スペインとフランスにまたがるバスク地方は、風光明媚な観光地として、また美食の地として世界的に知られています。そのバスク地方のビルバオ郊外で、日本とスペインの食文化を通じた交流の発展を目的に開催された「日本・スペインフードサミット inバスク」。「食と街づくり」をテーマに、多彩なゲストが食文化の未来について活発な議論を交わしました。アーカイブ動画ではバスク在住の前田哲郎シェフによる、「料理ライブ!」の模様も合わせてご覧いただけます。
日本とバスク地方には、食において類似する点が数多くあります。バスク地方は、1.地域の伝統的食文化の維持と継承、2.旬の食べ物を新鮮な状態で食べる、3.地産地消型の農林水産業、という食文化の特徴が挙げられますが、これは和食の料理に対する姿勢と重なり合う部分が非常に多いと思います。本年は「日本・バスク交流年2023」と題して、日本大使館とバスク州政府が協力しながら、食をはじめ観光や企業投資について様々な取り組みを実施します。両地域のさらなる発展のため、皆様の積極的なご参加をお待ちしています。
セッション1 |
バスク流 食の街づくり
- 食に関する、日本とバスクの違いを教えてください。
- バスクの人々は、本来の意味で食事を楽しむことを知り抜いています。例えば、休日の予定が「食事」という人が沢山います。朝から服を選んでおしゃれをして、予約したレストランで時間をかけてランチを食べる。そのまま同じお店で、夜遅くまでお酒を楽しむことなどは日常的な風景です。
- 日本人よりも食への表現がストレートですね。エビが美味しかったら「美味しい!」と、自分が感じた気持ちを純粋に表現し、ワイワイおしゃべりしながら食事を楽しみます。
- バスクの食を語る、キーワードのひとつが「情熱」です。家で生まれて死ぬまでの間、家族と食を共に過ごす時間は「食を通じて生きる」ことを意味します。山の幸・海の幸が豊富なバスクでは、農業や漁業などに従事する人が多く、食文化への尊崇を地域全体で共有しています。
- バスクの調理スタイルには、どんな特徴があるでしょうか。
- 修行時代にいつも先輩シェフから「バスクのお婆さんのようにつくれ」と言われてきました。彼らは、バスクが長年かけて培ってきた伝統の味を誇りに思い、世界中から訪れるお客様に自信を持って提供しています。私自身、この地で生活する中で「バスクのお婆さんのように暮らす」ことを長年実践してきました。毎日畑仕事をする、豚や鶏の世話をする、馬車で仕事場に通うことを通じて、彼らが美しいと信じてきた食の価値観を体得したかったのです。その経験が血となり肉となり、私の料理人のベースが作られたと思います。
- バスクでのワインのあり方とはどんなものでしょうか。
- バスクはシェフとワイン生産者の関係がとても近い。それは、自然の食材を愛する気持ちの共有だと思います。私のワイナリーは自然しかない土地柄で、畑の土の周期の移り変わりなどを長年かけて理解しながら、ワインの作り方も試行錯誤してきました。私たちの地域が目指しているのは、農薬を使用しないなど土地の伝統を守りながら、環境に優しいサステナブルな活動を行うことです。自然に感謝し、自然に力をもらいながら、地域全てのワイナリーが同じ意識を共有することで、持続可能なワイン造りを続けたいと思います。
- バスクからどんな刺激を受けて、これからに生かしていきますか。
- 余市町はバスク地方と同様、海も山もある自然に恵まれた地域です。欧州の有名レストランでもオンリストされているワイナリーもあります。地元の食材を使った料理やワインの提供を通じて、海外や日本全国からの観光客の方々に、余市町の素晴らしさを発信できればと思います。
- 現在、世界中の都市で大勢の日本のシェフが働いています。一方、海外の地方に行く人はまだまだ少ない。その土地土地に根付きながら、自分の料理を表現するシェフが増えれば、料理の可能性や多様性はもっと広がるはずです。私自身、その先駆けでありたいと考えています。
