日本の大動脈、守り支え続ける

高速道路リニューアルプロジェクトの
舞台裏

メイン画像 メイン画像 提供:東日本高速道路

1963年7月16日に日本で初めて名神高速道路栗東IC(インターチェンジ)―尼崎IC間が開通してから60年、高速道路の総延長は1万キロ以上に伸びた。今では1日の利用台数が900万台、うち物流を担うトラックなど大型車は3割に上り、私たちの暮らしや経済を支える重要インフラになっている。この全国に張り巡らされた高速道路を、いかに長持ちさせ、そしていかに利用者の安全・安心につなげるか。そのための取り組みの1つが、高速道路各社による大規模更新・修繕事業「高速道路リニューアルプロジェクト」だ。ここでは東日本高速道路(NEXCO東日本)で進む橋梁工事の裏側、そして工事に携わる技術者の熱い思いを紹介する。

「開通30年超」10年後は
全区間の8割に

NEXCO東日本が管理している高速道路は、延べ3943キロメートル(2022年9月末時点)。そのうち開通から30年超の区間は5割以上あり、10年後には8割に達する見込みだ。また、全体の2割(約850キロメートル)が橋梁やトンネルといった構造物で、うち21%がリニューアルプロジェクトの対象となっている。

経年年数比率グラフ

高速道路の老朽化の原因には、経年劣化のほか
〇車両自体の大型化、および総重量超過の法令違反車両の増加
〇凍結防止剤の散布
〇厳しい自然環境やゲリラ豪雨の影響
などが挙げられる。そうして発生した路面のひび割れを抜本的に補修したり橋桁を架け替えたりして長寿命化や高機能化、ライフサイクルコストの最小化を図るのがプロジェクトの趣旨だ。

関東地方と日本海側を結ぶ関越自動車道。群馬・新潟両県境の関越トンネルの群馬県側そばにある阿能川橋(群馬県みなかみ町)では今、通行車両を直接支えて荷重を橋桁に伝える「床版」の取り替えや耐震補強の工事が進む。供用開始から上り線で34年、下り線は37年が経過しており、大規模リニューアルは急務となっていた。工事は、鹿島建設株式会社と株式会社横河ブリッジの共同企業体(JV)が担当。上り線628メートル、下り線648メートルの全面完了まで、2021年の開始から実に6年を予定している大工事だ。

リニューアルプロジェクトの対象の1つである阿能川橋(群馬県みなかみ町) リニューアルプロジェクトの対象の1つである阿能川橋(群馬県みなかみ町)

まだ少し雪が残る3月末、現場を訪問し地上30メートル地点の橋桁を足場上から見せてもらった。豪雪地帯として知られる同橋の環境下では、床版の劣化に加えて雪の影響も重なり、橋面上の舗装にひび割れが多く発生。部分的な打ち換えといった補修を繰り返しても追い付かない状況が続いていた。また、凍結防止剤(塩化ナトリウム+水)を路面に散布するため、塩害によって鋼材や排水管にはサビが大量に発生。

路面の裏側にもひび割れや配管の腐食が広がる 路面の裏側にもひび割れや配管の腐食が広がる 路面の裏側にもひび割れや配管の腐食が広がる

「この部分を『ミルフィーユ』、この部分を『バラ』と言います」。工事を監理する担当者の1人、新潟支社湯沢管理事務所の于爽(ゆう・しゃん)さんが説明してくれた。それぞれ鋼材の端、鋼材同士をつなぐボルトの接合部が腐食して、洋菓子や花のような見た目になることから、現場レベルではそのように呼んでいるのだ。それらを1つずつ確認し、修繕を進めていく。それ以外の部分でも、点検ハンマーでたたいて音の響き方に耳を澄ましたうえで確認するなど職人技の作業が続く。

  • 腐食が進み発生した「ミルフィーユ」 腐食が進み発生した「ミルフィーユ」
  • 「バラ」のようになったボルトの接合部も多い 「バラ」のようになったボルトの接合部も多い

また、2004年10月の新潟県中越地震や2011年3月の東日本大震災といった大規模地震の経験も踏まえ、より強い構造物としての要求も高まっている。今回の工事では、橋脚の上で橋桁を支える支承の取り替えも進めている。事前に塩害で損傷を受けている下部工を補修し、その後に油圧ジャッキを載せるブラケットを設置。油圧ジャッキで橋桁を3ミリメートルだけ浮かせて、免震性能を持った支承に取り替える。

