日本が誇る、次代を創る技術

提供:東芝

Vol.1

脱炭素社会の実現に貢献!
「水素エネルギー」と「超電導モーター」とは?

Vol.3

「気象」「購買」のデータを活用!
「社会に貢献する」データビジネスとは?

実用化加速!
さまざま社会課題
量子技術挑む

従来のコンピューターとは異なる仕組みを備え、超高速な計算処理を実現する量子コンピューター。本格的な実用化には、越えなければならない壁が立ちはだかるものの、こうした量子技術を応用した最先端のソリューションはすでに活用され始めている。同技術は多様化・複雑化する情報化社会の課題解決にどう役立つのか。量子技術の研究開発と実用化で業界をリードする東芝デジタルソリューションズの岩崎元一氏、江島克郎氏に話を聞いた。

社会課題解決に向けて高まる量子技術への期待

写真:岩崎 元一 氏
東芝デジタルソリューションズ株式会社
ICTソリューション事業部 新規事業開発部
チーフエバンジェリスト
岩崎 元一

 量子技術とは、物質を構成する原子や陽子、電子、光子などの微細な素粒子の物理的現象を扱う「量子力学」を利用し、通信や計算などを行う技術を指す。「量子コンピューター」とは、それをコンピューターの仕組みに採用した応用例の1つであり、近年世界的な注目を集めている。

 すでにさまざまな分野で量子技術を応用した技術の研究が進められており、国内外の名立たるIT(情報技術)企業や研究機関が競うように新技術の開発に取り組んでいる。日本では政府が22年4月に「量子未来社会ビジョン」を策定し、量子技術により目指すべき未来社会の実現に向けた戦略として取りまとめるなど、量子技術への関心が急速に高まっている。

 注目を集める大きな理由はその計算能力である。現在の社会を支えるさまざまな事業や研究開発の裏側ではコンピューターによる、膨大な計算が行われており、その性能を高めることは社会課題解決に直結すると言っても過言ではない。

 「カーボンニュートラルの実現、安全安心な社会の構築、地球温暖化・異常気象への対応、パンデミック(世界的大流行)に備えた創薬といった多様な社会課題を解決するために、高速・高精度な計算処理の必要性が高まっています。そうしたニーズに応えるものと期待されている技術の1つが量子技術です」。こう語るのは、東芝デジタルソリューションズ ICTソリューション事業部 新規事業開発部チーフエバンジェリストの岩崎元一氏だ。

 情報量の爆発的な増加やさまざまな処理の高速化が求められる中、従来型コンピューターの劇的な処理性能向上を可能にする量子コンピューターの登場が待ち望まれている。だが、現時点における量子コンピューターは研究開発の段階にあり、実用化に至るまでには多くのハードルを越えなければならないのが実情だ。

 「量子コンピューターには大きく分けて、汎用型の『ゲート方式』と組合せ最適化問題の計算に特化した『イジングマシン方式』の2種類があります。従来のコンピューターのような処理が可能な『ゲート方式』は実用化レベルに達しておらず、まだ発展途上の段階です。一方で、『イジングマシン方式』はすでに商用化がされているものの、量子ビット数の拡大に課題があります。『ゲート方式』『イジングマシン方式』ともに、量子コンピューター(回路)を絶対零度(-273℃)近くまで冷却する必要があり、これも大規模化のためには大きな課題です」(岩崎氏)

量子技術を応用した「今すぐ動く」コンピューターが必要に

 こうした技術的な課題を乗り越えつつ、量子コンピューターが必要とされる未来の社会課題をいち早く実現するには、第一歩として「今動くもの」を早急に用意する必要がある。そこで量子コンピューターの研究開発に取り組んできた東芝が注目したのが、量子技術のアルゴリズムを従来型コンピューターに適用するというアプローチだ。そうして生まれたのが、同社の量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+(Simulated Quantum-inspired Bifurcation Machine +)」である。

 「東芝は量子コンピューターの研究の中で、組合せ最適化問題を解く『イジングマシン方式』の量子コンピューターの開発も進めていました。組合せ最適化問題は、問題の規模が大きくなるほど組み合わせ総数が飛躍的に増加するため、実用的な時間内に解を得ることが難しくなります。しかし、東芝の開発していた『イジングマシン方式』の量子コンピューターの動作を真似たアルゴリズムを従来型コンピューターで実装してみたところ、量子コンピューターに似た動きで組合せ最適化問題を高速に解き、高精度に良解を導くことが分かりました。まさに、今すぐに動く実用的なイジングマシンです」(岩崎氏)

 岩崎氏によると、「SQBM+」の特長は従来型コンピューターで稼働するソフトウェアとして提供されているところにある。本物の量子コンピューターのような特殊なハードウェアは一切不要であり、大規模な問題を従来型コンピューターで並列処理するという拡張にも適している。その処理性能は、既存の代表的なアルゴリズムより約100倍も高速なのだという。

図:SQBM+は古典イジングマシンに分類
本格的な量子コンピューターの前に、「すぐに利用できるもの」として
東芝が実現したSQBM+は古典イジングマシンに分類される

量子技術による暗号解読リスクも量子技術で守る

写真:江島 克郎 氏
東芝デジタルソリューションズ株式会社
ICTソリューション事業部 QKD事業推進室
チーフエバンジェリスト
江島 克郎

 一方、将来に向けて量子コンピューターが発展していく中、大きな社会的なリスクになると考えられているのがセキュリティーだ。東芝デジタルソリューションズ ICTソリューション事業部 QKD事業推進室 チーフエバンジェリスト 江島克郎氏はこう説明する。