登壇者(敬称略)
-
前田 哲郎
Txispaシェフ・
前アサドール・
エチェバリ スーシェフ -
仁木 偉
LOOP料理長
(北海道 余市町) -
Oscar Alegre
Alegre valgañón
オーナー -
白石 小百合
アナウンサー
(コーディネーター)
セッション2 |
バスク地方に学ぶ
日本の食づくり、街づくり
- バスクは食による街づくりにとても成功していると感じます。その秘訣はなんでしょうか。
- バスクには私も所属している、モンドラゴン協同組合があります。この組織に代表されるように、バスクでは料理だけでなく様々な分野で街づくりの哲学・ポリシーなどを普及する活動をしています。バスクのコミュニティーは、人々が平等であることが求められ、失業率も低い。ごく普通の人々が情熱をもって共同体をつくる姿が、魅力的に映るのかもしれません。
- 長年バスクで生活する中で、前田シェフが意識していることは何ですか。
- バスクに住むことが羨ましいと思えるように、日々生活を満足するよう心がけています。朝、目覚めた時の朝日や、夜の帰り道に見上げる星の美しさなど、バスクでしか得られない贅沢な一コマをSNSにあげています。バスクの楽しさや美しさを発信することが、この地への観光の後押しになると思います。
- 余市町の街づくりの取り組みをお願いいたします。
- 近年、良質なピノノワールの産地としてワイン通から関心を集めています。また一方、ガストロノミーツーリズムにも取り組んでいます。地元で採れる食材を料理に昇華させるシェフがいて、そこを目指して世界中から食通が集まる。余市町を、そんな魅力ある場所にしたいと思います。
- 山下副知事は、京都という世界的に有名な街の食を担われています。
- 10年ほど前に和食をユネスコの世界遺産にしたいという話をいただきました。京懐石や寿司、天ぷらなど、あらゆる和食を研究し、和食の定義付けを行い、ユネスコなどにプレゼンをしました。様々な評価基準があったかと思いますが、最終的に世界遺産に認められた決定打は「お正月に地域ごとで違うお雑煮を食べている」ことでした。日本全国の地方のコミュニティーから生まれる食文化の豊かさが評価されたのです。
- 地方の食と街づくりのヒントはなんでしょうか。
- 一つは、ディスティネーション型レストランです。例えば、道民は誰も知らないけれど、世界中の食通は知っているというレストランがある。地元の美味しいお店の再発見ですね。もう一つは、地域に根付いた美食のグループです。漁師が作る魚料理や山間地の住人が作るおしんこなど、地域伝統の食文化を可視化することが成長の鍵だと思います。
- ソフトパワーとしての食文化は極めて平和的です。地域ごとにみんなで頑張れば、それぞれの地域全員が幸せになれる。地域対地域のシェア争いではなく、共に創っていく姿勢が大切だと思います。
- バスク人には当たり前でも、日本人の私には美しく見えるものがある。「うちの村には何もない」ではなく、何もない自分の村を楽しんでくれるスキルを持ったお客様を探すことも大事です。東京やパリなど、都会に飽きたという人は大勢いる。「田舎で目覚めた時に何の音も聞こえない」という体験を、世界中の人々が探しています。一泊300万円でもいい。地方の可能性はいくらでもあると思います。
登壇者(敬称略)
-
齊藤 啓輔
北海道 余市町 町長
-
Ander Etxeberria Otadui
モンドラゴン協同組合
Cooperative
dissemination -
前田 哲郎
Txispaシェフ・
前アサドール・
エチェバリ スーシェフ -
柳川 範之
東京大学大学院経済学
研究科 教授
(コーディネーター) -
山下 晃正
京都府 副知事
料理ライブ!
前田哲郎シェフがバスクの地の素材を使って生み出す、 「本日の料理」の映像がご覧いただけます。