関東大震災が起きた9月1日。後に防災の日となるこの日に、97年前から“本気”の総合防災訓練を続けている企業が三菱地所だ。三菱地所がなぜここまで防災に本気で取り組むのか、そこにはどのような想いがあるのか、総務部長の明嵐二朗氏に話を聞いた。
――御社は関東大震災が起きた当日から、積極的に救護活動をしていたとお聞きしています。
三菱地所は三菱グループのルーツである三菱合資会社の地所部という部署が出発点です。後に三菱地所の社長ならびに会長になられた赤星陸治さんが部長だったときに関東大震災が起きました。
当時、地所部が入っていた旧丸ビルにも被害があったのですが、赤星さんは「丸の内の人々の保護のために皆で残れ」とおっしゃったそうです。男子社員で動ける者は、テナント様が入居されているビルのみならず、丸の内全体の救護や復旧に尽力せよと声がけしました。
赤星さんの部下で、後に三菱地所中興の祖と呼ばれる渡辺武次郎さんは、仲間とともに救護や復旧に働き続け、その期間を経て、この会社と丸の内を心から愛するに至ったそうです。
――具体的にはどのような活動をされていたのでしょうか。
旧丸ビル周辺での炊き出しや飲料水の提供、さらには三菱臨時診療所の開設があります。診療所の壁面には「ドナタデモ」と手書きで大書されている写真が残っています。この5文字には、私たちが忘れてはならない会社としての理念・信念として、次の3つの想いが凝縮されていると思っています。
当時、地所部では丸の内のビルの賃貸業を手掛けていました。お客様、テナント様にはあらゆる業種の方がいらっしゃいました。あまねくすべての方がビジネスパートナー、ステークホルダーであり大事なお客様であるという意識は、当時から強かったのだと思います。
ビル賃貸業をはじめ、マンション、商業施設、さらにはアウトレット、空港など、いわゆるまちづくり全般を手掛けるようになった現在も、すべての方々を大事にするという意識や想いは私たちの原点にあるもので、DNAに刻まれているといってもいいでしょう。
――そのDNAはその後の事業活動にどのように受け継がれていったのでしょうか。
すべての方々を大事にする、そんな想いを忘れないために、もちろん災害に対する備えということを前提に、震災から3年後の1926年からほぼ毎年9月1日に総合防災訓練を実施しています。全拠点の全社員が日常の業務を中断して取り組むもので、2023年で97回目になります。
プログラムとしては、発災時の初動を確認し初期消火などを実施する初動対応訓練、災害対策総本部を立ち上げて情報の伝達や安否確認、状況集計を行うなど組織としての習熟度を確認する総合訓練、さらに消防庁と連携して実際のビルに放水するなどの消防活動を行う合同訓練も実施しています。加えて、グループ会社の多くでも事業内容に応じた訓練を実施しています。例えばビルや商業施設の運営管理会社である三菱地所プロパティマネジメントでは、テナント様や協力会社を巻き込んだ実践的かつ総合的な訓練を行っています。
私も入社したばかりの頃は、炊き出しなどをしたものです。あの夏は本当に暑かった。汗だくになって走り回っていたことを思い出します。
昨年度は丸の内エリアのカメラ映像を一括管理できる次世代カメラシステムによる情報収集訓練も実施しており、今回もそれは継続していく予定でいます。この他、テナント様にもご参加いただける内容を少しずつ増やすなど、時代の変化にも合わせながら実効性の高い訓練ができるように毎年改善を重ねています。
ここまでご紹介したのは毎年9月1日に行っていることですが、平時からの備えという意味では、「宿日直」という制度を設けています。私が入社した1992年以前からある制度で、有事の際に連絡の窓口となるために、夜間や休日にも社員の誰かが会社に残るようにするものです。現在は管理職の誰かが担当するようになっており、私自身も年に何回か宿直しています。
また、都心部に住まいがある社員に限られてしまうのですが、何かあったときに会社にいち早く駆けつけることができる「応急要員」をピックアップしています。その社員は公共交通機関がストップしても大手町の本社ビルに来られるよう、年に1度、徒歩でのルートを自分で確認する、つまり徒歩で出社するということもしています。各部署で3〜4名が動員されているので、全社員の10%弱が応急要員になっています。
三菱地所では東京都千代田区が指定する被災者の受け入れ先として、丸の内エリアの17のビル(2023年8月末現在)で受け入れと支援を行うことになっています。東日本大震災で帰宅困難者が多数発生したことを教訓に、その受け入れ態勢の強化として、収容人数拡充、ハラル対応の非常食追加なども実施しました。
