札幌から車で南に下り、支笏湖を越えたその先に位置する白老町。山と海に囲まれた風光明媚(めいび)なこの土地に2022年1月に開業した「界 ポロト」は、札幌から車で約1時間、電車ならばJR白老駅から徒歩で10分というアクセスのいい場所にありながら、雄大な自然のパワーを存分に満喫できる温泉宿だ。
「界」は星野リゾートが全国22カ所で展開する温泉旅館ブランド。和の快適さを追求した空間と、その土地、その季節にしか体験できないホスピタリティーで人気を博している。「界 ポロト」はそうした界ブランドらしい魅力に加えて、アイヌの伝統文化を随所に取り入れているのが特徴だ。
というのも、ここ白老は古くからアイヌ民族のコタン(集落)があった場所で、今もアイヌの人々が多く住む。白老という町名はアイヌ語の「シラウオイ」に由来。2020年には日本最大のアイヌ民族博物館「ウポポイ(民族共生象徴空間)」も開業した。「界 ポロト」は同施設のすぐ隣、アイヌ語で「大きな沼」という意味をもつ全周約4キロの湖、ポロト湖のほとりにある。
ロビーに到着すると、まず目を引くのは、あちらこちらにダイナミックに配されたシラカバの丸太。ロビーの向こうに見える庭、そのさらに奥のとんがり屋根の湯小屋は、ポロト湖にせり出すように設計されていて、湖と一体化している気分を味わえる。施設のどこにいても、美しい自然を身近に感じられるように工夫がなされている。
温泉は、世界的にも珍しい「モール温泉」。天然植物由来の腐植質の有機物を含有したとろみのある茶褐色の湯で、皮膚の再生を促進させるはたらきがある成分などを含むことから、“美肌の湯”ともいわれる。太古の時代から気が遠くなるような長い年月をかけて堆積した植物の恵みを受け取ることができるのだ。
大浴場は2つあり、ひとつはとんがり屋根の湯小屋にある「△湯(さんかくのゆ)」。アイヌ文化の伝統である屋根を支える三脚構造「ケトゥンニ」を基本構造とする建物内には内風呂と露天風呂があり、なんとも感動的なのは露天風呂。ポロト湖にせり出しているため、視界に入るのは、どこまでも続く空、遠くの山や森林、そして目の前の湖だけ。野鳥や虫の声をBGMに、いつまでもくつろいでいたくなる。
もうひとつは「◯湯(まるのゆ)」。こちらは対照的に、洞窟のような構造。ドーム型の内湯の天井に丸い穴が開いており、外からの光が柔らかく差し込む癒やしの空間となっている。
客室は全室レイクビュー。アイヌ民族が暮らすチセ(=家)から着想を得た空間には、炉(ろ)をイメージしたテーブルをはじめ、アイヌ文化を彷彿させるインテリアやアート作品が。こちらにもロビーと同じくシラカバの丸太が配され、夜など静かな時間帯になると、パチパチ、パチパチ、と、シラカバの表面の皮が割れる音が聞こえてくるのが神秘的だ。木は建築材となっても伸縮を繰り返すとはよくいわれるが、自然のもつ圧倒的な力を感じる。
夕食は、北海道らしい食材を満喫できる会食料理。ジャガイモのすり流しにイクラとウニをのせた先付に始まり、八寸やお造りはアイヌ民族が交易の際に使用していた丸木舟をモチーフとした器に盛り合わせて登場。一つひとつが味も見た目も丁寧に仕立てられていて、心が躍る。
翌朝は早起きをして、散策へ。ポロト湖を囲む自然休養林には、植林されたトドマツなどのほか天然のミズナラやクリが生育していて、なかには直径1メートルを超える巨木も点在するという。約80種の野鳥と、エゾシカ、キタキツネなどの動物も生息している。
ポロト湖の外周には約6キロの散策路があり、のんびり歩いたりサイクリングしたりしながら、四季折々の自然を味わうことができる。訪れた日は朝から青空で、はるか遠くに望む樽前山(たるまえさん)の稜線も、太陽の光が湖面をキラキラと照らすさまも美しい。森の香りをまとった空気を深く吸い込むと、心も体もすっきりと澄みわたるよう。湖が結氷するこれからの季節は、スケートやわかさぎ釣りにトライするのも楽しそうだ。
宿に戻ったあとは、毎朝ロビーや湯上がり処で開催される「タンチョウヅルの羽ばたき体操」で体を気持ちよく動かし、朝食後は界ブランドのおもてなしのひとつ、ご当地の文化を体験する「ご当地楽」にも参加。アイヌ民族が魔よけとして日常的に身につけていた植物「イケマ」を使った魔よけのお守りをつくりながら、アイヌ民族の自然観を感じるひとときを過ごすことができた。
せわしない日常と距離を置き、大自然の恵みやアイヌ文化に思いを馳せながら、心静かに過ごすことができる「界 ポロト」。レンタカーはもちろん公共交通機関を利用してもアクセスしやすく、ポロト湖や「ウポポイ」のほか、少し足を伸ばせば登別温泉などの見どころもある。一度足を運ぶと、また別の季節に訪れてみたくなる。そんな豊かな魅力に満ちたデスティネーションだ。
Editor: Kaori Shimura