Photo: Laziz Hamani © Cartier

エシカルやトレーサビリティの追求など、SDGsをめぐるラグジュアリー界の最前線をご紹介する連載企画。第2回目は、名門メゾンの中でもいち早くサステナビリティやエコロジーへと舵を切ったカルティエに焦点を当てよう。今年4月、デジタル開催された世界最大の時計見本市「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2021」(旧SIHH)で、高級時計界の潮流に新たな一石を投じたカルティエ。メゾン初となる光起電発電のソーラームーブメントを組み込み、従来のレザーに代わり非動物性素材のストラップを備えることで、時計史に燦然(さんぜん)と輝く傑作「タンク」を進化させた。

独自開発による「ソーラービート™」ムーブメントを搭載した新ウオッチの名は、「タンク マスト」。ダイヤルの下に光電池を潜ませ、くり抜かれたローマ数字インデックスから太陽光を取り込み、1日10分程度の採光で駆動する。しかもその耐久年数は、約16年と長期に及ぶ。革新者カルティエが導く次世代ラグジュアリーの行方を、初の日本人・女性として昨年トップを引き継いだ、カルティエ ジャパン プレジデント& CEO宮地 純さんに尋ねた。

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カルティエ ジャパン プレジデント&チーフ エグゼクティブ オフィサー  宮地 純さん
1979年生まれ。幼少期を欧州で過ごす。京都大学法学部卒業後、外資系証券会社に入社。INSEADにてMBAを取得後、ラグジュアリー業界でのキャリアをスタート。2017年、リシュモン ジャパンに入社し、カルティエ ジャパン マーケティング&コミュニケーション本部長に就任。2020年8月から現職。

光充電と植物素材ストラップで名品「タンク」をモダナイズ

──環境とサステナビリティに配慮した時計開発に取り組んだ動機とは?

5年前、カルティエ インターナショナル プレジデント&CEOのシリル・ヴィニュロンが、「スマートウオッチを作る考えはないのか?」と問われたことがありました。その時、彼の答えは「ノー」でした。カルティエにとって、クリエーションの出発点はデザインにあります。それはつまり、何世代にもわたって愛される普遍的な美しさであり、技術はあくまでもそのデザインやフォルムに奉仕するものと考えます。

数年で劣化してしまうようなスマート技術を、100年以上も継承されうるデザインに組み込むことはできません。タイムレスなデザインに持続可能な性能を備え、世代を超えて愛用していただけるウオッチこそ、カルティエが生み出すべきものなのです。

──メゾン初のソーラーウオッチとして、新規のコレクションではなく、なぜ「タンク」を選んだのでしょうか?

「タンク」は、100年以上にわたり人々を魅了し続けているアイコニックなデザインであると同時に、時代とともに進化を続けるウオッチの象徴でもあります。今回の革新的な取り組みの第一号として、約16年メンテナンス不要という優れた耐久性にふさわしいのは、「タンク」に他ならないと考えました。

私たちは、新しい世代のために新しいものをつくるのではなく、“時を超越したデザインをその時代や世代に適応させる”という姿勢を貫きます。

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1917年のアイコンの誕生から一世紀以上の時を超え、現代へ。伝説的デザインを修正することなく、新たなイノベーションを注いだ新作「タンク マスト」ソーラービート™。2021年9月より発売開始予定。

──4年に及んだ「ソーラービート™」ムーブメントの設計・開発において、どのような課題があったのでしょうか?

「タンク」の研ぎ澄まされたデザインを保ちながら、先進的な性能を組み込むにはどうしたらよいのか。ソーラービート™は、カルティエ、ヴァルフルリエ(リシュモングループのムーブメント専業会社)、リシュモンイノベーションチームの共同制作により、試行錯誤を重ねた末に誕生しました。ソーラーウオッチは本来、光電池パネル全面に集光させないと充電ができません。その制約を打破し、ローマン インデックス部分からの光量のみでも充電を可能にした点に、ソーラービート™の革新性があります。

──ヨーロッパで栽培されたリンゴの廃棄物を主素材とする、非動物性ストラップを採用した意図とは?

