デザイナー芦田多恵と振り返る「TAE ASHIDA」30年の軌跡

2022.05.20

デザイナー芦田多恵と振り返る「TAE ASHIDA」30年の軌跡

1991年にファーストコレクションを発表し、昨年デザイナーデビュー30周年を迎えた芦田多恵さん。その記念すべきコレクション「TAE ASHIDA 30th ANNIVERSARY AUTUMN WINTER COLLECTION 2022-2023」が4月6日、国立代々木競技場第二体育館にて開催された。各国の駐日大使、女優や俳優など華やかなゲストがお祝いに駆け付け、祝祭感あふれるショーとなった。集大成とも言える今コレクションや、エポックメイキングとなった出来事を、芦田さんに尋ねた。

激動の中、試行錯誤を繰り返し、変化してきた30年

――30周年おめでとうございます。ご自身で振り返ってみて、この30年間はいかがでしたか?

実感が湧いていないというのが正直な感想です。長くデザイナーを続けている感じがしない、あっという間の30年でした。あまり喜ばしいことではありませんが、10周年ではアメリカ同時多発テロ、20周年は東日本大震災、そして30周年ではコロナ禍と、社会や世界に衝撃をもたらす事件や災害と符合しています。なので、今回も偶然ではないのかなと感じ、乗り越えなくてはいけないと。まさにこのコロナ禍をどう乗り越えるかが大きな節目になるというか、世界中の人たちの生活が大きく変わりましたよね。ファッションは人の生活や社会と密接につながり、洋服は人が着て初めて成り立つもの。今の環境に順応し、変えていく部分は変えていかなくてはと思いました。
 3.11の際は、ファッションがみなさんの希望になるよう、すてきな洋服が着られる日まで頑張ろうと思っていただけるよう考え、モチベーションを高めていきました。ファッションは希望というメッセージを込めて。イブニングドレスはいらないという意見もありましたが、私はそうは思わなかった。そのように試行錯誤を繰り返し、つねに考えるように取り組んできました。この30年で世の中が変わりました。個人的にも、父が他界し、自分の考え方や立場も大きく変わりましたね。

自身の考えや思いを強くした、印象的な出来事

――30年間でエポックメイキングとなった出来事やコレクションはありますか?

1991年に「miss ashida」のコレクションを発表した頃は、父から引き継がなくてはならないと頭がいっぱいでした。ですが、自分の好きなものを好きなように作りたい、と思いきって「SAVANNA」をテーマに96年春夏コレクションを発表したのです。それまでとは全く違う世界でもありましたので、営業やお客様からは賛否両論。ですが、父からは「いいんじゃない」と言ってもらえましたし、本当に自分の好きなものを作れたので、分岐点となりました。

(左)デビューとなった「miss ashida」1992年春夏コレクションより。 (右)分岐点となった96年春夏コレクション。
(左)デビューとなった「miss ashida」1992年春夏コレクションより。エレガントでありながら、ポップな色使いが新鮮。 (右)分岐点となった96年春夏コレクション。少しエッジを効かせたスタイルは、今見ても全く古さを感じさせない。

さらに2011年、ショーの4日前に東日本大震災が起こり、急遽ショーを中止せざるをえなくなりました。この先どうなるのか、ファッションができることは?と不安でいっぱいでした。張り詰めていた糸がプチっと切れてしまって……。ですが、無観客ショーを配信しよう、と。スタッフも目標に向かって頑張ってくれましたし、冨永愛ちゃんは大阪からわざわざ駆け付けてくれた。スタッフは皆、自分のことみたいに熱心に参加してくれて、ファッションデザイナーってひとりで何も出来ないんだなと痛感しました。地震に不慣れな外国人モデルたちが撮影中にちょっとでも余震があると、すごく怖がってしまうのを、愛ちゃんが励ましてくれたり。周りの方々が支えてくれましたね。本当に感謝しています。自分の在り方やファッションの在り方について考えるきっかけになりました。

現在では定着した無観客ショーを配信するという形式も、多恵さんが先駆者のひとり。今回のアニバーサリーショーでもトップとラストを飾った冨永愛が協力。
現在では定着した無観客ショーを配信するという形式も、多恵さんが先駆者のひとり。今回のアニバーサリーショーでもトップとラストを飾った冨永愛が協力。

好きなものを好きに着ればいいよね、というメッセージ

――今回発表された、2022-23年秋冬コレクションについてお聞かせください。インスピレーション源やテーマ、伝えたいメッセージは何でしょうか?

