デザイナーたちの“手”がつづる、宝石の物語
作品の生みの親ともいえるヴァン クリーフ&アーペルのデザイナーたち。メゾンの詩的な世界を創り上げる“デザイナー”という職業の秘密をのぞいていこう。
ヴァン クリーフ&アーペルの熟練の職人たちへ向けた最高の称号「マンドール(黄金の手)」。
メゾンでは、才能あるデザイナーたちのことも、各分野の名匠と同様に敬意を込めて「マンドール(黄金の手)」と呼ぶ。デザイナーという職業に対する職人技への賛辞は、少し意外と感じるかもしれない。しかし、メゾンにおいてのデザイナーの仕事を理解する時、彼らがこう呼ばれる由縁にも納得がいくはずだ。
メゾンのデザインチームは、まずメゾン独自のポエティックな世界観を理解し、2次元のプロジェクトから、3次元の最終的な形状へ作り上げてゆく、豊かな創造性が求められる。メゾンのジュエリーデザインの軸となる、美、詩、そして革新的な技法。それは、完全な線とボリュームで表現されなければならない。だからこそ、一流の宝飾職人だけが手にすることができる、最高級の宝石の鮮烈な色彩や高い純度、そして、ジュエリーや時計の複雑な構造など、深い知識と経験、スキルが必要とされるのだ。
なかでも、デザイナーにとって、インスピレーションはとても重要な要素だ。毎年、制作アトリエでは、新作コレクションの要となるアイデアとテーマが共有される。デザイナーはその情報をもとに、自ら調査をおこない創造的なビジョンを確立してゆく。すべての直感やアイデアは、メゾンのスタイルの条件に合っているということ以外、一切の制限がない。その後、デザインがアーティスティック ディレクターに提出されると、そこで評価され、修正が加えられる。そして、経営部門の承認が得られた時点では、メゾンのスタイルに忠実であること、さらには、細部にいたるまで芸術的であることが保証されるのだ。
デザインが確定すると、デザイナーはグワシュ画と呼ばれる、不透明な水彩絵具を使用したデッサンの作成にとりかかる。
まず、トレーシングペーパーにデザインを描き、それをグレーの紙に転写させる。グレーの紙に描くのは、ダイヤモンドの色がよく見えるようにという配慮からだ。宝飾職人たちはデッサンを忠実に再現する必要があるので、デザイナーは、まるで建築の図面を手がけるかのように正確に、そして丁寧に描いていく。コンピューターは一切使用せず、すべて手描きでおこなわれるため、ネックレスなどのアイテムには完成まで2〜3日を要するという。
デッサンが仕上がったのちも、デザイナーの仕事は続いていく。プロジェクト初期の局面には、各ジュエリー構築に必要な時間、宝石の重量と数量、金属の重量の見積もりなどがあがってくるが、この時点でデザイン変更が必要な場合もある。また、それらの見積もりが提出され承認されたあとにも、アトリエからの要請に従い微調整が続けられ、さらにジュエリー モデルの比率が可視化されたのちにも、デザイナーたちは曲線部や細部の緻密な修正に情熱を注いでいく。
宝石の原石から偉大な物語を作り出すかのような、デザイナーの仕事。その作業に費やされた気の遠くなるような時間の分だけジュエリーは輝き、そして一つとして同じものはない唯一無二の物語を私たちに語りかけるのだ。
Editor: Asako Kanno