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KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022

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2022.4.22

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022」が開幕した。文化都市・京都ならではの歴史的建造物やモダンな近現代建築の空間に、国内外の重要な作品や写真コレクションを展示し、ときには伝統工芸職人や先鋭的なテクノロジーとのコラボレーションを展開してきたフェスティバルだ。

プリンス・ジャスィ「いろいろ アクラ──キョウト」 出町桝形商店街 ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

第10回を迎える今回のテーマは「ONE」。仏教用語の「一即(すなわち)十」という言葉を出発点に、あらゆる個の存在を祝福し、それらの多様性を讃える姿勢を示している。今回も例年通り、本写真祭の最大の特徴である国際的ネットワークを駆使した展示プログラムがまず目を惹く。

例えば、京都市美術館 別館ではアメリカの写真家アーヴィング・ペンの個展を開催中だ。パリのヨーロッパ写真美術館(MEP)のコレクションより厳選された、ペン自身が制作したオリジナルプリント80点を紹介。ペンの仕事の中でも焦点を当てられることの少なかった広義の「ポートレイト」に特化したキュレーションは大胆な解釈によるもの。マルセル・デュシャンやマイルス・デイヴィスといったレジェンドから、名もなきロマやネイティヴアメリカンの家族の肖像、ペンの真骨頂であるオブジェに肉迫した静物写真まで、民族学的深掘りもできそうな独自のアプローチは見応えがある。

アーヴィング・ペン Irving Penn: Works 1939–2007. Masterpieces from the MEP Collection Presented by DIOR From the collection of MEP, Paris (Maison Européenne de la Photographie) in collaboration with The Irving Penn Foundation 京都市美術館 別館 ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

誉田屋源兵衛では、スペインの写真家イサベル・ムニョスが、ダンサーの田中泯と帯匠の山口源兵衛(誉田屋源兵衛十代目)を奄美大島で撮影したシリーズを展示する。奄美伝承の泥染の泥田に潜った山口の皮膚や水中で踊る田中の身体に宿る野性を呼び起こすプラチナプリントや、和紙にプリントした写真を裁断して糸状にし、絹糸とともに織り込んだ「写真の織物」は、日本とスペインに共通する自然崇拝の精神から生まれた。

イサベル・ムニョス×田中泯×山口源兵衛「BORN-ACT-EXIST」 誉田屋源兵衛黒蔵、奥座敷 ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

京都文化博物館 別館では、マン・レイなどシュルレアリストやヒッチコックの影響を受けた、謎めいた筋書きを想起させる実験的な写真で知られるギイ・ブルダンの個展を開催。ファッション誌や広告の主流となったストーリーのあるファッション写真の先駆者であるブルダンの作品世界は、フィルム・ノワールやヌーヴェルヴァーグを彷彿させ、暗示的な色彩が物語を奏でる。シャネル・ネクサス・ホールからの巡回展となる本展は、山口小夜子をモデルに起用したビザールなイメージも追加されている。

ギイ・ブルダン「The Absurd and The Sublime」 Presented by CHANEL NEXUS HALL 京都文化博物館 別館 ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

HOSOO GALLERYで行われている「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」は今回もっとも強く心動かされたプログラムだ。芸術や文化の分野で活躍する女性の才能に光を当てるケリングの「ウーマン・イン・モーション」のサポートを得た本展は、将来の活躍が期待される10人の日本人女性写真家の作品を紹介する。マグナム・フォトのディレクターやニューヨーク国際写真センターのキュレーターを務めたポリーヌ・ベルマールが、KYOTOGRAPHIE共同創設者/共同ディレクターのルシール・レイボーズ、仲西祐介とともに本展のキュレーションを手がけている。

10人の作家たちは、私たちの現在地とまさに地続きにあるさまざまな問題について、自身の視点や考察をひたむきに語りかける。

例えば、地蔵ゆかりは震災をはじめとする自身に起きた悲惨な出来事をきっかけに亡父が昔暮らしていた雪深い村を訪れ、災禍を越えて1300年継承されてきた舞楽の清らかな美しさに生きることの希望を見出した。

10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭 Supported by KERING’S WOMEN IN MOTION HOSOO GALLERY 林典子「sawasawato」 ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

林典子は、20世紀後半の「帰還事業」により北朝鮮に渡った在日朝鮮人の日本人妻を訪ね、8人と長期にわたり対話を続けた。祖国への想いが滲むモノローグに世界各地にちらばる難民を重ねずにはいられない。

10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭 Supported by KERING’S WOMEN IN MOTION HOSOO GALLERY 岩根愛「A NEW RIVER」 ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

岩根愛は、震災後からコロナ禍に至るまで、北日本で撮影した満開の桜の森から神秘的な表情を引き出し、さらに各地の伝統芸能や儀式をとらえた新作映像は小さな展示空間を幻想譚(たん)に変容させてしまう。

岡部桃が、多様なセクシュアリティを自認する友人たちと自身を取り巻く環境と混乱を捉えた叙事詩は、肉体と精神の関係性の無限のグラデーションを、ネオンカラーに照らし出された親密な空間に展開する。