私はあまりテーマを設けないのですが、作りながら自分の伝えたいことを洋服に落とし込んでいきました。今回は“No Border”。空には国境がないよねというメッセージを込めて、風に乗ってしなやかに移動する様を気球のモチーフで表現。男女も昼夜も境界線がないということを伝えたくて、素材もあえてミックスしています。今回ウィメンズ39体、メンズ11体を発表したのですが、メンズを手掛け始めてメンズウェアの考え方やものづくりがウィメンズに生かせるようになり、楽しくて。お互いのいい所を生かせるというか、こうあるべき、こうじゃないと、といったルールがなくなっている時代なので、好きなものを好きに着ればいいよね、と。

――東京バレエ団のプリンシパル、柄本弾さんが『ボレロ』を踊るオープニングも非常に印象的でした。

柄本さんとはコロナ禍直前に知り合い、ずっと応援しているんですが、昨年の夏『ボレロ』を踊っているのを拝見しました。演出家の田村孝司さんと相談し、ダンサーで振付家のTAKAHIROさんに振り付けを依頼し、柄本さんに踊っていただくことになりました。15分ほどの『ボレロ』を3分にアレンジするというのは非常に難しかったとおっしゃっていましたが、TAKAHIROさんの振り付けは、首から足、手、そして最後に一つの型になるように構成されていて、「多恵さんの30年間の軌跡を表していると思う」と。とてもうれしかったですね。音楽は大沢伸一さんが今回のために書き下ろしてくださった楽曲で、大沢さんも非常にプロフェッショナルで妥協を一切せず、ストーリー性を感じる曲を作ってくださいました。

東京バレエ団のプリンシパル、柄本弾が舞う『ボレロ』で幕を開けた。
東京バレエ団のプリンシパル、柄本弾が舞う『ボレロ』で幕を開けた。コンテンポラリーダンスの要素が入っていた振り付けは、柄本にとってもチャレンジングだったそう。
(左)モデル総勢20人がそろった圧巻のフィナーレ。 (右)SNSのフォロワー総数700万人近くという話題のモデル、大平修蔵もランウェイを飾った。
(左)モデル総勢20人がそろった圧巻のフィナーレ。 (右)SNSのフォロワー総数700万人近くという話題のモデル、大平修蔵もランウェイを飾った。

ファッションを通して続けるチャリティー活動

――2013年から続けられている「MINA-TAN CHARM」をはじめ、社会活動も盛んです。

マスコット付きキーホルダーの製作プロジェクト「MINA-TAN CHARM」は、東北復興支援の一環で始めたのですが、宮城県南三陸町にはコロナまん延のために行けなくなってしまって……。ただ毎年買ってくださるようなファンの方々もたくさんいるのがとてもありがたいです。2020年には高品質、高機能なマスクを制作・販売し、売上の10%を保健所職員の方々へ寄付支援したり、今年は30周年アニバーサリーチャリティーTシャツを作り、売上の一部を一般社団法人こども宅食応援団に寄付させていただく活動も開始しました。やはり、私もさまざまな方に支えていただいているので、感謝を込めて社会に還元したい。そう思っています。

その年の干支(えと)などキュートな動物を象った「MINA-TAN CHARM」。
その年の干支(えと)などキュートな動物を象った「MINA-TAN CHARM」。南三陸町に住む縫製担当者にデザインやパターン、縫製技術を伝授し、チャームの売り上げ金額から販売経費を除く分が工賃として担当者に支払われる。
多恵さん自らがシャッターを切った花の写真をプリントしたTシャツ。
多恵さん自らがシャッターを切った花の写真をプリントしたTシャツ。手作業によるビーズ刺繍やラインストーンをセットしたデザインなどがそろう。写真プリント+ラインストーン付き ¥39,600 プリントのみ¥29,700 プレミアムBOX(プリントにオートクチュール刺繍を施したスペシャルバージョンの5枚入り)¥275,000
TAE ASHIDAデザイナー 芦田多恵さん

TAE ASHIDAデザイナー 芦田多恵

東京生まれ。ル・ローゼイ高校(スイス)、ロードアイランド造形大学(アメリカ)を卒業後、1988年ジュン アシダ入社。91年にコレクションデビュー。2018年jun ashidaのクリエイティブディレクターに就任。19年TAE ASHIDA初となるメンズコレクションを発表。同年、輝く女性研究者賞を科学技術振興機構に創設するなど、社会活動へも積極的に参画。

問い合わせ先:ジュン アシダ ☎03-3463-8631

Text: Mika Koyanagi
Editor: Kaori Takagiwa

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