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年末年始に観たい! 注目の映画6選

2021.12.10

映画ジャーナリストの立田敦子さんがおすすめの作品をオールジャンルからピックアップ。年末年始のお楽しみを探している人は、ぜひ参考に。

『偶然と想像』

映画『偶然と想像』©2021 NEOPA/Fictive

村上春樹の短編小説を大胆に脚色した『ドライブ・マイ・カー』で第74回カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞した濱口竜介監督は、自身が脚本を手がけた黒沢清監督の『スパイの妻』が2020年のヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞するなど、その筆力で高い評価を受けている監督でもある。21年の第71回ベルリン映画祭で審査員グランプリを受賞した『偶然と想像』は、そんな濱口監督による3話構成の短編集だ。人生で誰もが経験している“偶然”を共通のテーマとするが、3つのストーリーに関係性はない。

第1話『魔法(よりもっと不確か)』はタクシーの中で女友達から新しい出会いの話を聞いているうちに、親友の恋人候補の男性が2年前に別れた恋人だと気づくモデルの芽衣子の物語。第2話『扉は開けたままで』は復讐を企てる男友達に頼まれて大学教授を誘惑しようと試みる、大学院生の奈緒の物語。そして第3話『もう一度』は同窓会に出席するために仙台に出かけた夏子が駅のエスカレーターですれ違った同級生と20年ぶりに再会、その顛末を描く。偶然が生む“変化”や“きらめき”といった人生の一瞬を見事に切り取った3話はどれも軽やかでウィットに富んだ快作で、長編とはひと味違った味わいで魅了する。濱口監督のストーリーテラーとしての懐の深さを感じさせる作品でもある。

『偶然と想像』

脚本・監督:濱口竜介

出演:古川琴音、中島歩、玄理、森郁月、渋川清彦、占部房子、河井青葉ほか

12月17日(金)よりBunkamura ル・シネマほか全国公開

配給:Incline

©2021 NEOPA/Fictive

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『世界で一番美しい少年』

映画『世界で一番美しい少年』©Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

イタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティの名作『ベニスに死す』(1971年)でハンフリー・ボガードが演じた老作曲家アッシェンバッハを虜にする美少年タジオを演じて一斉を風靡したビョルン・アンドレセン。映画撮影当時15歳だった彼は、日本でもテレビコマーシャルに出演し、日本語で歌ったレコードもリリース、また池田理代子の大ベストセラー漫画『ベルサイユのばら』の主人公、オスカルのインスピレーション源にもなるなど、社会現象といってもいいほどのムーブメントとなった。その彼が北欧を舞台にしたアリ・アスター監督のホラー映画『ミッドサマー』(2019年)に出演し、話題となったのは記憶に新しい。

あの狂乱から50年。たった一作で人も羨む成功を手にしたはずの少年は、あの後、どんな人生を送ってきたのか。今、どうしているのか。ジャーナリストや作家としても活躍する女性監督クリスティーナ・リンドストロム、共同監督のクリスティアン・ペトリがその半生に迫る。複雑な生い立ちに始まり、『ベニスに死す』の裏舞台、来日時の熱狂、そしてその後の波乱に満ちた人生など、ドラマチックではあるが、一方で、過酷な運命を引き受けその苦悩を乗り越えようとするひとりの男の真摯な姿には心を揺さぶられる。

『世界で一番美しい少年』

監督:クリスティーナ・リンドストロム&クリスティアン・ペトリ

出演:ビョルン・アンドレセン

12月17日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて全国順次公開

配給:ギャガ

©Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

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『ヴォイス・オブ・ラヴ』

映画『ヴォイス・オブ・ラブ』©Rectangle Productions/Gaumont/TF1 Films Production/De l'huile/Pcf Aline Le Film Inc./Belga ©photos jean-marie-leroy

世界で最も売れた女性シンガーのひとりであるセリーヌ・ディオンの半生を描く伝記映画。カナダの小さな町で14人兄弟の末っ子として生まれたセリーヌは、幼い頃からその歌声で周囲の人々を魅了していた。12歳で歌手としてデビューして以来、またたく間に頭角を現し、世界的なスーパースターとなった。レオナルド・ディカプリオ主演で空前の大ヒットを記録した映画『タイタニック』の主題歌としてアカデミー賞歌曲賞を受賞した「My Heart Will Go On」は洋楽ファンでなくても耳にしたことはあるだろう。

本作は、彼女のサクセスストーリーを描くだけでなく、彼女の成功を支えた人生でたったひとつのラブストーリーに焦点を当てる。彼女と運命をともにした最愛の人は、デビューから彼女を育て上げた敏腕マネージャーで、のちに夫となったルネ・アンジェリルである。

2016年に74歳でこの世を去った彼との愛の軌跡を数々の名曲をともに綴る本作を手がけたのは、フランスの名女優で映画監督でもあるヴァレリー・ルメルシエ。2016年に初めて訪れたセリーヌ・ディオンのライブで感銘を受けたことから生まれた企画だが、脚本から監督、主演まですべてひとりでこなしている。

ちなみに、映画中では歌姫の名前は「アリーヌ」と別名になっているが、これは「セリーヌ・ディオンは唯一無二の存在だから」というルメルシエ流の敬意の表明である。とはいえ、キャラクターからステージ、衣装までセリーヌ・ディオンそっくり。そのパフォーマンスだけでも観る価値はある。