鈴木麻弓のプロジェクト「HOJO」は、赤と黒と白の色彩が拮抗する意志的な空間で、作家自身の不妊治療の経験から生まれたという、規格外の不揃いな野菜などの自然物へのユニークで切実な視点を表現する。

昨年「KG+SELECT」グランプリを受賞した吉田多麻希が、北海道で撮影した野生動物の写真を洗剤など人工の薬品と混ぜて現像したネガフィルムは、自然界を侵食する人間の業をビビッドに象徴する。

殿村任香 「SHINING WOMAN PROJECT at KYOTOGRAPHIE 2022」 Sfera ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

実母の不倫の物語を作品化した殿村任香は、このほか関連企画として、がんと闘う女性のポートレートプロジェクト「SHINING WOMAN PROJECT at KYOTOGRAPHIE 2022」を主宰。会期初日には、ポートレイト写真を施したプラカードを自ら掲げた参加者たちとともにサイレントデモンストレーションを実施した。観光客が沿道を埋め尽くすなか、静かな覚悟を抱える闘病中の肖像と晴れ晴れとした笑顔を堂々と披露したパレードは伴走する者にも勇気を与えた。

レイボーズは「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」について「すべての日本人女性にとってのマニフェスト」であり「日本社会で起きている『無言の革命』を反映する」と表している。また、ゲストキュレーターのベルマールはこう語る。「私たちは長い間、男性の視点を通して日本を見てきました。あたかも日本を完全には見ていなかったかのように」。

10人の女性写真家たちは、創作活動を通して独自の表現による個々の「マニフェスト」を示した。それは全員が同じ方向に向かって声高にシュプレヒコールを叫ぶ政治運動や社会活動とは別物の、まさに「サイレントデモンストレーション」のように、ときに内省的で、ときに生傷をともなう表明だった。

21世紀にもなって侵略戦争の世界を生きている現在、これまで懲りもせず暴力と破壊の過ちを繰り返してきた男性中心の歴史のなかで、存在しないものとして無視されてきた女性の視点や考察には、いまこそ耳目を傾ける価値があるのではないかと問いたくなる。

世界報道写真展「民衆の力」─1957 年から現在までの抗議行動のドキュメント With the support of the Embassy of the Kingdom of the Netherlands 堀川御池ギャラリー ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

その問いへのアンサーソングのように、堀川御池ギャラリーでは「世界報道写真展『民衆の力』─1957年から現在までの抗議行動のドキュメント」が開催されている。World Press Photo Foundation(世界報道写真財団)が主催する世界報道写真コンテストで発表された、「プロテスト」をテーマにした歴代入賞作品を、ビルボード風のパネル展示で広場のような空間に集めた本展。誰もがニュース報道で目にしたことのある有名な写真ばかりだが、ほぼ人物の等身大に引き伸ばされたショッキングな光景に打ちのめされた。1957年アメリカ南部の学校で、史上初めて黒人生徒として登校し、凄惨なハラスメントで通い続けることができなかった少女を被写体とした作品を皮切りに、「自由と権利」を求めた抗議行動の記録がいまも絶えることなく続く現実に絶望しそうになる。

プリンス・ジャスィ「いろのまこと」 Supported by Cheerio Corporation Co., LTD. ASPHODEL ©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022

こうして世界と切り結ぶ写真作品の数々を観たあと、最後にたどり着いたのは、祇園のギャラリーASPHODELだ。ここではアフリカ・ガーナ生まれのビジュアルアーティスト、プリンス・ジャスィの展示がいきなり真っピンクやブルー、グリーン、イエローの壁にひしめき合う鮮烈なイメージの世界に迎え入れてくれる。

高校時代に携帯電話で身のまわりの写真を撮り始めてから創作活動を続けるジャスィは、社会から取り残されがちな人々の物語を伝えてきた。首都アクラに住む恵まれない子どもたちを支援する団体「Boxed Kids」(抜け出せない場所や状況に閉じ込められた子どもたち)の共同設立者でもある。

携帯のカメラとは思えないビビッドでグラフィカルな画像とキャプションがとびきり魅力的なのは、もちろん黒人であるモデルたちの肌の優美さ、しなやかで誇り高い姿勢、その美を熟知した大胆な色彩構成によるものが大きい。だがそれ以上に、思春期から老齢まですべてのライフステージの価値をリスペクトし、女性たちからインスピレーションを受け取り、ヒエラルキーを超えた美の概念を提示するジャスィのバランス感覚が、アートシーンに一石を投じ、観るものを高揚させリラックスさせてくれる。

写真というメディアに潜在する影響力には、美しさや楽しさがもたらす刺激や高揚と共に、気骨ある社会への語りかけがあり、弱者を守り勇気づける癒やしがある。そのすべてが現代を生きるうえで有効だと示すことが、過去10年に及ぶ「KYOTOGRAPHIE」のぶれない姿勢でもあるとあらためて振り返った。

このほか、すべての展示のダイジェスト版はこちらでチェック!

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022

2022年4月9日(土)〜5月8日(日)

Text: Chie Sumiyoshi Editor: Kaori Shimura