Culture

『ハウス・オブ・グッチ』が描く、華麗なる一族の光と闇

立田敦子の「話題の映画を原作で深掘り!」

2022.1.21

映画『ハウス・オブ・グッチ』©2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

富と名声、裏切り、暗殺。

グッチ創業者一族の驚愕の実話が映画化

イタリアの高級ファッションブランド「グッチ」は、1953年に公開されたイタリアの巨匠ロベルト・ロッセリーニ監督による『イタリア旅行』で、イングリット・バーグマンがグッチのシグニチャーであるバンブーのハンドルのついたバッグと傘を手にしたことによって、スクリーンに初登場した。セレブリティーに愛されてきたラグジュアリーブランドの製品が映画に登場することはもはや珍しくはないが、まさかその“お家騒動”が映画化されるとは、創業者であるグッチオ・グッチは想像もしなかったであろう。

映画『ハウス・オブ・グッチ』は、この著名なブランド、グッチの創業者一家に起こった悲劇的な実話の映画化だ。

1995年3月27日月曜日、午前8時30分。高級ブランド、グッチを創業した一族のひとりで三代目の社長だったマウリツィオ・グッチが、ミラノの自宅近くにある事務所に出勤中、事務所のビルの玄関前で見知らぬ男に射殺された。数発発砲された後、至近距離からこめかみにとどめの一発を撃ち込まれた。

その2年前にグッチ社を投資会社に売却して以来、グッチのビジネスには関与していなかった彼が、なぜ抗争劇の渦中のマフィアのように殺されなければならなかったのか。捜査により、実行犯はすぐに逮捕されたが、驚くべきは殺人を依頼した黒幕が、マウリツィオの元妻であるパトリツィア・レッジャーニだったことだ。

この衝撃のファッション業界最大のスキャンダルをきっかけに、イタリアのファッション界に精通しているジャーナリスト、サラ・ゲイ・フォーデンが、グッチ一族の歴史と闇に迫ったノンフィクションが、この映画の原作でもある書籍『ハウス・オブ・グッチ』である。

書籍『ハウス・オブ・グッチ』上下巻 サラ・ゲイ・フォーデン著 実川元子訳 ハヤカワ文庫 各¥990

フォーデンの言葉を借りれば、「マウリツィオの自身の話は、まず祖父のグッチオ・グッチから始めなくてはならないだろう」。

イタリア・フィレンツェで麦藁帽子を製造していたグッチ家に19世紀末に生まれたグッチオは、ロンドンに渡り高級ホテルで働いたのち、帰郷。第一次世界大戦に徴兵され、戦争終結後は革製品の工房などで働き、1921年にはヴィーニャ・ヌオーヴァ通りにグッチオ・グッチ鞄店を設立した。洗練された感性の持ち主だったグッチオは、鞄を輸入販売するかたわら、裏の工房で革製品を作って販売。さらにはそれらの修繕の仕事も積極的にこなし、品質のよさとサービスで評判を得ていった。

商売は順調で、2年後には2軒目の店を開いた。長男は夭折したが、次男のアルドは家業を継いだ。商才に長けていたアルドは、積極的な海外進出などでグッチを世界的なブランドにした立役者でもある。一方、四男のロドルフォ・グッチは家業には興味を示さず、その美貌を生かして映画界に入り込み、マウリツィオ・ダンコーラの芸名でマリオ・カメリーニ監督の1929年の作品『Rails』(原題)でスクリーンデビューした。この作品では高評価を得たものの、その後、俳優としてのキャリアはぱっとしなかったが、共演したアレッサンドラ・ヴィンクルハウセンと恋に落ちて結婚。1948年に長男が生まれると、ロドルフォの芸名をとってマウリツィオと名付けた。

マウリツィオは素直な青年に育ったが、父親との折り合いは悪かった。なので、まだ法学部の学生時代にパーティでパトリツィア・レッジャーニと出会い、2度目のデートでプロポーズしたときも、父親には自分から切り出せなかった。ミラノ近郊のモデナでレストランを営んでいた両親は、上流階級の子女たちの仲間入りをさせるために、パトリツィアに教養を学ばせ、容姿を整えることに気を配っていたが、うぶなマウリツィオは、1枚も2枚も上手で世慣れたパトリツィアにすぐに夢中になったのだ。ロドルフォは、グッチ家の名と財産目当てで近づいてくる女たちが多いことを忠告したが、マウリツィオにはそれは伝わらなかった。

映画『ハウス・オブ・グッチ』©2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

さて、駆け足で紹介してきたが、ほぼほぼ役者は揃った。三代に渡るグッチ家の歴史と、グッチというブランドの輝かしい栄光と苦難を追ったフォーデンのノンフィクションは、大作と呼べるほど壮大かつ詳細に及ぶ。この本から脚本を起こそうとしたら、何本の映画ができるだろうか。それほど興味深いエピソードにあふれている。

だが、リドリー・スコット監督はこの大作を大河ドラマにはせず、フォーデンのノンフィクションの起点でもある「マウリツィオの死」を巡るドラマに焦点を当てることで、一族の歴史の闇を解き明かすというアプローチを試みた。

はたして、創業者の次男アルド(アル・パチーノ)、その次男パオロ(ジャレッド・レト)、創業者の四男ロドルフォ(ジェレミー・アイアンズ)とその一人息子のマウリツィオ(アダム・ドライバー)、その妻パトリツィア(レディー・ガガ)というグッチの二代目、三代目の世代における相続、利権争い、親子、兄弟の確執といった家族の物語と、その輝かしいグッチ帝国の崩落の物語が描かれる。「長者三代」という言葉があるが、グッチ家においてもこの言葉は、残念ながら当てはまる。

映画『ハウス・オブ・グッチ』©2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

優柔不断でおぼっちゃま気質のマウリツィオは、野心家の妻パトリツィアに尻を叩かれ、翻弄され、人を裏切り、信念を見失い、破滅への道を辿る。強欲と愛憎、傲慢、裏切りといった愚かで滑稽な人間模様はギリシャ神話のようでもあり、ファッション界というゴージャスな設定を生かした「ソープオペラ=メロドラマ」的な演出は風刺が効いている。それを今日の最高峰の錚々たるキャストが演じているのだから、ソープオペラとはいっても劇場で観るべきクオリティと豪華さである。特に、業の深いパトリツィアを圧倒的な迫力で演じたレディー・ガガの演技は群を抜いている。映画主演デビューを果たした前作『アリー/ スター誕生』でアカデミー主演女優賞にノミネートされたガガだが、本作でもオスカーに値するパフォーマンスを見せる。

ちなみに、ブランドの買収劇や気鋭のトム・フォードを起用して老舗ブランドを復活させた経緯といったファッションビジネスに関しては、映画では端的にしか描かれていないので、そのあたりに興味のある方は、ぜひ原作本をご一読いただきたい。

蛇足をひとつ。映画中にも登場するが、マウリツィオの時代にグッチは売却され、創業者一家であるグッチ家とは無関係になっている。現在のグッチは、イヴ・サンローランやボッテガ・ヴェネタなどのラグジュアリー・ブランドを有する大手のファッション企業ケリングの傘下にあるが、ケリングを率いるCEOフランソワ・アンリ・ピノーの現在の妻で女優のサルマ・ハエックは、「事件」に深く関与する占い師という役どころで映画に登場している。

映画『ハウス・オブ・グッチ』

1月14日(金)より全国公開

監督:リドリー・スコット

出演:レディー・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジャレッド・レト、ジェレミー・アイアンズ、サルマ・ハエックほか

配給:東宝東和

©2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

Text: Atsuko Tatsuta Editor: Kaori Shimura