注目のサスペンス・スリラー『ナイトメア・アリー』

立田敦子の「話題の映画を原作で深掘り!」vol.6

2022.03.18

映画『ナイトメア・アリー』 ©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
映画『ナイトメア・アリー』 ©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

“アメリカン・ドリーム”の悪夢を隠喩するサスペンス・スリラー

映画監督の多くは“趣味人”であることは間違いないが、とりわけ自らのこだわりを作品に強く反映させ、かつ成功している好例が、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)でアカデミー賞作品賞、監督賞など4部門で受賞したメキシコ出身のギレルモ・デル・トロである。
 彼は特殊メイク・造形の部門で10年にわたってキャリアを積んだのち、映画監督として活動を始めた変わり種。ホラー作品『クロノス』(1992年)で監督デビューしてから今日に至るまで、『デビルズ・バックボーン』(2001年)、『ヘルボーイ』(04年)、『パンズ・ラビリンス』(06年)、『ホビット』(2012年)シリーズ、『パシフィック・リム』(13年)、『クリムゾン・ピーク』(15年)など、ホラー、怪奇小説、怪獣、コミック、アニメといった偏愛するジャンルをベースに独自の世界を拡張してきた。
 ハリウッドでも成功を収めたデル・トロは経済的にも豊かで、カリフォルニアにフィギュアやら絵画やらの秘蔵コレクションを集めた別邸、その名も“Bleak House”(荒涼館)を持っているほどだ。ちなみにそのコレクションの中には、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(17年)で特殊メイクを手がけてメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘氏が制作した、特殊メイク界の巨匠・故ディック・スミスの巨像もある。
 そんなオタクの中のオタクである彼が、オスカー受賞後の最新作の題材として選んだのが、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムのノワール小説の傑作『ナイトメア・アリー』である。

映画『ナイトメア・アリー』 ©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
映画『ナイトメア・アリー』 ©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

小説『ナイトメア・アリー』は、巡業カーニバルの見世物小屋のギークのシーンから始まる。ギークとは、人間の形をしているが脳は野獣の“野人”のことで、そんなギークが生きた鶏を追いかけ、噛み殺し食らうのが見世物のひとつとなっているのだ。主人公である若きスタンことスタントン・カーライルは、見世物小屋のオーナーであるクレム・ホートリーにこう尋ねる。
 「どうやって人はギークになるんです? それとも、あいつだけなんですか? というか、あいつはあんな風に生まれついちまったんですか――ニワトリの頭をかじり取るみたいに?」
 クレムは、「ギークは見つけるんじゃない、作るもんだ」と答えたうえで、アルコール中毒の男を拾ってきて、ひと瓶の酒を餌にギークを作り上げるまでの“育成法”を語る。
 この冒頭に暗示されているように、この物語はスタンという野心家の男の数奇な半生を通して、人間性とは何かを問う物語である。
 さまざまなバックグラウンドをもつ芸人たちが寄り添って生きるカーニバルの世界で下働きをしていた身寄りのない若者スタンは、目をかけてもらった女性ジーナから読心術を学ぶ。人の心を読む(読んだふりをする)ことで、意のままに人を操ることができるようになるというテクニックだ。それは、いつかはのし上がって金持ちになるという野心を抱いていたスタンにとって、黄金のパスポートとなった。体に電気を流すショーで人気を集めていた芸人仲間の美しい少女モリーとともに、カーニバルを後にしたスタンは、やがて上流階級の人々を相手に読心術ショーで成功し、豊かな生活を送っていた。だが、ある日、そのトリックを見破った精神科医のリリス・リッター博士と出会ったことで、運命が大きく変わっていく。
 物語は22の章からなるが、それぞれにタロットカードの大アルカナ(=78枚のカードのうち、メインで使う22枚のカードグループ)の名前が章題としてついていて、物語を暗示するスタイルとなっている。タロットカードの神秘的な世界と結びつき、物語のミステリー性が高まるユニークな構成だ。序盤、巡業サーカス団という猥雑な世界で展開した物語は、途中から上流社会へと舞台を変え、強欲、愛憎、欺瞞、裏切り、嘘と策略が渦巻くダークでサスペンスフルな世界へと転換。そのダイナミックさも没入感を高める。

小説『ナイトメア・アリー』(ハヤカワ・ミステリ文庫) ウィリアム・リンゼイ・グレシャム著 柳下毅一郎訳 ¥1,100 早川書房刊
小説『ナイトメア・アリー』(ハヤカワ・ミステリ文庫) ウィリアム・リンゼイ・グレシャム著 柳下毅一郎訳 ¥1,100 早川書房刊

小説『ナイトメア・アリー』は、1909年に生まれ、コピーライターや雑誌のライターとして活動していたウィリアム・リンゼイ・グレシャムが、スペイン内戦に国際義勇兵として参加したのち、奇術師、実録犯罪雑誌の編集者などを経て、1946年に上梓(じょうし)した初の長編である。評価が高く、翌年にはエドマンド・グールディング監督の手によって『悪魔の往く町』というタイトルで映画化された。スタン役をタイロン・パワー、ジーナ役をジョーン・ブロンデル、モリー役をコリーン・グレイ、リリス役をヘレン・ウォーカーが演じている。
 映画化で大きな成功を収め、一躍脚光を浴びたグレシャムだが、その後のキャリアはパッとせず、1962年に53歳の若さで睡眠薬の多量摂取によりニューヨークのホテルで死去している。彼は生前アルコール依存症に悩み、スピリチュアルに傾倒し、またアメリカで最も有名な奇術師だったフーディーニについてのノンフィクションも執筆している。つまり、『ナイトメア・アリー』の細部はグレシャムの人生の欠片を凝縮したものであり、文字どおり血肉を分けた小説なのだろう。

映画『ナイトメア・アリー』 ©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
映画『ナイトメア・アリー』 ©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

デル・トロが、オリジナルではなく原作ものを手がけるということでも注目されている映画『ナイトメア・アリー』には、この監督の代名詞的なクリーチャーは登場せず、超自然的なファンタジーでもない。しかしながら、デル・トロの新境地かといえば、そうでもない。彼が常に注視するのは、社会から「異形」とされるはみだし者であり、そんな彼らを受け容れず、抑圧し、ときにはモンスターとして葬り去ろうとする社会のあり方に厳しい批判的視線を向ける。主人公スタンの自滅のドラマは、アメリカン・ドリームの闇と重なる。持たざる者がモンスターと化す、行き詰まった資本主義への痛烈な批判でもある。そこに、デル・トロがこの物語の今日性を見出したことは確かだろう。
 主人公スタン役にブラッドリー・クーパー、リリス役にケイト・ブランシェット、ジーナ役にトニ・コレット、モリー役にルーニー・マーラ、さらにはウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、デヴィッド・ストラザーンといった豪華スターが顔を揃えたデル・トロ版は、第94回アカデミー賞において作品賞、撮影賞、美術賞、衣装賞の4部門にノミネートされている。妖しく美しいビジュアルで語りかけてくるデル・トロ・ワールドは、映画でしか味わえない優美な体験だ。

映画『ナイトメア・アリー』

3月25日(金)全国公開
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ルーニー・マーラ、ロン・パールマン、メアリー・スティーンバージェン、デヴィッド・ストラザーンほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

Text: Atsuko Tatsuta
Editor: Kaori Shimura

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