『王さまのお菓子』

心で読む大人のためのこどもの本 vol.8

2022.01.28

「心に余裕がないな」「丁寧に暮らせているかな?」そんなふうに思ったら、大人向けの本をしばし脇において、こどもの本を開きます。読めない文字はないし、意味を調べないとわからない言葉も出てきません。すいすい読めちゃう。けれど、心が閉じていたり、こわばっていると、大事なメッセージをキャッチすることができません。目や頭で読むというより、“心で読む”という意識でページをめくると、こどもの本はベターアンサーの宝庫であり、思考スイッチの泉です。今回は、“心があたたまる”作用たっぷりの1冊をご紹介します。

Vol.8 『王さまのお菓子』

『王さまのお菓子』

新年を迎えて、早くも一ヶ月が経ちました。日本では、五穀豊穣や無病息災、子孫繁栄などを祈願して、年の初めにおせちや七草粥など縁起物をいただく習慣がありますが、フランスでは、“王さまのお菓子”を意味する伝統菓子、ガレット・デ・ロワを家族や友人と囲んで新年をお祝いします。バターの香りが漂ってきそうなカリッと焼き上がったおいしそうなパイ、そして頬をバラ色に染めた可愛い女の子の表紙にひかれて手にとった一冊、『王さまのお菓子』をご紹介します。

ガレット・デ・ロワの由来は、キリスト教の公現節(エピファニー)といって、イエス・キリストの誕生を知った東方三博士が、星に導かれてベツレヘムに赴き、贈りものを捧げ祝ったとされる1月6日に食べるお菓子です。パイの中には、陶器製のフェーヴ(Fève)がひとつ入っています。フェーヴとは、形が胎児に似ていることから命の象徴とされるソラマメを意味するフランス語です。切り分けたパイの中にフェーヴが入っていたら、その人が王様もしくは女王様になり、紙でできた金の王冠をかぶって皆に祝福されます。引き当てた人は、幸運に恵まれた一年を過ごすという言い伝えがあり、小さなフェーヴが、幸せを運ぶ大きな役目を担っているのです。そして、この物語の語り手は、陶器でできた小さなお人形のフェーヴ、ミリーなのです。

『王さまのお菓子』
パティシエのブランさんが手に持っているのが、フェーヴのミリー。「さあ、いっておいで。きみは だれを しあわせにするんだろうねぇ」と声をかけられながら、パイの中へと送り出されます。日本では、誤飲を防ぐためフェーヴは別添えで、代わりにアーモンドを一粒しのばせるものが多く、まだ見ぬフェーヴを想像するお楽しみが半減してしまい、ちょっぴり残念に思ったりします。

ミリーが入ったパイは、アデルさんというお客さんが買い求めました。元気な二人の男の子のママで、家には、友達のお嬢さんを預かっています。その子が、表紙で微笑んでいるベルです。幸せそうに見えたけれど、ページをめくると、実は元気がなく、とっても淋しそうだということがわかります。アーモンドクリームに挟まれ、甘い香りに包まれたミリーは、パイの中からベルに関する気がかかりな話を聞いて、案じ祈ります。「どうか ベルに あたりますように」。果たしてミリーは、無事ベルのもとへ幸せを運び届けることができるのでしょうか?

かくいう私も、昨夜ガレット・デ・ロワを家族といただきました。倍率4倍。平静を装って切り分け、最初にピースを選べる権利は夫に譲り、番を待って自分のピースを選びました。フォークをサクっとパイに刺すと、いきなりアーモンドの手応え! 大人げないとは思いつつも、王冠を頭上に乗せました。幸先が良いということで、いつもならば得意満面で早速調子に乗るところ、“優しさって繋がっていくんだ”ということを教えてくれた『王さまのお菓子』効果もあって、あたたかい心持ちで、ガレット・デ・ロワをしみじみと味わいました。その気持ちがちょっとでも持続するように、原稿を書く手のそばに小さなフェーヴを置いて、ときおり触れては愛でています。

『王さまのお菓子』
『王さまのお菓子』
文/石井睦美 絵/くらはしれい 刊/世界文化社

児童文学作家で翻訳家でもある石井睦美さんは、『五月のはじめ、日曜日の朝』で新美南吉児童文学賞などを受賞。今回の一冊では、フランスの伝統菓子が題材ということもあり、ビゴ東京のシェフ、藤森二郎さんとフランス菓子・料理研究家の大森由紀子さんが取材協力をされているそうです。くらはしさんの優しいカラーパレットと繊細なタッチによるガレット・デ・ロワは、いっそうスイーツ欲を刺激します。本に掛けられたマットゴールドの帯は、取り外して端と端をテープでとめると冠になるという仕掛け。また、本自体に掛けられたカバーを取ると、微笑みを誘うサプライズが登場します。

Photos: ASA SATO
Text: maikohamano_editforbookbar

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