Culture

あの伝説の長編がスクリーンに。『DUNE/デューン 砂の惑星』

立田敦子の「話題の映画を原作で深掘り!」

2021.9.24

映画『DUNE/デューン 砂の惑星』 ©2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

1960年代に書かれた壮大なSF叙事詩に 映画作家たちが夢中になる理由

65年に出版されたフランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』は、カルト的人気を誇るSF小説だ。

巨大な砂虫サンドワームが支配する荒涼とした砂の惑星アラキス(通称デューン)は、宇宙を支配する力をもつメランジというスパイスの採掘場でもあった。皇帝にアラキスの管理を命じられたレト・アトレイデス公爵は、息子のポールや、ポールの母親のレディ・ジェシカ、側近たちとともに移り住む。

だがそれは、皇帝と宇宙制覇を狙うハルコンネン男爵が仕組んだ罠であり、襲撃を受けたアトレイデス家は壊滅。父や部下たちの手助けでなんとか生き延びたポールと母のジェシカは砂漠へ逃れ、先住民のフレメンたちとともに行動をすることになる。特殊能力をもつベネ・ゲセリットのジェシカの力を受け継いだポールは、やがて救世主としてフレメンとともに帝国に立ち向かう。

権威あるヒューゴー賞やネビュラ賞を受賞もしており、SF愛読者の中ではオールタイム・ベストワンに挙げる人も多い傑作である。しかしながら、映画界においてはいわくつきの、ある意味“亡霊のような”小説でもある。

小説『デューン 砂の惑星〔新訳版〕』全3巻 フランク・ハーバート著 酒井昭伸訳 ハヤカワ文庫刊 上巻¥1,232、中巻¥1,188、下巻¥1,188

筆者が読んだのは、1984年にデヴィッド・リンチ監督によって映画化されたことがきっかけだった。低予算で撮ったカルト映画『イレイザーヘッド』(76年)で注目され、パラマウント映画による『エレファント・マン』(80年)でアカデミー賞8部門にノミネートされて勢いづくリンチが、稀代の傑作SFに挑むとあって注目度は高かった。

今でこそ、アート系映画監督だと認識されているリンチだが、当時は、ジョージ・ルーカスから『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』の監督を依頼されるほど(実現はしなかったが)ハリウッドも注目する新進気鋭の監督だった。だが、『デューン/砂の惑星』の編集権を手に入れられなかったリンチは、同作を思うような作品に仕上げられず不満が残り、興行的にも振るわず、制作費を回収できずに終わった。

ちなみに、同作はリンチがハリウッドから手を引き、独自の制作体制に進んだきっかけとなったこともあり、映画ファンのなかでも「失敗作」の印象が強いが、最近あらためて観返したところ、傑作とはいえないまでも、リンチ独特のウィアードな世界の映像はなかなか面白いもので、あながち「失敗」とはいえないのではないかと思う。

また、この原作の映画化においては、チリの鬼才、アレハンドロ・ホドロフスキーのストーリーも有名である。原作にほれ込んだホドロフスキーが1975年に企画した作品は、12時間に及ぶ尺、オーソン・ウェルズや画家のサルバトーレ・ダリ、ミック・ジャガーなど異色のキャスティングで、画家でデザイナーのH・R・ギーガーやバンドデシネのカリスマ的作家メビウスなどの参加が実現すれば前代未聞の作品となったであろうことから、未完の傑作として伝説化されている。これはこれであまりにも壮大なストーリーなので、興味がある方は、その顛末を描いたドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』をご覧いただきたい。

映画『DUNE/デューン 砂の惑星』 ©2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

こんなにも映画界の鬼才を熱狂させる『デューン 砂の惑星』だが、なぜ今またこの小説が映画化されるのか。それは、原作者であるハーバートが小説を書いた60年代のエコロジー思想が、現代の私たちの生活や思想と共通するものがあるからではないか。

原作者のハーバートは、当時、さまざまなタイプの記事を雑誌などに寄稿していた。そうしたなか、取材で砂漠を訪れ、圧倒されたという。砂漠の過酷な環境を緑地化するというアイデアにも魅了された。

以降ハーバートは、砂漠に関するいくつか調査記事や短編などを書いているが、その集大成として書き上げた宇宙を舞台にした壮大な叙事詩が『デューン 砂の惑星』なのだ。

映画『DUNE/デューン 砂の惑星』 ©2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

砂の惑星アラキスでは、人間は素の肉体のままでは生きられない。そのため独特のスーツを身につけるのだが、それは、人間の体内から出る汗などを吸い取り浄化して、飲み水に変えるというエコシステムを搭載したものだ。

環境問題は、今日における最も重要なトピックスのひとつだが、人類が無謀にも自然を破壊し続けてきたこの半世紀を考えれば、この物語の主人公であるポールが予知能力を持っていたように、ハーバートにも先見の明があったと言えるだろう。私たちは今ではもう、自然は人間の力で操れるものではないことを知っている。服従させるのではなく、共存すべき存在であることを知っている。

禅の思想家アラン・ワッツとも懇意にしていたというハーバートだが、注目すべきはフレメンという先住民の存在だ。砂という自然の脅威と共存する知恵を持ち合わせているこの人々に影響され、破壊者であり侵略者側の御曹司ポールは、新たなる価値観に目覚め、真の指導者として人々を率いることになる。

スパイスという宝物を巡る宇宙戦争というエンターテインメントである一方、この冒険譚(たん)は私たちに自然環境と人間、個人と社会、アイデンティティーの模索といったさまざまな問いかけを投げる。母ジェシカ、ポールの恋人となるフレメンのチャニなどの女性キャラクターが、能力的にも精神的にも強いという特徴があることも今日的といえるだろう。

映画『DUNE/デューン 砂の惑星』 ©2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

このSFを新たに映画化したのはテッド・チャンのSF短編小説『あなたの人生の物語』の映画化で成功を収めたカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴである。2017年にはSF映画の金字塔『ブレードランナー』の続編『ブレードランナー 2049』も手がけるなど、失敗を恐れない強者だ。

今ハリウッドで最も期待値の高い監督だけに、『君の名前で僕を呼んで』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた若き実力派、ティモシー・シャラメを筆頭に、ゼンデイヤ、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、ジェイソン・モモア、ジョシュ・ブローリンなど豪華な顔ぶれがそろった。

原作は500ページ、日本版の文庫も上・中・下巻にわたる長編とあって、2部作で構想しているそうで、この秋公開となる『DUNE/デューン 砂の惑星』は小説の前半で終わっている。リンチ版がストーリーを展開させるのにいっぱいいっぱいでダイジェスト的だと批判されたことを考えると、2部作は妥当だといえるだろう。

映画『DUNE/デューン 砂の惑星』 ©2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

また、スピンオフ作品として、母ジェシカが属していた修道院ベネ・ゲセリットをテーマに描いた『DUNE The Sisterhood』という作品もテレビシリーズで進行中だ。こちらも、第一話の監督をヴィルヌーヴが務めるという。ハーバートが小説を書き上げたときは20社以上の出版社に断られたという逸話があるが、この拡張し続けるDUNEワールドを見ると、時代が彼の思想にやっと追いついたと言えるかもしれない。

映画『DUNE/デューン 砂の惑星』

10月15日(金)全国公開

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

出演:ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、ジョシュ・ブローリン、ゼンデイヤ。ジェイソン・モモア、ハビエル・バルデムほか

配給:ワーナー・ブラザース映画

©2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

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Text: Atsuko Tatsuta Editor: Kaori Shimura