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今月の特選

ディープテック

『ディープテック』

  • 丸 幸弘/尾原 和啓 著
  • 日経BP
  • 2019/09 184p 1,980円(税込)

世界の根深い課題 「眠れる技術」が解決するか

 持続可能社会の構築が叫ばれて久しいが、世界的な人口増加は続き、資源の枯渇も近いといわれる。今のライフスタイルを維持するためには、2030年には地球が2個必要になる、という話もある。

 そんな中、欧米や東南アジアを中心に広がり始めているのが「Deep Tech(ディープテック)」だ。ディープイシュー(根深い課題)、例えば生産に伴う大量の副産物の廃棄問題や、様々な資源の不足などを、最先端あるいは既存のテクノロジーと結びつけて解決するための考え方・行動を指すものである。その潮流の真っ只中を伝えてくれるのが本書『ディープテック』である。ミドリムシで知られるユーグレナ創業者の一人・丸幸弘氏と、マッキンゼー・アンド・カンパニーなどで新規事業立ち上げに数多く携わってきたフューチャリスト・尾原和啓氏による共著だ。

日本のポンプメーカーが地球の空気清浄へ貢献

 例えば、特にアジア諸国では農業従事者の高齢化や減少の問題が深刻だが、主な農地が山間部にある国が多く、従来の方法では効率化・自動化が難しい。その解決策としてタイの企業が開発したのは、ドローンから弾丸のように苗を植える技術だったという。シューティング(射撃)機能を、生産的なことに活用した例だ。

 ディープテックになるのは新技術ばかりではない。本書によるとシンガポールのある企業は、液体によって空気中の様々な有害物質を捉える技術を開発した。工業地帯や都市など、場所に合わせて液体の性質を変化させ、攪拌して空気中の有害物質を取り除くというものだという。ところが実装に必要な高性能ポンプの開発で行き詰まってしまった。そこに貢献したのが、日本の大手ポンプメーカーが持つ技術だったそうだ。従来からある水を汲む技術を、他の液体の汲み上げ・排出に応用したのである。旧来のポンプメーカーは「地球の空気清浄」に挑む企業、という立ち位置をも獲得することができた。

日本のディープイシュー・高齢化対策

 本書によると、ディープテックではこのように「昔からある技術」が脚光を浴びることが期待できるそうだ。持っている技術を狭い領域でしか使えていないことを悟り、視点を変えられるかどうか。それが日本企業、さらに技術者たちが今後も活躍していくための鍵になってくるといえるだろう。

 ところが高齢化社会を迎えた日本では、これまで蓄積されてきた知識・技術が継承されずに消えてしまう可能性も高まっている。本書を読み思い出したのが私の父だ。

 父は化学分析の技術者として50年勤め、この春退職した。近年は通算5年、バンコク支店で指導にあたっていた。駐在する日本人の多くが英語で従業員と会話する中、父はタイ語でコミュニケーションをした。語学力もありながら、従事したのは1企業のみ。もし、他の企業にも赴任できていたら、自らの知識や技術を役立てられる場を見つけられたかもしれない。

 地球規模の課題を前にテクノロジーの新旧は関係ない、と著者らはいう。従前の技術、廃れてしまった技術をいかに組み合わせていくか。今こそ父のような高齢者が有している枯れた技術に、もう一度目を向けるべきなのだ。私自身も自らの知識や技術を役立てるべく、もっと広い視野を持たねばと痛感させられた1冊である。

ディープテック

『ディープテック』

  • 丸 幸弘/尾原 和啓 著
  • 日経BP
  • 2019/09 184p 1,980円(税込)
安達 貴仁

情報工場 エディター 安達 貴仁

情報工場エディター。主にDTP組版、ときどきカメラマンの傍ら、書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームでも活動。東京都出身。

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