去年、大学の同窓会で20年ぶりに米国ミシガン州の田舎町に行った。世界中から集まった同窓生で借りたのが丘の上のAirbnb(エアビーアンドビー)の一軒家。そこで家族ぐるみで週末を過ごした。昔からある大通りのホテルチェーンより値段は安く雰囲気も魅力的で、何より楽しい。米国でスタートアップが着実に顧客のハートをつかんでいるのを実感した。
そんなスタートアップの起業方法を『入門 起業の科学』で明示したのが、著者の田所雅之氏だ。日米で起業経験を持つスタートアップの戦略家で、1000人超の起業関係者との対話と自身の経験を重ねて、アイデアの検証、課題の質の向上、解決策の検証、プロダクト・マーケット・フィット(PMF)達成の4つのステップに39のチェックポイントを加えてプロセス化している。PMFとはユーザーが熱狂的に商品やサービスを利用する状態のことだ。
本書でそのプロセスをたどると、ドキッとする。スタートアップに必要なのは、ネットやインタビューを通じて潜在顧客と直接つながり、一緒に「世の中のどんな課題を解決するか」。すなわち「顧客が本当に欲しいもの」を仮説と検証の繰り返しで“高速に磨き上げる”ことだという。そうすれば、大企業にありがちな「技術ありき」「製品ありき」「解決策ありき」のビジネスアイデアを、スピードと満足度で打ち負かせると説く。
Airbnbの場合、創業者が選挙中のオバマ人気から地方党大会の宿泊ニーズ増大という課題に気づき、ネット上の民泊マッチングが解決策となると仮定した。自ら宿泊先のホストを探し、ブロガーを使ってゲストを集め、直ちに検証を進めた。初対面同士の取引不安という課題が浮かぶと、相互評価制度を解決策の仮説として検証に入り、新たな課題を探る。このプロセスの高速反復で、明確な料金表示、アプリ決済も備えPMFを満たすサービス・スペックに到達した。PMF達成後の横展開なので、世界が熱狂し一気に広がった。
残念ながら大企業にはこのPMF獲得アプローチは難しそうだ。緻密な計画、仕様書で分業型開発を行う大企業の体制は、一見場当たり的なAirbnb型のプロセスの対局だ。問題発生時の犯人探し、年度予算消化、詳細な報告書等の大企業体質や責任回避も弊害となる。
海外発のスタートアップを脅威とみる大企業側も自社の限界には気づいており、アクセラレータープログラムと銘打って、スタートアップとの実証実験や、出資・提携を活発化している。私自身も様々なイベントに参加しているが、まだ試行錯誤の段階と感じていた。だが本書に接し、双方がPMFへのプロセスを共通言語化し、大企業病を排除した協業体制を整えれば、日本発の起業にも活路があるのではと考え始めた。起業を志す人はもちろん、新規事業の立ち上げに関わる人にとっても大きな示唆を与えてくれる一冊だ。