『まきのまきのレター』

心で読む大人のためのこどもの本 vol.10

2022.03.25

「先が見通せない」「感情の軸がぶれる」そんなふうに思ったら、大人向けの本をしばし脇において、絵本を開きます。読めない文字はないし、意味を調べないとわからない言葉も出てきません。すいすい読めます。けれど、心が閉じていたり、こわばっていると、大事なメッセージをキャッチできません。目や頭で読むというより、“心で読む”という意識でページをめくると、絵本はベターアンサーの宝庫、思考スイッチの泉です。今回は、“心潤う”作用たっぷりの1冊をご紹介します。

Vol.10 『まきのまきのレター』

『まきのまきのレター』

ふと世の中を見わたすと、パンデミック、揺れる世界情勢、環境破壊……、複雑で混乱を極めたネガティブなニュースが尽きない昨今です。それゆえに、心安らぐポジティブなニュースや、決して楽ではないけれど、いくつものハードルを乗り越えた人の話は、砂地に水が染みこむかのように、ものすごい勢いで心に沁みわたります。ページをめくるたび、心が潤い何か良きものが芽生える本。それが、今回ご紹介する『まきのまきのレター』です。

眼を細めてにっこり!と微笑む表紙の男性。まずは「え?誰?」と思うことでしょう。植物分類学者、牧野富太郎(1862〜1957)さんです。2023年春のNHK朝ドラで神木隆之介さんが牧野を演じるという話題もあり、今再び注目を集めている人と言えるかも知れません。高知県高知郡佐川町の裕福な商家に生まれ、幼き頃から植物と恋に落ち、小学校はなんと自主退学。野山を駆け巡り植物採集に没頭。自ら植物画を描き分類して名前を付け、残した標本は約40万点超え。植物をとことん愛し究めた、日本植物学の父といわれる人です。

『まきのまきのレター』
牧野博士のトレードマークといえば、蝶ネクタイを結んだ背広姿に、好奇心と探究心でキラキラ輝く瞳を縁取る丸眼鏡、そして斜め掛けにした胴乱(植物採集に用いる円筒状の携帯具)です。植物に対する愛情の深さと広がりは、想像を絶する宇宙レベル。

朝から晩まで寝ても覚めても植物に夢中。植物の話となると、おしゃべりは止まらず、まだ見ぬ草木を求めて、日本中を飛びまわり採集三昧。学位や学閥にはてんで無頓着でしたが、天才ゆえのまさに博覧強記で博士号を取得。経済観念には乏しく、「本屋に入ると、気になる本は全部欲しくなってしまう。けちけちしていては植物学者にはなれない。」と懐具合を考えず本を爆買い。愛妻・すえさんの強くしなやかな支えもあって、貧しさをものともせず我が道を突き進む姿は、生命力と知る喜びにあふれています。

94年に及ぶ牧野博士の人生は、実に波瀾万丈だったのですが、この絵本では、多くを語らずして、山あり谷ありだった人生のエッセンスを、美しいカラーパレットとシンプルな語りによって詩的に抽出してみせてくれます。自叙伝や随筆のほかに、最近刊行された、朝井まかてさんによる小説『ボタニカ』などを読むと、彼のキャラクターや人生模様を垣間見ることができ、牧野富太郎物語はよりいっそう豊かにふくらみ、味わい深くなります。それらを併せて読むにつれ、“植物”に対する牧野博士の愛ある語録に、いまわれわれ人間を取り囲む難問解決のルーツが息づいているように思えてなりません。そんなことを考えながら、昨日買った種子を鉢に植え、水をやり、無事の開花を願い心待ちにしています。

『まきのまきのレター』
『まきのまきのレター』
絵/佐々木香菜子 文/山中タイキ 刊/ENYSi

牧野博士から語りかけられているような生き生きとしたメッセージと、佐々木香菜子さんの草花が香りたつような画が溶け合ったページ。それらがブーケのように束ねられた美しいアート絵本。牧野の故郷でもある高知発のスペシャルプロジェクトによるもので、こちらの通常版以外に、1000年の歴史を誇る貴重な土佐和紙を採用した特装版なども展開。

Photos: ASA SATO
Text: maikohamano_editforbookbar

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