他にも千代田区との連携としては、災害時の情報共有や避難者・帰宅困難者向けの情報の収集・発信を行うプラットフォーム「災害ダッシュボードBeta+」も、医療機関や消防などと細かなやり取りを進めており、精度を高めていけるように改善を重ねています。
さらに、グループ会社の取り組みになりますが、三菱地所レジデンスと三菱地所コミュニティでは「三菱地所グループの防災倶楽部」という組織を有志社員が立ち上げていて、マンション管理組合などのご要望に応じて、一緒に様々な防災訓練を開催したり、被災地の声を届ける防災ツール「そなえるカルタ」を制作・配布したりするなどの活動をしています。
――東日本大震災のお話がありましたが、他にも総合防災訓練が役立ったことはありましたか
災害発生後いかに迅速に正確に情報収集・共有ができるかが非常に重要だと認識しており、東日本大震災発生以前から本社と支店間で複数の連絡手段を用意し訓練もしていました。当日は、そのうちの1つであるテレビ会議システムが本店と支店間の連携をスムーズにさせ、全社を挙げて被害に迅速に対応することができました。画面越しであっても直接顔を見てやりとりすることにより被害状況をリアルに伝えることができ、意思決定のスピードは速かったと感じています。現在もIP無線訓練やMCA無線訓練に加え、米マイクロソフトのビジネスチャットアプリ「Teams(チームズ)」など時代に応じた通信手段を複数確保していますが、定期的に訓練を実施することによって情報共有の精度を上げています。
――今年(2023年)の総合防災訓練から警察との連携も始めるとお聞きしました。その意図や狙いはどこにあるのですか。
総合防災訓練をさらに多くの方々、社会全体の役に立てるようにするために、さらに一歩前に進めようとしています。その一環として、今年度より警視庁との連携もスタートさせます。
会社という組織が何のためにあるのかといえば、社会に貢献するためです。そしてこれまで97回と訓練を重ねてきて、会社としてやるべきことは果たしてこられたのではないかと考えています。そして、その次のステップを考えたときに、一企業、一グループでは捉えきれないもっと大きなことがあると考えたのです。これまで消防庁と合同訓練をしてきて、彼らがリスクに感じているのは何なのか、最も避けるべきリスクはどんなことなのかを共有し、連携できるところまで来ました。この考え方を警察組織にも拡大して適用していこうということが狙いです。
警視庁の担当者からは「これまで空き地でやってきた訓練だが、今回“生きた街”で実施できるということで、得られるものは大きいはず」という期待の言葉をいただきました。たとえば、交差点の信号がストップしたときに、どのように道路の交通を管理するのか、あるいは道路の真ん中に障害物があったときに、どのように対処すべきなのか、そうしたことが訓練で行われ、リスクが確認されることになるでしょう。そして、警察サイドが捉えているリスクを私たちも共有することで、連携の精度も上がっていくはずです。そうした積み重ねこそが訓練の実効性を上げ、有事の際に役立つのだと考えています。
――三菱地所がそこまで防災を重視することは、御社のビジネス全般にどのような影響をもたらしているのでしょうか。
私たちの自負するところとして、ここまで防災を重視する姿勢はどの会社にも負けないと考えています。ただ、ビジネスにおけるライバルというよりももっと広い視野で捉えるなら、東京・丸の内をビジネスドメインとする私たちにとっては、世界の各都市がライバルになると思います。
日本は災害大国といっても過言ではありません。私は以前シンガポールに赴任していましたが、実は天災はないといってもいい。オーストラリアもしかりです。その意味では日本は天災リスクが高いディスアドバンテージがある環境です。しかしながら、高い技術があり、実効性の高い訓練を続けているとアピールを積み重ねることで、このディスアドバンテージも許容範囲になっていくはずです。
そうした活動を続けることで、東京を、丸の内を世界に誇れる模範街にしていく、それは一企業グループの手に余る大きなテーマなのかもしれませんが、少なくとも三菱地所グループがそのけん引役を果たしていきたいと考えています。
――では最後に、今後の展開として考えていらっしゃることをご紹介ください。
冒頭でご紹介した「ドナタデモ」という100年前のキーワード。これに新たに「イツマデモ、ドナタトモ」という2つのフレーズを付加してレベルアップさせ、この先の100年も変わらぬ志、理念信念を大事にしながらまい進していきたいと考えています。