提供 日本製薬工業協会

日本発の新薬が花開く未来へ 産学官によるヘルスケアエコシステム加速を 日本発の新薬が花開く未来へ 産学官によるヘルスケアエコシステム加速を

新型コロナウイルス感染症は日本の製薬業界にも大きな課題を投げかけた。国として新薬の創出力を高める必要性とその基礎となるイノベーション環境の構築などだ。3月に開催された第33回製薬協政策セミナーでは、創薬エコシステム(ビジネス的共存共栄の生態系)やライフサイエンスクラスターの整備、ベンチャーやスタートアップの育成、産学官連携強化、グローバルマインドセットなど、日本が世界的新薬創出国であり続けるために必要なテーマが議論された。

第一部

ヘルスケアエコシステムを
構築・発展させるには何が必要か?

特別講演

製薬大国復活へ 経済安全保障整備

衆議院議員 経済安全保障対策本部 座長
甘利 明

甘利 明氏

国家の安全を維持し、国民の命と財産を守る──。安全保障といえば、多くは軍事や外交上の問題と捉えられがちだが、近年、これが経済分野へと拡大している。例えば、広大な市場を有する国が、貿易を通じて相手国を自国に依存させ、その上で内政を干渉、政策誘導を行うなどの例だ。

一方、旧来型の安全保障も様相を変えている。サイバー攻撃やSNS(交流サイト)などによる世論の誘導、さらには相手国へ自国文化を浸透させ戦意の喪失を促すなど、脅威はさまざまである。

こうした状況に鑑み、日本政府は「経済安全保障推進法」の制定を最重要課題とし、今通常国会での成立を目指す。同法案は4つの柱からなる。

第1は「サプライチェーン(供給網)の強化」だ。今回の新型コロナウイルス感染症との戦いで、真っ先に指摘されたのは、マスクや医療用ガウン、医療用手袋などの供給体制の脆弱(ぜいじゃく)さだった。安全保障に関わる重要物資には、供給途絶が国民の生命に影響する医薬品をはじめ、半導体や希土類金属などがある。同法案では、これらを国が選定し、サプライチェーンの脆弱性を洗い出し、さらに克服する仕組みの確立を目指す。

第2は「基幹インフラの安全性確保」である。通信、金融といった6分野14業種の基幹インフラについて国が審査。安全保障に関わる問題の有無を洗い出す。例えば、使用されるデジタル機器などの発注先が信頼できる企業か否か。マルウェアが仕組まれていないかなどを精査する。

第3は「重要技術の研究開発推進」だ。第1、第2の柱とは裏腹に、日本が技術を通じて、世界になくてはならない存在となり、これを経済安全保障上の抑止力とする。研究開発の促進には、重要技術の選定が不可欠だ。そのためのシンクタンクとして政策研究大学院大学に、自然科学系の研究科を新設する構想もある。

甘利 明氏 講演の様子

創薬は日本が有する重要技術だ。世界で創薬が可能な国は、米国、欧州の一部、日本の3極だけである。ところが、新型コロナウイルス感染症のワクチン開発では遅れをとった。国内にワクチン開発、生産能力を持つことは、国民の健康保持はもちろん、経済安全保障という観点からも極めて重要だ。一方でワクチンは常時生産するものではない。平時はバイオ系医薬品の製造ラインとして使い、有事はワクチン製造ラインに切り替えるなどのなどの仕組みも構築すべきだ。国産ワクチン、治療薬を望む国民の声をよく聞く。日本のものが一番信用できるという証左だ。日本が名実ともに創薬大国であるよう、官民一体で環境整備をしていきたい。

第4は「特許非公開制度」の導入だ。軍民融合が進む現在、科学技術を民生と軍用に区別するのは難しい。一方、現行の特許制度は公開が原則だ。公開された日本の先端技術が他国によって軍事転用され、日本の脅威となる可能性がある。そこで、国が安全保障上重要と判断した技術を、非公開とするのが特許非公開制度だ。ただし、同制度が民間の研究開発、イノベーション力への過度な制約を生まないよう、適用は最小限にとどめたい。

