優美なフェアリーがかける、希望と夢への魔法
ヴァン クリーフ&アーペルを象徴するモチーフ“フェアリー(妖精)”。その愛らしいジュエリーの秘話を紐解いていく。
1940年代初期、戦争の暗い影が世界を覆うなか、「フェアリー クリップ」はニューヨークで誕生した。創業より、自然と詩情の世界をインスピレーション源としてきたメゾンにとって、優美で気品あふれる妖精のジュエリーは、まさにヴァン クリーフ&アーペルの真骨頂ともいえるモチーフだったのだ。生命を宿したかのように生き生きと舞い踊るフェアリーの姿は、歓喜と希望のシンボルとして、すぐにアメリカ人顧客の心を魅了するようになる。
メゾンの最初のフェアリー クリップは、アメリカ社交界の名士であったバーバラ・ハットンが購入した作品だ。顔に大きなローズカットのダイヤモンドを配したフェアリーが、夜空の星に魔法の杖を振る仕草が愛らしいクリップは、目にするだけで幸せな気持ちになってくる。まさに、当時の暗い時世を照らす、希望の光であったのだろう。
それから数十年の時を経て、妖精たちはハイジュエリーやタイムピースのなかで新たな物語を紡ぎ始める。2003年に発表されたハイジュエリー コレクション「真夏の夜の夢」では、17世紀の文豪シェイクスピアの傑作をもとに、森に棲む小さな妖精たちが軽やかに、そして俊敏に動き回る幻想的な姿を宝石で再現。フェアリーのスタイルは1940年代から大きく変えられることなく、しかしミステリーセットや宝石のカッティングをはじめとする技術の進化が随所に見られるコレクションだ。
メゾンの自然界へ向ける愛は常にとどまることがない。イチョウの葉の妖精をモチーフとした「フェ ジャンゴ クリップ」にも、そのエスプリが存分に発揮されている。神羅万象への畏敬と、そこに棲むフェアリーの物語。それは、メゾンの美意識と、それに呼応する見事な職人技が紡ぐ傑作なのだ。
そして、ハイジュエリー コレクション「真夏の夜の夢」発表後にも、「文学」や「物語」に想起した、数々の妖精たちが誕生しているのもメゾンらしい着眼点だ。古来より、スペインやフランスのお伽話に登場した光の妖精も、そのひとつ。太陽や月、星といった輝きの源に愛され、美しい光をまとったその神々しい姿は、まさに宝石の彫刻作品といえる。
タイムピースにおいても、時の流れを見守るミューズとして、フェアリーは人々の腕の上で数々の魔法をかけてきた。2007年に発表された、ポエティック コンプリケーション「レディ アーペル フェアリー」は、「真夏の夜の夢」のフェアリークリップをモデルに誕生したタイムピースだ。時を司る妖精が、魔法の杖で「時」を、優雅な翼で「分」を示すという夢のある作品は、今もなお愛され続けるコレクションのひとつとなっている。
2020年に発表された「レディ フェアリー ウォッチ」では、進化した技巧によるフェアリーが魅力的だ。ダイヤモンドとサファイアの衣と、ほのかに透ける羽をまとった妖精が、杖で「分」を、マザーオブ パールの雲から顔を出す月が「時」を示す。
さらに、文字盤を24時間かけて1回転するディスクを搭載した「レディ アーペル ジュール ニュイ フェ オンディーヌ ウォッチ」は、時を刻む芸術品ともいえる。天国のように清らかな世界は、時間の経過とともに太陽と月が移り変わり、睡蓮の葉の上に佇む妖精の1日を表現。みずみずしい絵画のような景色は、鮮やかな宝石とともにエナメルで描き出されている。
メゾンが大切に守り続けてきた比類なき想像力は、卓越した職人の技により、まるで宝石のパレットで描くかのように再現されていく。
メゾンを支えるモデリング職人、宝石カット職人、石留め職人、研磨職人、鋳造職人、彫刻職人といった各セクションのマンドール(黄金の手を意味するアトリエの才能ある職人に対する最高の称号)たちが作り上げる作品。それは、装飾品や時計といった枠を飛び超え、ひとびとに夢と幸せを運んでくれる存在だ。
それこそがヴァン クリーフ&アーペルの創りだすジュエリーであり、フェアリーが私たちにかける奇跡の魔法なのだ。
Editor: Asako Kanno