提供 日本製薬工業協会

日本発の新薬が花開く未来へ 産学官によるヘルスケアエコシステム加速を

第二部

ライフサイエンスクラスター形成の
キーポイントは何か

オープン・公正・合理的な「場」提供

モダリス社長 兼 CEO
森田 晴彦

森田 晴彦氏

我々は遺伝子制御技術を使い遺伝子疾患用医薬品をつくっている。例えば遺伝子の量が多すぎて起こる疾患に対しては、そのスイッチをオフにし、逆に遺伝子が足りなくて起こる病気に対しては、その遺伝子をオンにする機能を持つ革新的な治療薬だ。

では東京に本社を置く我々がなぜ研究拠点を米国・ボストンに置くのか。まずは当地がライフサイエンス分野の拠点として、いわゆるヒト・モノ・カネが豊かであることが挙げられる。ハーバードやMIT出身者はもちろん、世界中から集まる優秀な人材、米国でも有数の規模のラボの集積、助成金やベンチャーキャピタル(VC)の投資の大きさなどリソースのすべてが申し分ない水準でそろっている。

さらにボストンには「場」としての魅力がある。英語という共通言語を通じ、上下関係に捉われず誰とでも公平に議論を戦わせることができる。国籍・人種・性別・宗教に関係なく活躍の機会がオープンであり、プロジェクトにおいてゴールポストが動くようなことがない明確さや合理性を持つ環境は、人々が安心して集まることができる要素だ。

加えて「大義や面白さ」というものを心ゆくまで追求できる点が大きな魅力となっている。サイエンティストは、自分の信じるものをとことん突き詰め、トップを目指すことを求める生き物だ。論文や特許などにおいて二番煎じに意味を感じず、圧倒的に世界で一番面白いことをやりたいと思っている。クレージーでとてもできそうにない、でもワクワクすることに挑戦したい人はボストンのそうした空気に引かれて集まってくる。ゲノム編集やmRNAワクチンなどはそうしたワクワク感を追求した結果だ。そこでは「日本発」や「メードインジャパン」などにこだわることはあまり意味を持たない。

日本のベンチャーの課題としては、まず大学の手離れの悪さが挙げられる。日本の大学には全能感のようなものがあり、製品開発のようなものまで何でもできるという意識があるが、大学の研究は領域を広げるものであるのに対し、開発は領域を絞り込むものであって、そもそもマインドセットが違う。大学は研究を進めたら、あとは企業の得意な分野に手離れ良くバトンタッチしていくことが大切だ。またベンチャーの育て方も大事にしすぎではないかと気になる。ベンチャーは雑草のようなもので、ある程度環境を整えたら、あとは育つも枯れるも放っておくくらいがちょうどいい。

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[15分29秒]

失敗許容し 走り続ける文化を

ケイエスピー社長/ペプチドリーム創業者
窪田 規一

窪田 規一氏

日本のベンチャーエコシステムについて、ベンチャー経営者としての経験と現在のインキュベーターとしての立場から指摘と提言をしたい。

3つの課題がある。ベンチャーは大学などの研究機関と大企業との共同研究の形から生まれることが多いが、そこから誕生した知財の扱い方に、まず問題が起きがちだ。特許は両者で共同出願することが一般的だが、そのライセンスの利用には全共有者の了解を取らねばならず、大学などだけでベンチャーを立ち上げることはできない。国内ではこのような共同研究の知財の約60%が塩漬けになっているという統計もある。ベンチャー立ち上げの足かせにならないよう、大学などに単独出願を認めることが必要だ。一方、企業にはベンチャーに対してのビジネス優先交渉権を付与するなどすれば、知財がうまく回りだすだろう。

次にいざベンチャーを立ち上げ、エンジェルやベンチャーキャピタルなどからの出資を得ようというとき、そうしたことに長けた経営者の絶対数が少ない点だ。特に技術系ベンチャーには経営者人材が不足している。こうしたケースにはベンチャー経営を経験した人間、特にかつて失敗した経営者の活用を提言したい。わが国では失敗を許容する文化の不足が言われるが、「失敗から得られることは数多くあるものの、成功から得られるものは少ない」という格言に注目すべき時ではないかと思う。

3つ目は大企業との連携時におけるスピード感の欠如という問題だ。ベンチャーにとってスピードこそが命であり、瞬時の経営判断ができなければ成長は阻害される。過去の因習にとらわれたような仕組み、例えば大企業にありがちな稟議(りんぎ)書のような責任を分散させる仕組みは排し、意思決定システムを単純化、かつ一本化すべきだ。