実はこれら4本柱は、多くの国がすでに備えるものだ。我が国の取り組みが他国と一線を画するのは、経済安全保障の概念を改めて定義し、法律として体系化したところにある。

課題も残る。セキュリティークライアンス(SC)制度の不備はその代表だ。SC制度とは、機密の漏洩を防止するため、情報へのアクセス権を持つ人物を国が認定するものである。14年に施行された特定秘密保護法では、公務員に関してSC制度に近い仕組みを作り上げた。これを民間へと広げていく考え方となる。国家・国民の安全のため、皆様のご理解とご協力を得られるよう、これからも訴えていきたい。

甘利 明氏 講演動画リンク

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[31分52秒]

スタートアップ育成 多角的に支援

GRiT Partners 法律事務所 所長弁護士/
内閣府バイオ戦略有識者
吉澤 尚

吉澤 尚氏

創薬を取り巻く環境が大きく変わっている。低分子医薬品の開発が中心だった20世紀は、アカデミアと製薬会社の役割分担が明確であり、研究開発も基礎から応用、そして産業実装へと進む、単純なものだった。ところが、バイオ医薬品や再生医療、遺伝子治療など、多様なモダリティーが登場した今日、創薬には多分野の機関や専門家が複雑に連携する仕組みが必要になっている。

例えば、バイオ医薬品の開発では、アカデミアと製薬企業の他、バイオベンチャー、専門的知見のあるベンチャーキャピタル(VC)、医薬品開発業務受託機関(CRO)、医薬品製造受託機関(CMO)、開発製造受託機関(CDMO)などが関わる。CROとは製薬企業の依頼によって臨床試験などを請け負う機関だが、開発段階ごとに必要なスキルが異なり、連携はますます複雑化している。また、個別化医療を見据えた創薬には膨大なデータの利活用が不可欠だが、その取得・生成、保管・管理の研究基盤構築にも、多くの専門家の力が欠かせない。

こうした課題を踏まえ、準備しているのが、創薬分野のスタートアップ企業を支援する「ライフサイエンスインキュベーション協議会」である。そのミッションは「国際市場で戦えるライフサイエンス事業を生み出すプラットフォームをつくる」こと。そして「包括的な支援の輪を構築し、2030年までに時価総額累計1兆円のライフサイエンス事業を創出」することだ。

具体的機能は大きく6つ。第1が「複数レイヤーの連携・交流の実現」である。国内外の研究機関や大学、起業家、インキュベーター、士業、製薬会社やCMO、CDMO、CROといった企業、VC、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などを、適切に連携させる。第2が「政策提言の実施」だ。政府への提言によって、製薬産業の発展を促す。第3は「産業発展に資する情報発信」であり、製薬企業の動きや各論文を伝達、共有する場をつくる。

第4が「事業化に向けた段階的な支援体制の構築」である。創薬実現に向け、本当に機能するコミュニティーづくりを目指す。第5が「ニーズ、シーズ開示の場」だ。創薬ビジネスは特許取得が前提だ。しかし、技術が公知情報になると、特許申請はできない。そこでシーズとニーズのマッチングを行う非公開な場を設け、事業創出を加速させる。第6の「国際機関、他国のクラスターとの連携」では、欧米諸国のクラスターとの連携によるグローバル市場への参入障壁を下げることと、国内の支援体制の向上の2点を目的とする。

同協議会には現在、国内外の多くの大学や研究機関、VC、法律事務所、弁理士事務所などが参画を表明している。活動を通じて日本に、世界に誇れるライフサイエンスのインフラを構築したい。

吉澤 尚氏 講演動画リンク

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[19分49秒]

グローバルな創薬エコシステム構築

Catalys Pacific, Founder & Managing Partner
BT Slingsby

BT Slingsby氏

私は米国の医師であり、日本をはじめ、世界中の患者さんに必要な新薬を届けることを目的に、ライフサイエンス分野に特化した独立系VC「キャタリスパシフィック」を創設し、運営を行なっている。

現在、日本の創薬エコシステムは、東京、藤沢、川崎、神戸の4拠点を中心に形成されている。共通するのは、基礎研究から臨床試験、医薬品製造まで「全てを国内で完結させよう」とするマインドセット(思考様式)だ。対して欧米では、各国のバイオ拠点内にとどまらず、グローバルなエコシステムを基盤とする。

例えば、世界的に有名なバイオ拠点である米国ボストンでは、創薬のシーズや技術をハーバード大学などのアカデミアに求める一方、起業家や研究者を世界中から募り、研究・開発の実施や資金調達もグローバル規模で行われる。