支承の交換へジャッキアップの準備を進める 支承の交換へジャッキアップの準備を進める

技術の進化で早くスムーズに

今回の工事は、通常の工事と比べて長期間に及ぶが、最新の技術を駆使して施工することで少しでも短く済むよう工夫を重ねる。通常、床版の取り替えに際してはクレーンを使うことが多い。しかし阿能川橋は地上高が数十メートルに及ぶほか構造が複雑なトラス橋であるため、専用の撤去・架設機や台車を使う工法(スマート床版更新システム=SDR工法)を採用予定。撤去と架設を同時に進めることで床版取り替えの工程は従来工法の3分の1になるほか、専用機械荷重が軽量なため、橋桁や橋脚への負荷が減り大規模な補強も不要になるという。

さらには、もともと鉄筋コンクリート製だった床版は、強度や耐久性に優れひび割れしにくいプレストレストコンクリート製に置き換わっている。あらかじめ床版部分と壁高欄(側壁)の部分を一体化した「プレキャスト製品」の採用によって、取り替えに伴う現場作業量を低減するなど、省力化への取り組みも積極的。防水工による施工で、耐久性も向上している。

女性エンジニア
「幅広い分野で挑戦したい」

そんなプロジェクトを取り仕切る、于さんの人となりに触れてみた。中国・大連市生まれの于さんは現地の大学時代に機械工学部で学んだ後、「世界有数の地震国である日本で地震について学びたい」と一念発起して九州大学地震工学研究室に留学。“損傷を有する橋梁構造物の地震時安全性の検討”という研究を行い、修了後の2015年4月、橋梁メーカーに新卒で入社する。そこで経験を重ねるうちに「構造物の新設が減っていく中でリニューアル工事などにも興味を持ち、もっと幅広い分野でエンジニアとして挑戦してみたい」という気持ちが芽生え、2019年6月にキャリア採用でNEXCO東日本の門をたたいた。

日本に留学し大学院で地震工学を学んだ于さん 日本に留学し大学院で地震工学を学んだ于さん

入社後は東北支社仙台工事事務所で、4車線化やスマートICといった事業に従事。その後「大きなプロジェクトに関わりたい」という希望がかない、2021年7月から現職の担当になって間もなく丸2年になろうとしている。

工程管理のうえでネックになるのが、やはり天候と渋滞だ。冬の豪雪は工事そのものの進捗に影響するほか現場の出入り口で大がかりな除雪も必要となるため、作業ができるのは5月の大型連休明けから11月前半までの昼間のみ。しかも交通量が多いお盆期間には通行規制をかけることができないため、実質的に工事を進められるのは1年のうち半年もない。「(新潟県長岡市の)長岡花火や(同県湯沢町の苗場スキー場で開かれる)フジロックフェスティバルの時期も避けなければなりません」(于さん)

今後の床版の取り替えに際しては、通常4車線のところ対面通行の2車線に切り替える必要がある。于さんは「通行止めにせずに切り替えるため、準備を万全にするとともに、特に安全管理に気を配る必要があります」と強調する。何より供用中の高速道路での仕事は、時間との闘いも重要になる。工事期間についてあらかじめテレビ・ラジオやホームページ、サービスエリア・パーキングエリアのポスターなどで周知しているため1日の遅れも許されないからだ。

于さんは数少ない女性エンジニアの1人だ 于さんは数少ない女性エンジニアの1人だ

幸いにして、これまで工事の完了が遅れたことは1度もないが、于さんによると2022年は大雨や台風といった悪天候による中止が多かったという。進捗を確認しながら、遅れが生じた場合は施工法を変えてどのように挽回するか、そして現場へどのように助言・指示できるか「日々工夫とチャレンジの連続だった」という。そのため、工事を予定通り終えることができた時の安堵感は、何事にも代えがたいものになったという。

現場の担当者は年長者が多く、熟練のベテランを相手に対等に渡り合えるようオフの時間も専門書を読んだり他の現場の事例を学んだりと自身の技術力の向上へ努力を重ねる。于さんは「今やっていることそのものが最先端の技術であり、未来への懸け橋となることを感じながら仕事ができること、そして形となる仕事に携われることにとてもやりがいを感じます」と明かす。

高速道路は日本の大動脈であり、地域間の物流を通じて経済を支える存在。そして災害時のライフラインとしての機能の大きさも計り知れない。「安全・安心の確保へ、全力で取り組んでまいります。利用されるお客さまには昼夜連続の車線規制や対面通行規制などご迷惑をおかけしますが、プロジェクトへのご理解・ご協力をお願いします」と話す于さん。高速道路ネットワークを将来に向けて守りたいという一心で、きょうも現場と向き合う。

于さん

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