「この国の未来のために、孫子の世代に美田を残す」。これはインキュベーターとしての私たちのスローガンだ。そのために10年後、20年後の日本の基幹産業の芽を育てなければならず、ベンチャーがその役割を担うだろう。例えば米国ではナノパーティクルピルやエレクトリック・ヘルスレコードなど社会を大きく変えるようなディープテックが大手製薬業界と結びつき、すでに動き出している。日本の製薬業界でもベンチャーの力を生かし、ライフサイエンスとディープテックの組み合わせを加速させ、新たな基幹産業として育てていくべきだ。

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[15分20秒]

成功に導く アカデミアによる橋渡し

筑波大学医学医療系教授 つくば臨床医学研究開発機構
TR推進・教育センター長
小栁 智義

小栁 智義氏

過去30年間ほどで製薬業界の開発環境にどのような変化が起きたのか。創薬のコストが非常に増大したため、探索研究から非臨床などのアーリーステージは大学やベンチャーに任せ、そして企業は臨床試験に特化するなどのエコシステムが構築された。欧米では、こうした技術移転によるマーケットが形成され、世界市場での競争力が形成されたが、日本ではベンチャーがそうした力を持つことはほとんどなかった。では何が足りなかったのか。

米・スタンフォード大学のモシー・ローゼン教授は体内のとある酵素の研究から心筋梗塞の治療薬のアイデアを得た。彼女は手帳の裏に書き付けたアイデアをあらゆる人に見せ、最終的にVCから約30億円を調達した。その過程で彼女が学んだことは、研究成果が患者にとってどんなメリットがあるか、つまりゴールを明確に示すことの重要さだ。資金調達の問題点はここにある。大学の研究者たちが考えているアイデアを、最終的に製薬企業が薬にする。その間の過程でどういうデータを取り、どういう経済構造を持って開発を進めていくのか、その橋渡しをいかにスムーズにできるかだ。

この学びはスタンフォード大学でトレーニングプログラム化され、世界で70以上の研究機関が利用している。日本では筑波大学でこのプログラムを実施し、臨床開発、薬事規制、知的財産、投資などといった様々な側面から研究者を教育しており、導入4年で治験に入るケースも出てきた。

日本のスタートアップやベンチャー企業に足りなかったのは、開始時点で最終製品をイメージした計画の立案だ。研究から生まれたシーズをどう製品化し、患者にどうやって届けるかというところまでを、ベンチャー企業が事業計画の中に細かく入れ込んでいくことができていなかった。また、同様に日本のベンチャー企業は、最初からグローバル市場で何が売れるかを明確にイメージして、モノをつくろうという姿勢にも欠けていた。

今後、創薬のスタイルというものは大きく変化してくだろう。膨大なデータをどう生かしていくかが鍵になり、グーグルやアマゾンといったIT大手が競争相手となってくる可能性もある。その時に製薬業界でのデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展が大きな意味を持つ。アカデミアには、研究成果だけでなく、疾患情報や臨床情報などリアルワールドデータが豊富にある。DXを進めアカデミアとの情報流通のインフラを強固に構築することが今後協業を進める上において大切となるだろう。

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[18分54秒]

創薬ベンチャー育成 強化戦略推進

経済産業省 商務・サービスグループ 生物化学産業課長
佐伯 耕三

佐伯 耕三氏

コロナ禍において、主なワクチンを全量輸入に頼らざるを得なかったことは日本の創薬が置かれた状況を象徴的に示した。ファイザーのmRNAワクチンを開発したのはドイツのビオンテックというベンチャーであり、米国のモデルナもベンチャー、mRNAという新しい技術自体もベンチャーの中から出てきたものだ。いまや世界の医薬品開発数の約80%はベンチャーによるものであり、日本の創薬におけるベンチャーの育成やベンチャーエコシステム強化の立ち遅れという問題があらわになった。

一方、創薬ベンチャーには特徴的な課題がある。まず初期的な探索から薬事承認にいたるまで、一般的に10年以上の時間がかかる点。また臨床試験の初期の段階であっても、数十億円規模の資金がかかる点。そして治験までに候補薬がかなり選別されるうえに、治験の段階でも有効性や安全性の観点からも選別されるため、最終的な成功率が何万分の1程度とかなり低いという特徴もある。

そこで国は創薬ベンチャーエコシステム強化事業をスタートした。経営に特化した人材や薬事プロセス、知財戦略のプロなど多彩な人材をコーディネートできる能力など、創薬の特性を十分に理解し、ベンチャーを育成するハンズオン(成長支援)能力の高いVCをまず認定する。結果を出せるまで時間も資金もかかる創薬VCには能力ある人材が特に必須となる。そして、認定VCが10億円出資するのであれば国の補助金として20億円まで出資、合計すると30億円というレバレッジを効かせられる制度だ。こうすることで、創薬ベンチャーの資金調達を支えていく。

インフラ面においても創薬ベンチャーをめぐる状況は厳しい。例えば治験薬をつくりたいときに小ロットをつくれるような設備が国内には十分ではない。そうした治験薬の製造拠点や欧米に偏りがちな医薬品受託製造(CDMO)拠点の国内整備も支援したい。