創薬エコシステムのグローバル化は、企業と投資家、そして医師と患者さんにも恩恵をもたらす。国際共同治験を実施し開発された医薬品なら、各国への市場参入も容易だ。一国の市場だけでなく、多国の市場を一気に狙えるなら、売り上げ規模は当然拡大する。また、開発品質の向上、研究・開発・製造コストの適正化、更には資金を世界規模で集められる面でも、グローバルな創薬エコシステムにはメリットがある。

グローバルなエコシステムを基盤とする米国のバイオテック企業は大きな成果を上げている。ここ10年、米国で承認された新薬の半数以上がこうしたバイオテック企業が開発を進めた化合物だ。米国ヘルスケアVCの資金調達額もこの10年で8倍近くに伸びた。これらに鑑み、日本も創薬エコシステムの概念を再定義する必要に迫られている。従来のローカルなエコシステムを脱し、既存のグローバルエコシステムを活用することで、日本のイノベーションをより一層加速させられるのではないか。

キャタリスパシフィックは、日本の創薬シーズや技術を用いて米国でバイオテックを設立・投資を行うアウトバウンド戦略と、米国の創薬シーズや技術を用いて日本でバイオテックを設立・投資を行うインバウンド戦略を実行している。いずれの戦略においても、資金調達はグローバル規模で行なっている。このようにグローバルな創薬エコシステムを活用することで、日本をはじめ、世界中の患者さんに必要な新薬をより早く届けることができると思う。

BT Slingsby氏 講演動画リンク

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[14分59秒]

社会的インパクトと利益 同時に追求

連続起業家/フェニクシー取締役・共同創業者
久能 祐子

久能 祐子氏

イノベーション(革新・新機軸)とインベンション(発明・発見)──。よく混同される概念だ。一言で表すなら「社会が変わったとき、インベンションはイノベーションになる」となろうか。

両者は誕生の環境も異なる。インベンションは「リスクテイカー型エコシステム」から生まれる。これは「個人の自由度が大きい」「責任と権限が明確」といった要素を持つエコシステムだ。元来、インベンションは多人数ではなく、個人の領分である。新たな次元へと一人で“跳べる”環境が重要だ。実際、一人なら跳べるが、大勢が集まり、多くを勉強してしまうと跳べなくなる。そのような経験を多くしてきた。

一方、イノベーションは「リスクシェアリング型エコシステム」から生まれる。こちらは多人数で試行錯誤する環境だ。その実現には「参加者それぞれが自分で決断している」「全員が目標を理解し、なぜそこが目標なのかを理解している」といった要素が大切だ。

米国・ワシントンDCで創業したソーシャルインキュベーター「ハルシオンインキュベーター」では、こうした考え方を取り入れ、一人での思考の場の確保や、非日常空間での居住、自己効力感の喚起などを念頭に環境を整えた。2019年、この日本版ともいえる「フェニクシー/toberu」を京都で始動させた。日本の場合、多くの優秀な人材が大企業に埋もれている。そこでフェニクシーは企業人が参加できるようにした。

私の周辺の起業家たちが目指すのは、もっぱらプロフィット&インパクト型のビジネスだ。利益とともに、社会課題へのインパクト創出を追求する。従来のように、生み出した利益で社会課題に取り組むのではなく、提供するサービスや商品そのものが社会課題の解決につながるビジネスだ。

16年には、米国で女性による女性のためのファンド「ウィ・キャピタル」を立ち上げた。シリコンバレーのVCによる投資のうち、女性が創設した企業に渡った資金はわずか5%だという事実が、同VC立ち上げの動機だ。現在、ここから企業価値が10億ドル以上の、いわゆるユニコーン企業を3社、輩出している。

創薬も、創薬それだけを考える時代ではない。創薬の営みが、同時に「個人」の自己実現や幸福、「社会」の豊かさや公平さ、「世界」における地球環境やその持続性を実現するものでなくてはならない。これからの製薬企業に求められるのは、これらの取り組みで「利益」と「社会課題解決」と「地球環境保全」を同時に成立させることだと思う。

久能 祐子氏 講演動画リンク

久能 祐子氏の講演の全編動画は
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[30分22秒]