ストラップは、リンゴの廃棄物を粉末状に砕き、その他の植物性素材や化学素材を混ぜ合わせて作られます。このストラップ製作工程により、CO2削減、電力や水の使用削減につながり、カーフレザーストラップ製作時と比べて環境への負荷を約1/6に抑えることができます。また、欧州で深刻な社会問題となっている、リンゴの廃棄問題の解決にも貢献します。

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クォーツのように頻繁な電池交換は不要。使いやすさだけでなく環境負荷の軽減も目的とし、ストラップには非動物性の新素材を活用。ストラップ原材料のうち約40%は、スイス、ドイツ、イタリアの廃棄リンゴ由来などの植物素材から構成される。その生産工程は、地球環境保護を一歩前進させる。

100年を超えて継承される美に、真のサステナビリティを見いだす

──「タンク マスト」ソーラービート™という製品に、どんなメッセージを込めたのでしょうか?

カルティエが追求し続けるのは、時を超えた美と革新性。ソーラービート™を搭載した「タンク マスト」は、まさにその信念を体現するウオッチです。多くのものが消費され、消耗される時代における本当の意味での“持続性”とは何か、モノを大切に継承していく精神を示すひとつの問いかけでもあると思います。

──カルティエが考えるサステナブルなものづくりとは?

タイムレスなデザインそのものが、サステナブルなものづくりの根幹だと考えます。優れた耐久性と持続性、世代を超えて愛されるデザインは、現代の顧客の期待に応えると同時に、目まぐるしい消費のサイクルや安易なものづくりとは対極にある、サステナブルな社会のエコシステムに貢献します。

カルティエのクリエーションは生活必需品ではありません。そして廉価なものでもありません。こだわりをもって選んでいただいたからこそ、そしてタイムレスであるからこそ、長きにわたり愛用され、世代を超えて受け継がれていってほしいと思います。

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戦車を上から見た姿に着想を得たピュアなライン、レイルウェイトラック、ローマ数字インデックス、ブルーカボションなど神話的デザインコードを継承しながら、先進技術を融合。ブラック、ブルー、ライトグリーンの3色の植物素材ストラップは、レザーと遜色ない風合いと心地よい装着感を誇る。2021年9月発売予定。「タンク マスト」ソーラービート™(ステンレススティール×ノンレザーストラップ、ソーラービート™ムーブメント)左/SM(ケース縦29.5×横22mm)¥310,200 中左/LM(ケース縦33.7×横25.5mm)¥325,600 中右/SM(ケース縦29.5×横22mm)¥310,200 右/LM(ケース縦33.7×横25.5mm)¥325,600(すべて予定価格)

2020年カーボンニュートラル達成。目指すはカーボンネガティブ

──持続可能なラグジュアリーの未来について、カルティエはどのようにイメージしていますか?

ラグジュアリーというのは本来的に、希少性(稀少で価値ある素材、唯一無二であること)・卓越性(クラフツマンシップ、デザイン)・信頼性(一貫したクオリティ、真正さ、責任ある取り組み)といった要素を総合的に内包する存在であり、長い年月持続させてこその存在でもあるはず。そのいずれかが欠ければ凡庸な存在となり、しかしそれだけではビジネスとして存続できない。これは、未来においても変わらない普遍の理ではないでしょうか。

カルティエは170年以上の歴史を通して、いつの時代もタイムレスな美を追求し、美しいものや想いがもたらす有形・無形の価値、ヒトの感性や心を潤し文化・創造に寄与してきたと自負しています。その一方で、常に時代と対話し、時代が求めるものを鋭敏にとらえ先取りしながら、明確なヴィジョンのもとに革新をリードしてきました。それは現在のサステナブルなトピックにおいてもしかりです。

たとえばゴールドに関して言えば、リサイクルゴールドの積極的使用や、RJC(Responsible Jewellery Council=責任あるジュエリー協議会)が認証した小規模鉱山からの買い付けなど、業界全体を巻き込んで責任あるビジネスを推進。すでに扱うゴールドの90%の供給源を把握しています。CO2 排出に関しては、科学的根拠に基づくカーボンフットプリントの計測と削減にグローバルレベルで取り組んだ結果、2020年にはカーボンニュートラルを実現しました。今後はカーボンネガティブを目標に設定しています。

現代のお客様だけではなく、より豊かな未来の世代と社会に寄与していくために、私たちはあらゆるステークホルダーとともに持続可能な未来を紡いでいくことを思い描いています。

問い合わせ先/カルティエ カスタマー サービスセンター フリーダイヤル0120-301-757

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※掲載した商品の価格は、すべて税込みです。

Text: Etsuko Aiko Editor: Kaori Takagiwa