エコシステムを回す血液は、投資に対するリターンだ。しっかりしたリターンが投資の前提であり、人材確保やインフラ整備が進む前提でもある。投資へのリターンを大きくするにはビジネスにおいて国内だけに目を向けるのではなく、海外の成長マーケットをしっかり確保する視点が必要だ。

最初から海外展開を想定する発想が求められる。今回の事業では、グローバル展開を支援できる能力を持つVCを認定し、海外での治験費用も補助の対象とする。さらに出口での製薬企業とのつながりも強めることで、エコシステムの構築につなげたい。

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[20分55秒]

世界とつながるイノベーション創出環境の整備を

日本製薬工業協会 会長
岡田 安史

岡田 安史氏

新型コロナウイルス感染症のワクチン開発では、日本の製薬企業は大きく遅れを取り、日本のイノベーション創出力を懸念する声が相次いだ。

日本の製薬企業は数々の画期的新薬を創出してきており、現在でも世界有数の新薬創出国であることは間違いない。しかし世の中の様々な環境変化と同様に製薬産業を取り巻く状況やビジネスモデルも大きく変化している。製薬産業はこれまで垂直統合型が主流だった。つまり上流の研究開発から、下流の製造、販売に至るまでのバリューチェーンをすべて内製化するという自前主義だったが、今や水平分業型へと大きく変化している。バリューチェーンの各ステージは高度・複雑化しており、すべてを自社保有するのではなく、各ステージで自社にはない強みを保有する企業などと連携することが不可欠となった。

とりわけ0から1を生み出す創薬研究において、近年の創薬シーズの源泉について、その多くはベンチャーやアカデミアの研究に由来している。製薬産業がイノベーションを創出するには、ベンチャー、アカデミアとつながるエコシステムの構築が不可欠である。

モダリティ、すなわち創薬技術や手法も多様・高度化しつつある。飛躍的な技術の進歩により、従来の低分子医薬品に加え、細胞医療、遺伝子治療、核酸医薬といった多様なモダリティが登場、これまでアプローチできなかった希少疾患、あるいは難病に対する薬剤の開発も可能となった。これら新たなモダリティの起源も多くがベンチャー、アカデミアだ。

一方、日本のイノベーション創出力は国際比較において低下しつつある。指標の一つとなる引用論文数ランキングでは、この20年で日本は世界5位から10位へと順位を下げた。イノベーション人材の創出と国際化に必要な海外留学という観点からみても、米国大学の出身国別留学生数において、中国、インド、韓国からの留学生数が大きく伸びている半面、日本人留学生数は少ない。また、世界と比較して日本では起業を計画する人が絶対的に少ない。

イノベーション創出には、それを支える資金も重要だ。とりわけ創薬には15年前後の時間、数百億から1千億を超える投資、2.5万分の1程度の成功確率という高いハードルがある。しかし、日本ではベンチャーキャピタル投資のGDP比率などで欧米に比べ大きな差があり、特に臨床の早期にかけての資金供給が不足している。前途有望なシーズがあっても先立つものがないという状況だ。こうした状況の打破に向けて、エコシステムの強化、イノベーション人材の育成や失敗を恐れない風土づくりなど、長期視点で考えうるすべてに着手すべきだ。

まず、有望なシーズを持つベンチャーやアカデミアと、シーズの実用化に必要な臨床試験実施や原薬製造能力を有する企業とのマッチングの推進が必要だろう。そのためには産業界がベンチャーやアカデミアに対してニーズをしっかりと伝えねばならず、対話が非常に重要だ。研究早期の段階から、アカデミアと産業界がコンソーシアムのような形で一体となって有望なシーズを発掘し磨き上げていくことも、解決策の1つになると考える。

次に人材育成について。世界では顕著な功績をあげ、強力な人的ネットワークをもつ優秀な人材に世界の投資家から莫大な資金が集まるという時代になりつつある。そうした人材の育成のためには、国家を挙げて若手研究者を支援し日本の研究力を高めるとともに、起業家精神旺盛で野心的な人材を次々と生み出す教育システムに変えていく必要があり、政府が掲げる新しい資本主義の成長戦略の柱の一つである10兆円大学ファンドには大いに期待している。

そしてベンチャー起業の活性化には、ベンチャーが学生にとって憧れの職業となることが不可欠であり、成功例を生み出すことが重要だ。昨年末に措置された創薬ベンチャーエコシステム強化事業の補正予算500億円を活用して成功例を生み出すことに、製薬企業としても早期のステージから積極的に関わり、世界とつながるエコシステムからのイノベーション創出を全力で支援していきたい。

岡田 安史氏 講演動画リンク

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[20分22秒]