SPIRE

一棟貸し切りの宿「ささゆり庵」から始まる自分軸をととのえる旅

奈良・深野の“天空の里山”で日本の美意識に出会う

2022.9.30

目の前には枯山水を有する庭園、その向こうには国定公園の絶景が広がる。はるか遠くには美しい山々が悠然と連なり、刻々と表情を変える大きな空と白い雲がすべてを包み込む。奈良県と三重県の県境近くに位置する「ささゆり庵 小角(おづぬ)」は1日1組限定の茅葺(かやぶ)き家屋の宿。“天空の里山”で自分の内面と向き合い、日本の本質的な美の精神と出会う、そんな心を磨く旅へと出かけてみよう。

大自然に囲まれた「ささゆり庵 小角」。枯山水石庭、日本庭園、茶庭の3つの異なる庭が美しく、寺社に佇んでいるかのような風情を醸し出す。敷地内には約100年前に建てられた茶室も。

奈良の深野は、奈良から東へ直線距離で30キロほど。紀伊半島には南から順に熊野、高野、吉野と有名なパワースポットが点在するが、ちょうどその延長線上に位置する高度約450メートルの里山だ。古くから湧水に恵まれた土地で、眼下には棚田の風景をはじめ、緑豊かな美景が広がる。

周囲を大自然に囲まれた宿「ささゆり庵」には、築200年以上とおぼしき茅葺きの古民家を再生した「蔵王」と、美しい日本庭園を備える新築の茅葺き家屋「小角」の2棟がある。いずれも1日1組限定、ゆったりと流れる時間にくつろぐことができる隠れ家だ。今回は「小角」での宿泊体験をリポートする。

お香のよい香りが漂う、囲炉裏の間。

2014年の「蔵王」に続き、18年に誕生した「小角」は、茅葺きや囲炉裏といった日本の昔ながらの美意識を投影した建築に最新の設備を備えた、和モダンの一軒家。新型コロナウイルス禍以前はハリウッドの映画関係者や中東の王族といったセレブリティーがこぞって訪れていたというのも納得の、ラグジュアリーな宿だ。

庵に踏み入れてまず驚くのは、この世のものとは思えない絶景。「日本の里100選」にも選ばれた美しい棚田、そして室生赤目青山国定公園のパノラマが眼下に広がる。縁側に座り、素晴らしい眺望を独り占めしていると、身も心もじんわりと満たされていくのを感じる。

そう、この宿に滞在するいちばんのぜいたくは、大自然と一体化して、何もしない瞑想(めいそう)的な時間を過ごすこと。日中から夕暮れ、そして夜のとばりへと時が移ろうのを感じながら、いつしか心は、都会の喧騒(けんそう)にのみこまれて忘れていた静けさを取り戻していく。

大自然と日本庭園を目の前に望み、開放感あふれる縁側で、瞑想やヨガを。訪れた日は月に数回ほど見られるという雲海も運よく拝むことができ、雄大な自然のパワーに圧倒されるばかり。

枯山水石庭に向かって開いたバスルーム。特注のバスタブは信楽焼の「壺風呂」。古くから大和地方で採れる天然生薬を配合した薬用入浴剤で、薬湯の香りに包まれながらリラックス。

夕食はオプションで、ここでしか味わえないスペシャルなケータリングをオーダーできる。いくつか種類があり、囲炉裏を囲みながら鉄鍋でいただく伊賀牛のしゃぶしゃぶ、ミシュラン星レストラン「万惣」の長田耕爾シェフによる出張ライブクッキングなどいずれも魅力的だが、今回は地元の有機野菜を用いた欧州フュージョン料理のライブクッキングをチョイス。

実は「ささゆり庵」の敷地内には畑や茶葉園、果樹園があり、季節によってはそちらで野菜やハーブを採取し、ディナーの料理に使用してもらうほか、スムージーを作ることもできる。今回は野菜収穫を体験し、採れたての旬の素材をディナーメニューの一部に。野菜の味が濃く、元気をチャージできた気分。

