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滋賀の一棟貸しの古民家宿「旅籠 八…」

近江の美食と“蔵サウナ”を満喫

2023.4.16

滋賀県近江八幡市の八幡堀沿いに立つ「旅籠 八…(はたご わかつ)」は、1日2組限定の古民家宿。2020年11月のオープン以来、古きよきものとモダンな感性が同居する空間と、地元の食材をふんだんに用いた絶品の料理で人気を博している。2022年夏には土壁の古い蔵の中で“醸し風呂”、つまりサウナを貸し切りで楽しめる「別邸 九.(ここのつ)」も誕生した。八幡堀の自然やこの土地の歴史に思いを馳せながら、ただ静かにくつろぐ――五感を研ぎ澄ませ、心をととのえたい人におすすめの宿だ。

「別邸 九.」内にあるギャラリースペース。オーナーの吉田尚之さんが自ら買いつけたアンティーク家具や古道具のほか、「旅籠 八…」のオリジナルのアメニティやルームウェア、器、お茶なども購入できる。

滋賀県の中部、琵琶湖の東岸に位置する近江八幡は、のんびりとした気分で町歩きを楽しみたい人にうってつけのエリア。安土城跡をはじめとする史跡も多く、近江商人ゆかりの地には白壁をめぐらせた美しい蔵屋敷が立ち並ぶ。日本における西洋建築の父・ヴォーリズが手がけたノスタルジックな建築物の数々も興味深いし、建築家の藤森照信さんが設計した、和菓子の「たねや」グループのショップ「ラ コリーナ近江八幡」の緑あふれるユニークな施設も見逃せない。

「旅籠 八…」があるのは、そんな近江八幡の見どころのひとつである八幡堀のほとり。水路に沿って歩いていると、昔ながらの商家や蔵屋敷に風情を感じる。今から200年ほど前、この地に畳屋として建てられた旧喜多邸を改修し、誕生したのがこちらの宿。客室は「木の間」「石の間」の2室のみで、1日2組限定となっている。

「木の間」のラウンジ。チェックインはこちらで。窓の向こうには八幡堀のしっとりとした景色が。

「石の間」は旧喜多邸の母屋だった建物にある。梁をはじめ、丁寧に磨き上げられた約200年前の造作とモダンな意匠が見事にマッチしている。

「木の間」は旧喜多邸の離れを京都の数寄屋大工の手によりモダンに再生させた、一棟貸し切りのスペシャルな空間。旧喜多邸の時代から残る調度品と洗練されたインテリアの数々が違和感なくなじみ、空間の隅々までがすがすがしい“気”に満ちているのを感じる。ラウンジやリビングには大きな開口があり、その向こうに広がる庭や八幡堀の自然に目が安らぐ。光や風を感じながらくつろいでいると、時間が過ぎるのをつい忘れてしまう。

もう一方の「石の間」は、江戸当時の梁(はり)や瓦、土壁をデザインとして昇華させた特別室。京都の巨大な鞍馬石をくり抜いた(!)という圧巻の岩風呂に体を委ねるのは、ここでしか味わえない、瞑想的なひとときだ。

「木の間」の風呂。高野槙の桶(おけ)風呂は醤油樽(たる)を手がける職人に特別に発注したもの。湯は井戸水を使用。タオルやルームウェアといった肌に触れるものはオリジナルにこだわり、感触のあまりの心地よさに驚く。

「石の間」の風呂。大きな鞍馬石をくりぬくのは極めて難しい作業で、「割れてダメにしてしまう可能性があるからと、いくつもの業者に断られました」とオーナーの吉田さん。ようやく引き受けてくれる業者が見つかり、理想どおりの岩風呂が完成したそう。

夕食は、日本料理「溜ル(たまる)」で。蔵にカウンターを設置したこぢんまりとしたレストランで、見上げると天井の一部が吹き抜けになっており、約200年前の大きな梁が歴史を感じさせる。最初に供されるのは、一杯の水。地元の清らかな水で心身をととのえてから、食と向き合ってほしいという願いが込められている。続いて、煮えばなの白米。オーナー自ら県内で育てたお米を信楽の土鍋で焚き上げたご飯は、つやつやと輝いていて、噛むほどに甘い。

さらに無農薬栽培の野菜、鯖街道を通った魚介、近江牛など、地元産を中心とする食材が目の前で調理され、次々と提供される。どの料理もパワフルでありながら洗練されていて、食べ疲れも胃もたれもしないのは、やはり素材のすばらしさと、京都で研さんを積んだ料理長の西澤剛さんの腕前のなせるわざだろう。

目の前の調理場はライブ感にあふれ、次の料理を待つ時間もワクワクと楽しい。滋賀県の特産の近江牛はワラ焼きなど、季節の調理法で。

朝食は日本料理レストラン「溜ル」とは別の、特別な空間で供される。まずは煎茶と梅干しで体をととのえてから、多彩な小鉢や焼き魚、土鍋炊きのご飯をいただく。一見、素朴なようでいて、とても手の込んだ料理の数々に感動!

さて、昨年8月に敷地内にオープンした「別邸 九.」は、母屋と同時代に建てられた2階建ての蔵を改修。サウナとギャラリー、完全予約制のレストランの機能を備える。

こちらでぜひとも体験したいのは、1日1組限定のサウナ。愛好家にはおなじみの聖地、静岡県の「サウナしきじ」の娘であり、サウナプロデューサーとして活躍する笹野美紀恵さんが手がけたもので、イグサや薬草などの蒸気浴を楽しむ“醸し風呂”スタイルとなっている。蔵の中はほの暗く、なんとも神秘的なムード。着替えや休憩用のスペースがある2階から螺旋階段を降りると、甕(かめ)に井戸水をためた小さな水風呂と、洞窟のようなサウナスペースにたどり着く。

サウナの中に入ると、古い梁や土壁の残る空間にワラが敷き詰められていて、古代にタイムスリップした気分。温度は薪のストーブで一般のサウナよりも低温に保たれ、体の内側からじんわりと温まるのが心地よい。外気浴スペースも快適で、極上のリトリートを体験できる。

サウナの内部。敷き詰められたワラに寝そべりながら、薬草の香りを味わって。

心地よい風や鳥の声に安らぎながら、外気浴。施設内の小さなハーブ園で育てている、摘みたてのハーブのお茶のサービスも。

「旅籠 八…」にはこのほか、モダンな雰囲気のカフェや、鞍馬石や池を配した日本庭園なども。部屋でくつろいだり、のんびり歩いたりしながらあちらこちらを眺めていると、そこにあるものすべてが、丁寧に手をかけられたものであることに気づく。一つひとつが決して過度に主張することなく、でも、どれもがきちんとしていて、驚くほどに質が高い。

本物の贅(ぜい)とは何なのかを、自分の五感で味わうことができる。それが、ここでの滞在の魅力。リピーターが多いのも納得だ。

旅籠 八…

滋賀県近江八幡市玉屋町6

☎0748-36-2745

全2室 ¥108,900〜(1室2名利用時の1泊2食つき料金、税・サービス料込み)

公式サイト

Editor: Kaori Shimura