる彼女に、女性にはまだまだ珍しい樹木医という職業を選んだ理由や、これからの目標について伺った。

後藤瑞穂さん

樹木のケガや病気を診断し、治療を行うのが仕事

樹木医と聞いて、「樹木に医者が必要なの?」と驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。実は樹木も、ケガや病気をするんです。虫や病原菌、気象条件、大気汚染、土壌の状態など、原因はさまざま。もちろん、人為的な原因も含まれます。
 樹木医はこうした原因を一つひとつ調査し、適切な治療を施します。弊社では国土交通省や民間企業、ときには個人の方からの依頼のもと、天然記念樹から歴史ある貴重な保存樹、街路樹、庭の大木まで、日本全国のさまざまな樹木の診断と治療を行っています。

樹木医の道を選ぶに至った背景には、祖母と父の影響がありました。明治生まれの祖母は、当時としては珍しい女性の医師。無医村に飛び込み、人々を助ける祖母の姿にいつも尊敬の念を抱いていました。父は地元・熊本で造園業を営む実業家。私は父から「人間は樹木がなければ生きていけないんだよ」と自然環境の大切さを教わりながら育ちました。
 造園の仕事への関心から、短大卒業後は大手の造園会社に就職。造園デザイナーとして働いていたのですが、やりがいを感じる一方で、ショックなこともありました。当時の造園というのはデザイン重視で、その土地に合わない樹木を植えてしまい、結果、樹木が傷んでいく……そんな現場をいくつも目の当たりにしたんです。生態系を理解しないまま、造園デザインをすることへの疑問を抱くようになりました。
 そんなときにたまたま知ったのが、樹木医という仕事。「この資格を取れば、私がずっと抱いていた葛藤を解決できる!」とさっそく勉強を始めました。とはいえ、樹木医への合格は狭き門。しかも、ちょうど子育てと仕事に追われていた時期で、かなりハードな生活となりましたが、2001年に無事に合格。熊本では女性としては初の樹木医になることができました。

性別による身体的、社会的なハードルを越えるために

樹木医は現在、全国に3000人ほどいるのですが、女性はまだ1割程度。季節や天候、地域を問わず屋外での作業となることから、体力や力仕事が必要なこともあり、もともと女性が参入しにくい業界だったのだと思います。
 私も念願の樹木医になれたのはよかったのですが、いざ仕事を始めてみると、女性は男性の10倍くらいのことをやらないと、身体的、社会的なハードルを超えられないなと感じました。また、その頃の私はシングルマザーで、子どもがまだ小学生だったこともあり、短い時間で集中的に利益を上げなくてはならなかった。自分をブランディングし、実績を残し、それをインターネットで発信してブランド力を高める、とにかくその繰り返しでしたね。
 最初は造園デザイナーという仕事を深めるつもりで取った資格でしたが、樹木医として仕事をすればするほど、その魅力に取りつかれていきました。だから、どんなにハードな状況も乗り越えられたのだと思います。常に命を救っていた祖母、そして、樹木の尊さを教えてくれた父。二人の哲学を継ぐことができる樹木医という仕事は、私にとって天職だと感じています。

サーキュラーエコノミーにも積極的に取り組む

現在は株式会社木風の代表として5人のスタッフを率い、樹木の診断・治療、公園などの景観づくりと管理を行うほか、教育事業にも力を入れています。私たちの「樹木医受験応援講座」は、業界唯一の樹木医試験のための通信講座。昨年からはオンラインでの講座も開設し、樹木医を目指す方々のサポートをしています。
 会社として今後、積極的に取り組んでいきたいのは、サーキュラーエコノミー(循環型経済)への挑戦。すでに着手しているのは、樹木や植物を剪定した残りを有効活用して新たな商品を生み出し、その売り上げの一部を樹木の保全に還元する試みです。
 例えば、私たちが管理を担当している埼玉県行田市の緑道の樹木を剪定し、その枝を草木染めの原料として活用。過去には行田市の名産である足袋の生地を染めるワークショップを開催しました。また、現在、奄美大島のデイゴの保全事業を行っているのですが、保全のために摘み取ったデイゴの花を活用して、とあるアパレル企業とコラボ商品を作ろうと考えています。

目指すのは、人間と樹木の良好な関係づくり

サーキュラーエコノミーを通して、地域経済を活性化し、地球上の大切な緑を健康にしていく。それがこれからのミッションだと感じています。樹木は私たちの生存の基盤です。なぜなら、樹木は生態系の基盤であり、私たち人間は生態系の一部だから。樹木が二酸化酸素を吸い、酸素を生成してくれなければ、私たちは地球に住めません。人間の経済活動が緑地をどんどん奪っている今は、自分たちの首を絞めているようなものなんですよね。
 昨年、コロナ禍の影響で世界全体の経済活動が抑制された結果、地球上の大気や海がきれいになったという話はみなさんも耳にしたことがあると思います。これは、人間の活動がどれだけ地球に悪影響を与えているか、その結果が示されたということ。私たちはこれからも、人間と樹木の良好な関係を築くお手伝いをしていきたいと考えています。それと同時に、一人でも多くのみなさんが、樹木の保全に意識を向け、自然を守ることにつながる消費行動を取っていただけたらと願っています。

後藤瑞穂さん

樹木医・一級造園施工管理技士
株式会社木風 代表取締役
後藤瑞穂さん

1968年東京生まれ、熊本県出身。九州造形短期大学卒業後、造園建設会社に入社。ハウステンボス建設事業、住宅開発、公園設計などに携わる。2001年、熊本県初の女性樹木医となり、天然記念物や貴重な樹木の診断および調査を手がける。最新樹木腐朽診断機器「ピカス音波計測器」を日本初導入し、以後、全国的に業務を行う。07年、東京に拠点を移し、新事務所「木風 KOFU」を解説。14年に株式会社化し、国土交通省をはじめとする官公庁からの樹木診断業務、生態系のバランスを考慮した企業の森林修景アドバイスなどを行う。18年、ベトナムにて「KOFU Viet Nam Inc.」を設立し、循環型環境貢献事業を推進している。20年、東久邇宮国際文化褒章受章。21年3月、放送大学東京文教学習センター教養学部自然・科学コース卒業。

Photos: Yasuyuki Noji
Editor: Kaori Shimura

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