お腹が満たされたあとは、縁側にたたずみながら、風の音や虫の声をBGMに満天の星を観賞。澄みわたる空気と星空に、心が浄化されていくよう。

欧州フュージョン料理のライブクッキングは1名¥10,000〜¥15,600(料金は人数と料理内容により異なる)。ときには初めて出会う地場野菜やハーブも! 「ささゆり庵」では敷地内の別の庵に庵主の松林哲司さんや女将の裕美さんが常駐し、ディナーや朝食の配膳などを担当してくれる。彼らとの気さくなおしゃべりも滞在の思い出に。

居心地のよいベッドルーム。2階に琉球畳のサブベッドルームがあり、6名程度まで宿泊可能。

さて、「ささゆり庵」にはさまざまな体験プログラムもオプションで用意されている。かつては忍者の修行の里だったといわれる「赤目四十八滝」でのハイキング、サイクリング、カヌーといったアクティブなものもあれば、座禅、華道、茶道、尺八演奏、焚き火といった心を静かにととのえるものも。今回は、滞在2日目の朝に赤目四十八滝でのハイキングを体験することに。

当日は日の出前に起床して朝焼けを眺め、「壺風呂」でリフレッシュしてから、7時に庵を出発。車で15分ほどの赤目四十八滝へと向かう。案内してくれるのは「ささゆり庵」の庵主であり、山伏でもある松林哲司さんだ。

大自然のエネルギーを五感で感じる、赤目四十八滝でのハイキング体験。

現代の日本人が忘れかけている自然や文化、伝統を感じられる場を自らの手でつくり出し、かけがえのない美を愛する心を思い出してもらえたら――そんな思いで「ささゆり庵」をもたらした松林さんは、深野の地の歴史や文化への造詣も深い。太古の時代には深野から下った伊賀、名張付近は琵琶湖の湖底だったこと、そのおかげでこのあたりは土地が肥沃で平安時代には荘園化が進んでいたこと、戦国時代は忍者が行きかう要衝であったであろうことなど、道中は歴史のロマンを感じるエピソードに興味津々。

赤目四十八滝に到着すると、まだ早朝とあって観光客はほとんどおらず、ひんやりと清々しい空気に包まれる。松林さんは軽い足取りで散策をガイドしながら、大自然への感謝と畏怖がいかに大切かということを山伏の視点から教えてくれる。森や滝、川のダイナミズムを目の当たりにすると、自然と人間のベストな関係とはどうあるべきか、ひいては、自分自身がどうあるべきかなど、しみじみと考えさせられる。

庵の名前の由来にもなったササユリは、環境破壊により希少となってしまった日本固有種。深野では有志の人々が保護・増殖活動に励んだおかげで、今でも初夏に淡いピンク色の花の姿を見ることができる。なお、「深野ササユリ保存会」は2012年、ユネスコのプロジェクト未来遺産に登録されている。

大自然に包まれて日本の美意識を感じながら、圧巻の絶景を味わったり、呼吸や身体に集中しながら瞑想したり。あるいは、庵主の松林さんや女将の裕美さんとの会話を通して、伝統や昔ながらの文化、ならわしの魅力を再発見したり。「ささゆり庵」で過ごす時間は、単なる癒やしにはとどまらない、ありとあらゆる気づきに満ちている。

せわしない日々の雑音から逃れて静かにくつろぎたい人はもとより、世の中に不安を感じることの多い昨今、自分軸を取り戻したい人にもおすすめのデスティネーションだ。

山伏でもある庵主の松林さん。尺八やほら貝、和太鼓などの演奏や、滝行、護摩行といったちょっとマニアックなアクティビティーもリクエストできる。定期的に山伏の修行体験に訪れる常連の経営者グループもいるそう。

ささゆり庵 小角

奈良県宇陀市室生深野532

☎0745-88-9402

¥45,000〜60,000(1泊1名あたりの料金、朝食付き、税・サービス料込み)

※料金は季節や曜日、宿泊人数によって変動。オプションでディナーの予約も可能(別料金)。詳細は公式サイトにて確認を

公式サイトはこちら

Photos: Kenji Kudo Editor: Kaori Shimura