「なんとなく弱気」「結論急ぎすぎ」そんなふうに自覚したら、大人向けの本をしばし脇において、こどもの本を開きます。読めない文字はないし、意味を調べないとわからない言葉も出てきません。すいすい読めます。けれど、心が閉じていたり、こわばっていると、大事なメッセージをキャッチすることはできません。目や頭で読むのではなく、“心で読む”という意識でページをめくると、こどもの本はベターアンサーの宝庫、思考スイッチの泉です。今回は、“心を奮い立たせる”作用たっぷりの一冊をご紹介します。

Vol.6 『ルー、山へ行く』

山登りをしたことはありますか? そして、オオカミを見たことありますか? 私はいずれもノーです。まったくもって怖がりの意気地なしなので、ドキュメンタリー番組を通して見るだけでも、ヒヤヒヤおどおどする始末。厳しい大自然に対峙して生きる人々や、野生の動物たちと触れあう人々を見ると、憧れを通り越して畏敬の念を抱きます。そんな実に軟弱な自分に発破をかけ、本質的なことを示してくれた一冊、それが『ルー、山へ行く』です。

主人公は、ルーという女性。“野生のオオカミに会いたい”という、ちいさな頃からの夢をとうとう実現させる日がやって来ました。荷づくりも、下調べもしっかりと準備して、いざ、オオカミがいるであろう山へ出発します。山小屋のある穏やかな山の麓から、岩山がそびえる中腹を抜け、山の上でたき火をしながら一夜を過ごし、雪が降りすさぶ山中を突き進むルー。牛やヤギ、チョウチョやとんぼには会いましたが、果たして憧れのオオカミに出会えるのでしょうか?

本を見開いて、小さな世界にじっくりと目を凝らします。あ、ここにカモシカ!これは、アザミの花!こんなところにカラスが!と童心にかえって、オオカミ探しに夢中です。どこにもオオカミいないわ、とすぐに諦めた自分でしたが……(実はいろいろなところに隠れています!)。

ご覧の通り、この本は“しかけ絵本”です。ページをめくると、雄大な山並みが、“しかけ”によって立体的に現れ、ぐっと奥行きのある風景がひろがります。ところどころに空けられた型抜き穴からは、前のページで見たはずのものが違ったふうに見えたり、読む角度によって影が落ちて山間に深みが増したり、開くたびに発見があるのです。たった7見開きなのですが、何度もくまなく見返してしまいます。そして、オオカミ、このページにはいなかったよね?と。

「木を見て森を見ず」だった自分に気づいたのは、この原稿を書くにあたって、作者のお二人のインタビュー動画を見たときです。つぶさに見入っていたつもりが、私にはまったく見えていないものがあったことに驚きました。マジックでもトリックでもありません。オオカミ探しに躍起になり、ディテールばかりに目が行き、自然の移ろいや美しさを感じ取る心と、全体を引いて見る目をすっかり山中に置き忘れ。また、結果とスピードばかりを追い求める昨今の風潮への微かな警鐘が鳴らされている気がしました。

オオカミをひと目見るため、ルーは、また山へ行くでしょう。オオカミを探す旅は、ようやく始まったばかりだから。何度も見た“しかけ”を広く大きな目で見直しているうちに、すぐに簡単に成就しない夢だからこそ、楽しみがまだまだある。自分にとって大切なことこそ、焦らずじっくりと取り組めば良いんだ。そんなゆったりとしたポジティブな気持ちが、じんわりと心のなかに湧いてきました。

『ルー、山へ行く』 作/アヌック・ボワロベール、ルイ・リゴー 訳/うちださやこ 刊/アノニマ・スタジオ

作者のアヌック・ボワロベールとルイ・リゴーは、フランス在住の作家デュオ。2009年にストラスブール装飾学校を共に卒業後、創作活動の拠点をパリへ移す。共作のしかけ絵本『ナマケモノがいる森で』や『オセアノ号、海へ!』で、人気を博す。大自然への讃歌をテーマにした物語の素晴らしさもさることながら、持続可能な森林から生産された紙を使用し、大豆を原料としたインクで印刷された、環境にもやさしい一冊です。

公式サイトはこちら

Photos: ASA SATO Text: maikohamano_editforbookbar