 「量子コンピューターが実用化されると、現在広く利用されている暗号(アルゴリズム)が短時間で破られるおそれがあります。また、現在の暗号化された通信データを今のうちに傍受・保存しておき、時間をかけて解読する『データハーベスティング』と呼ばれるサイバー攻撃に遭う危険性もあります。いずれも大規模な量子コンピューターが完成・実用化される前に、今すぐに対抗できるソリューションが必要です」

 現在の暗号化通信の技術は、従来型コンピューターを使って解読しようとしても、現実的に不可能なほどの膨大な計算が必要となり、それが安全性の根拠となっている。これが量子コンピューターの発展とともに覆されてしまうのであれば、新たな仕組みが必要だ。それを実現するのが量子暗号通信である。

 その仕組みは、暗号化された通信データを復号するために必要な「暗号鍵」を送信先へ安全に受け渡す「量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)技術」にて、データ通信の安全性を担保するというものだ。

 「この技術では、量子力学の原理を使って暗号鍵を安全に共有します。暗号鍵の情報を光子に載せて送受信するもので、盗聴不可能であることが理論的に証明されています。鍵交換経路の途中で傍受されても、その痕跡が検知できるという特長もあります」(江島氏)

 この量子暗号通信技術は世界中で研究開発が進められているが、その中でも特に先行しているのが東芝だ。

 「東芝は英国ケンブリッジ研究所を中心に、20年以上の長きにわたり量子暗号通信技術の基礎研究に取り組んでいます。その基礎研究の成果をベースに実用化研究を進め、2000年代初頭には世界トップクラスの技術を確立し、現在まで性能向上と安定化を目指した研究開発を加速させてきました」(江島氏)

 東芝のQKDシステムは20年時点で世界トップクラスの鍵配送速度(300kbps)と鍵配送距離(120km)を達成。また、既設のデータ通信と同一の光ファイバーを使って量子鍵信号を送信できる技術を新たに開発するなど実用化レベルに到達し、20年10月には量子暗号通信システム事業の開始を発表している。

※kbps(kilobits per second):データ伝送速度の単位。1秒間に何千ビット(何キロビット)のデータを送れるかを表したもの

図
量子技術によって暗号鍵を安全に配送することで通信の秘匿性を守るのが量子暗号通信だ

量子技術普及の鍵はユースケース拡大とパートナーづくり

 「SQBM+」と「QKD」という量子関連技術を実用化した東芝は現在、本格的な普及に向けた活動に取り組んでいる。

 「『SQBM+』の普及には、まず価値のあるユースケースを創出し、パートナーエコシステムの構築を強力に推進する必要があります。特にユーザーの課題を解決する実用的なアプリケーションを開発するには、業界に精通したパートナーとの協業が欠かせません」(岩崎氏)

 このパートナーエコシステムの構築に向けた取り組みはすでに始まっており、創薬系や金融系などさまざまな事例も登場している。

 例えば、バイオベンチャーのRevorfやアヘッド・バイオコンピューティングとの協業では、「有効な治療薬の創出」という社会課題解決に向けて動き出している。具体的には、「SQBM+」の計算によってタンパク質の性質を推定することで、これまで治療薬を作りにくかった疾患に対して、従来とは異なる仕方で作用し効果を発揮する薬を発見することを目指すものだ。

 また、国内随一の高速金融取引事業者であるダルマ・キャピタルとの間では、株式市場における高速高頻度取引へ「SQBM+」を適用する共同検証も進められている。全ての投資家が適正価格で取り引きできる金融市場の実現を目指している。

「QKD」も同様に、パートナーエコシステムの構築やユースケースの開拓を進めている。

 「22年4月には英国大手通信事業者のBTと共同で、世界初となる量子セキュアメトロネットワークのトライアルサービスを開始しました。これはロンドン市内に量子鍵配信網を構築し、量子鍵を使って安全にデータ通信できるようにしたものであり、大手コンサルティングファームのEYが同サービスを利用しています。このほか、韓国大手通信事業者のKTとも同様の実証実験を開始するなど、東芝のQKDは実用化に向け世界的に広がっています」(江島氏)

量子社会の到来に向けた第一歩へ

 このように量子技術による社会貢献や産業創出に注力する東芝では、業界間の連携も積極的に推進している。21年9月には量子技術による産業創出を志す各社が「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」(代表理事:東芝 島田太郎社長)を設立、日本が目指す「量子未来社会ビジョン」の実現に向けて活動している。

 「大規模な汎用量子コンピューター(ゲート方式)は2030年代なかばに実用化されることが見込まれており、その後は量子技術と従来型技術のハイブリッド化が進んだ量子インターネットの時代が到来すると予測されています。東芝はこうした将来の量子社会の到来に向け、量子技術の研究開発と実用化をさらに加速させる取り組みに注力し、グローバルな量子コンピューティング市場の立ち上げに向け、まず第一歩をリードしたいと考えています」(岩崎氏)

 「今後はQKDのプラットフォーム化を進め、世界に向けて実用化の展開を加速していきたいと考えています」(江島氏)

写真:江島氏と岩崎氏

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