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哲学者ブルネロ・クチネリが歩む「人間主義的経営」の道

SDGsの「今」

2021.12.3

エシカルやトレーサビリティの追求など、SDGsをめぐるファッション&ラグジュアリー界の最前線をご紹介する連載企画。第4回目は、イタリア・ウンブリア州の小村、ソロメオ村とともに生きる高級カシミアブランド、ブルネロ クチネリの活動にフォーカス。ヒューマニスト企業家として知られる創業者ブルネロ・クチネリは、働く者の尊厳を何よりも大切にし、衰退した村の再生に取り組みながらビジネスを発展させてきた。人の幸福と自然が調和する「人間のための資本主義」の在り方とは? 40年を超える偉大な軌跡と、1000年先の未来を見据えたミッションに迫る。

創業者ブルネロ・クチネリ。1953年、イタリア・ウンブリア州カステルリゴーネ生まれ。1978年に創業。カラーカシミアでファッション界を席巻したのち、85年にソロメオ村に本社を移転。地域の人々を雇用し、教会をはじめ村の家屋の修復、劇場や職人養成学校を設立するなど、村の復興に貢献。その功績は、イタリア共和国功労勲章をはじめ権威ある数多くの賞を受けている。著書に『人間主義的経営』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

人間性を尊び、地域社会を再生する“名誉”の商人

「世界で一番美しい会社」と称されるようになったブルネロ クチネリ。カシミアを主軸とするこのラグジュアリーブランドが注目を集める理由は、タイムレスでハイクオリティなものづくりだけではない。それは、40年以上前からブルネロ・クチネリ会長が実践する、地域と一体となった独特の経営手法にある。数年前にはアマゾン創業者もソロメオ村を訪れたほど、そのサステナブルな経営哲学を学びたいというグローバル企業が尽きないのだ。

1978年、25歳のとき、ウンブリア州ペルージャ近郊に、カシミアニットを製造する小さな会社を立ち上げたブルネロ・クチネリ。カラフルな色使いでイノベーションをもたらし、一代で世界的ブランドの地位を築く。85年になると、愛妻の故郷であるソロメオ村に本拠地を移転。村の丘陵地にそびえる中世の古城と集落を修復し、工場を構えた。クチネリ氏が追い求めてきたのは、「働く者の尊厳」を何よりも尊重した仕事のかたち。利益ではなく人間至上主義の価値観が、人々の労働意欲を高め、職人技を磨き、結果的にブランドの発展へ実を結んだ。

豊かな自然に囲まれた、のどかな田園地帯にあるソロメオ村。今では集落に人々が戻り、かつてのオリーブオイルやワインなどの生産が復活。カシミア製品の生産業が新たにソロメオ村に加わった。

クチネリ氏は言う。「私がいつも夢見ていたのは、人としての道徳的尊厳と経済的尊厳、その双方を保持しつつ働くことでした。念頭にあったのは、地球に害を与えずものづくりをし、倫理、尊厳、道徳をもって正当な利潤をあげること。そのためにも、人々が美しい環境で働き、少しばかりよい報酬を手にし、自らもその夢の共同責任者として尊敬されていると感じる必要があります」。彼の夢は、過疎化が進んでいた当時わずか人口500人のソロメオ村を舞台に、数十年かけて実現を果たした。

ブルネロ クチネリ社の本社工場と整備された美しい中庭。ソロメオ村や近郊に暮らす職人たちは生き生きと働き、家族と過ごす心豊かな時間を確保している。

すべては、ソロメオ村の未来と人々のために

荒廃した14世紀の城を買い取り、本社としてリノベーションし、教会や住民の住居の修復からはじまったソロメオ村の復興プロジェクト。その後、劇場や図書館、哲学の庭などアートフォーラムの造営を実施。2013年には、地元の高度な職人技を次世代へ受け継いでいくために、ソロメオ職人学校を開校。学費は奨学金で免除され、生徒たちには給与も支給される。さらに卒業後、クチネリ社に就職することは入学条件ではないという。