『ヴォイス・オブ・ラブ』

監督・脚本:ヴァレリー・ルメルシエ

出演:ヴァレリー・ルメルシエ、シルヴァン・マルセル、ダニエル・フィショウ、ロック・ラフォーチュン、アントワーヌ・ヴェジナほか

12月24日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷 先行公開、12月31日(金)全国ロードショー

配給:セテラ・インターナショナル

©Rectangle Productions/Gaumont/TF1 Films Production/De l'huile/Pcf Aline Le Film Inc./Belga


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『THE HAND OF GOD』

Netflix映画『The Hand of God』

1980年代のナポリ。映画監督を夢見る10代の少年ファビエット・スキーザは、両親と兄とともに騒々しくも平和な生活を送っていた。そんなある日、地元の弱小サッカーチームにアルゼンチン出身のスーパースター、ディエゴ・マラドーナが移籍してくる。街中大騒ぎとなるが、そんなファビエットの日常も、原因不明の事故により一変してしまう。

『The Hand of God』は、イタリアを代表する監督パオロ・ソレンティーノが出身地ナポリを舞台に撮った半自伝的作品だ。ソレンティーといえば、アカデミー賞外国語賞を受賞した『グレート・ビューティー 追憶のローマ』(2013年)をはじめ、独特の様式美が特徴的だが、本作では幸福だった10代の記憶と素直に向き合い、作品に反映させている。ナポリ湾を一望できる丘の上の地区で育った彼は、マラドーナの出場する試合を見たいがために家に残り、惨事を逃れて以来、マラドーナを命を救ってくれた存在と崇めるようになったという。

多感な時期に体験した喪失と再生は、時代を経てノスタルジックで温かみのある青春映画として昇華した。第74回ヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映された本作は、審査員グランプリ(銀獅子賞)、主演のフィリッポ・スコッティへのマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)とダブル受賞した。

Netflix映画『The Hand of God』

監督:パオロ・ソレンティーノ

出演:フィリッポ・スコッティ、トニ・セルヴィッロ、テレーザ・サポナンジェロほか

12月15日独占配信開始

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『ただ悪より救いたまえ』

映画『ただ悪より救いたまえ』©2020 CJ ENM CORPORATION, HIVE MEDIA CORP. ALL RIGHTS RESERVED

“韓国ノワール”という呼称がポピュラーになりつつあるほど、韓国映画界は良質のスリラーを量産している。ファン・ジョンミンとイ・ジョンジェという大物俳優の7年ぶりの共演も話題の『ただ悪より救いたまえ』は、本国でも大ヒットしたハードなアクションと人情味あふれるストーリーが融合した韓国ノワールの真骨頂である。

引退前の最後の仕事として東京でヤクザのコレエダを暗殺した殺し屋のインナム(ジョンミン)は、昔の恋人の急死を知りタイへ向かう。別れた後に恋人が女児を出産していた事実を知ったインナムは、娘を救うために単身で組織に乗り込むが、そんな彼をコレエダの義弟で冷酷な殺し屋レイ(ジョンジェ)が執拗に追いかける。

殺し屋対殺し屋の救いようのない追跡劇は“ジャンル映画”ファン必見。レイを演じるイ・ジョンジェは、大ヒット中のNetflixオリジナルドラマ『イカゲーム』では借金まみれの中年男ソン・ギフンを演じて世界的スター俳優となったが、本作では従来の二枚目ともイカゲームのダメ男とも違う、まったく新しい姿を披露している。監督は『チェイサー』『哀しき野獣』などの脚本を手がけ、韓国ノワールを牽引してきたホン・ウォンチャン。長編監督2作目となる本作で早くも本領を発揮している。

『ただ悪より救いたまえ』

監督・脚本:ホン・ウォンチャン

出演:ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、パク・ジョンミンほか

12月24日(金)よりシネマート新宿、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー

配給:ツイン

©2020 CJ ENM CORPORATION, HIVE MEDIA CORP. ALL RIGHTS RESERVED

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』©2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

1988年、オハイオ州の法律事務所で働く企業弁護士のロバート・ピロットは、ウェストバージニア州の農場で続いている牛の不審死の調査を依頼され、その原因が大手化学メーカーのデュポンの工場が廃棄している化学物質による汚染であることを知る。40年間も有害物質を垂れ流し続けた事実を隠蔽しようとする企業側に対し、7万人の原告団による大規模な集団訴訟を起こすが、アメリカを代表する大企業との闘争は想像を絶するほど過酷なものとなる。

この問題を告発したニューヨーク・タイムズ誌に掲載された記事に憤慨したのが、米国のインディーズ映画界のスター監督、トッド・ヘインズだ。プルトニウム工場の危険性を訴えた活動家の女性をメリル・ストリープが演じた『シルクウッド』(1985年)やタバコ産業の不正を暴く『インサイダー』(98年)といった告発モノの傑作と同様に、マーク・ラファロ演じる主人公は孤立し心身ともに打ちのめされながらも、真実のために、巨大権力に立ち向かう。スリラーの手法を駆使してその孤独な旅を追う、恐ろしさと感動が共存する社会派ドラマ。

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

監督:トッド・ヘインズ

出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ヴィクター・ガーバー、ビル・プルマンほか

12月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー

配給・宣伝:キノフィルムズ

©2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

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Text: Atsuko Tatsuta Editor: Kaori Shimura