2013年に開校したソロメオ職人学校。ニットの高度技術、カッティングやテーラリングの技術、職人としての精神性までを、教師である現役の職人から学ぶ。

ブランドにとって、何よりかけがえのない働き手は職人だ。世界中で1700人を超える従業員のうち、ここソロメオ村で働くのは1000人ほど。そのうち職人が過半数を占めるという。クチネリ社の職人の給料は、イタリアの平均賃金よりも高いことで知られる。職人たちは紛れもないアーティストであり、ゆえに尊敬を込めて「アルティジャーニ」と呼ばれるのだ。

大きな窓から光があふれる工場。すべての壁は取り払われ、互いにコミュニケーションを取りやすい明るい空間に。都会よりも田舎に身を置く方が豊かな生活が送れるとクチネリ氏は考える。

2014年になると、復興事業は次なるステージへ。「A Project for Beauty」と掲げ、ワイナリーや果樹園、サッカー場、モニュメントを併設した広大な公園を2018年に完成させた。ソロメオ村の再生に取り組むクチネリ夫妻の情熱は、とどまるところを知らない。2021年10月末には、新たなプロジェクト「ソロメオの普遍的図書館」の建設が発表されたばかり。ローマ皇帝であり哲学者であったハドリアヌス帝を敬愛するクチネリ氏にとって、「書物は人生の指標」そのもの。良書とは、人間が深遠な成長を遂げるための伴侶と考える。哲学、建築学、文学、職人工芸の分野に絞り、膨大な蔵書を有するライブラリーを2024年に落成する計画だ。

クチネリ夫妻と2人の愛娘、その夫と子どもたち。クチネリ氏にとって家族とは「貴重な宝石箱」。娘たちは結婚してもソロメオ村で暮らし、家業に携わっている。

心を整え、やわらかに養うための「服」

クチネリ氏が働く人の尊厳を重視するのは、不遇な環境下で働く父親の姿を目にしてきた自らの経験が原点にあるから。田舎の農家に生まれたクチネリ氏は、やがて農業を辞めて都会の工場へ働きに出ては疲れ果てて帰ってくる父の背中を見て育った。自然と切り離された環境のなか、人間性を損なう労働の形態に疑問を抱いたクチネリ少年は、人間的尊厳と労働の尊さを両立したいという想いを胸にしたのだ。

地元ウンブリア州をはじめイタリアに根差すニット産業やテーラリング技術は、今日のブルネロ クチネリのクリエーションを支えている。「スポーツ・シック ラグジュアリー」をコンセプトに掲げるワードローブは、流行に左右されず長く愛せるアイテムばかり。洗練されていると同時にさりげなく、コンフォートとエレガンスが高い次元で溶け合う。包み込まれるようにやわらかく、軽やかな着心地は、ひとたび袖を通すと身も心もそのとりこに。

2021年秋冬コレクションのシグネチャールックのひとつ。ウール&カシミアのチェスターコート ¥745,800 ウールフランネルベスト ¥315,700 シルクストライプシャツ ¥309,100 デニム 参考商品 帽子 参考商品 シェアリングシューズ ¥163,900

ヒューマニストであり起業家でもあるクチネリ氏の理念は、時代を牽引(けんいん)するインパクトに満ちている。つい最近では、2021年10月末、ローマで開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に招待され、人間らしいサステナビリティと人間のための資本主義について、発言を求められたほど。

サステナビリティとどう向き合うかが、大きな経営課題となっている現代のラグジュアリー業界。単に環境負荷の低い素材を扱ったり、再生素材開発に注力したりするだけでは、真に持続可能なビジネスとは言い難い。環境や人権、地域に配慮したエシカル消費を意識する女性たちが増えつつある今、ブルネロ クチネリが確立した地域密着型の「人間主義的経営」に、ファッションの未来へのヒントがあるに違いない。

問い合わせ先/ブルネロ クチネリ ジャパン ☎03-5276-8300

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※掲載商品は、すべて税込価格です。

Text: Etsuko Aiko Editor: Kaori Takagiwa