ビジネスのためのAI ビジネスのためのAI

第3回

データと知見の所有権

データ保護と学習効率化を両立させた
IBM Watson AIモデルの強みとは

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AI(人工知能)は学習して“賢く”育つ。しかし、そのプロセスで投入するデータの流出などを懸念し、AI活用に踏み切れない企業もある。AIが導き出した独自の知見を、企業はいかに保護し、自分たちの競争優位につなげていくことができるだろうか。ネットイヤーグループ 代表取締役社長 兼 CEOの石黒不二代氏と、日本IBM ワトソンソリューション担当 理事の元木剛氏が「お客様データに関するポリシー」をテーマに、ビジネスに革新を起こすAI活用のあり方について話し合った。

ネットイヤーグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 石黒 不二代氏

ネットイヤーグループ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO 石黒 不二代氏

名古屋大学経済学部卒業、スタンフォード大学経営大学院修了。ブラザー工業、スワロフスキージャパンを経て、米スタンフォード大学ビジネススクールに留学。MBAを取得後はシリコンバレーでコンサルティング会社を起業し、日本の大手企業と米国のベンチャー企業の技術移転に従事。ネットイヤーグループ創業に参画し、2000年から現職。

日本アイ・ビー・エム株式会社 ワトソンソリューション担当 理事 元木 剛氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
ワトソンソリューション担当 理事 元木 剛氏

1986年、東京大学大学院言語学専攻修士課程修了。1986年、日本IBMに入社し、大和研究所に配属。1996年、米IBM本社戦略企画部門へ出向。2004年、大和研究所事業企画担当、2009年にアライアンス事業 OEM&Embedded Systems担当理事を経て、2014年から現職。

AIを賢く育てるための2つのステップ

――ネットイヤーグループは、デジタルマーケティングに関するコンサルティングやデジタルコンテンツの企画制作などにより、企業経営の進化やエンドユーザーとのエンゲージメント(関係)強化を支援されています。昨今の企業のAI活用に関してどのような関心をお持ちでしょうか。

石黒 リアル店舗からWeb、モバイルなど多様化するカスタマーチャネルからデータを集め、お客様の行動をリアルタイムにつかみ、ニーズや嗜好をより深く理解することがデジタルマーケティングの基本です。その意味でもAIは必須のツールになると考えており、実際にどのような活用が可能か、IBMにはいつも相談に乗っていただいています。

ネットイヤーグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 石黒 不二代氏

元木 ありがとうございます。私たちが提供しているWatsonはビジネス向けに設計されたAI基盤として、金融、製造、医療、コンタクトセンターのほか、デジタルマーケティングの分野でも導入実績を拡大しています。本格的な事業を開始したのは2014年頃からですが、今後もさらにWatsonのポートフォリオを拡充し、業界・業種を問わず多くの企業のビジネス変革を後押ししていきたいと考えています。

石黒 あらためて教えていただきたいのですが、AIをビジネスで役立つレベルに“賢く”育てるためには何が必要でしょうか。

元木 大きく2つのステップがあります。まずは基礎知識の習得で、大量の文献や画像などを読み込ませて学習させます。ただ、これでは単なるもの知りになるだけですので、次のステップとしてAIに求める答えを出させるために、模範解答にあたる教師データを投入してトレーニングを重ねます。これによりAIは人間(教師)の判断基準を学習し、専門家に近い判断ができるようになります。

日本アイ・ビー・エム株式会社 ワトソンソリューション担当 理事 元木 剛氏

石黒 デジタルマーケティングの世界で一番求められるのは、大量のデータから法則や知見を導出できる人材です。今はデータサイエンティストなど少数の専門家に頼っているのが実情ですが、AIがより幅広いビジネス現場の人材をサポートしてくれる、あるいは専門家も気づかなかったような知見を導出してくれるようになれば、デジタルマーケティングはさらに進化していくに違いありません。

元木 まさにそれが、私たちがWatsonで目指している世界です。これまでのコンピューターは人間が見いだした法則をプログラムしていました。今はAIがその法則を見つけ出します。最初は仮説に近いものですが、実際にビジネスプロセスに適用し、そこからフィードバックを学習してより精度の高い法則を見いだすようになります。

AIの学習データ、AIが導き出した知見は誰のもの?

――大量のデータを投入して学習を重ねることで、AIが賢く育っていくことがわかりました。ただ、その一方では「自社データが外部に漏れてしまうことはないか」「AI活用で獲得した知見やデータが利用されてしまうことはないか」といった懸念もあり、AI活用に躊躇(ちゅうちょ)している企業の声も聞かれます。そもそもAIプロジェクトで使われるデータの所有権についてはどのように捉えればよいのでしょうか。

石黒 データの所有権の問題と、情報漏洩などのセキュリティーの問題は明確に分けて捉えるべきと考えています。セキュリティーの問題は、AIを活用する・しないに関わらず、個人情報などのデータを取り扱う上で大前提となるものです。一方のデータの所有権については、基本的には何らかのガイドラインを提示してデータの所有者(企業または個人)の承認を得ることが必要ではないかと思います。透明性の高い形でデータを扱うことでデータ提供者は安心し、なおかつ自分自身がそれによって大きなメリットを得られるとなれば、進んで情報を提供してくれるようになります。自分にぴったりと合致した究極のパーソナライゼーションの手段がAIであるという理解が広まれば、データの所有権についての懸念も解消されるのではないでしょうか。

ネットイヤーグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 石黒 不二代氏

元木 おっしゃるとおりで、企業や個人に属するソースデータについては、本人の承認を得ることが前提となります。AI活用を推進していくために考えなければならないのは、さらにその先を見据えたデータ再利用のルールづくりです。

石黒 それはどのようなものでしょうか。

元木 企業がAIを活用することで獲得した知見についても、誰のものなのかを明確にしておく必要があります。

石黒 確かに自社が苦労して導出した知見を、競合他社に勝手に利用されてしまうのは大きな痛手です。IBMとしては、この課題に対してどのような解決策を用意しているのでしょうか。

元木 Watsonは3層のナレッジ構造(AIモデル)を持っています。最下層に誰でも目にすることができるニュースやウィキペディアのような一般データを学習させた「ベースAIモデル」、2層目に業界ごとの論文や法令、各種ガイドラインなどを学習させた「業種・ドメイン別モデル」があり、そして最上位層に独自のナレッジとなる「企業固有モデル」を構築します。情報は下の層からは共有されるものの、お客様独自の知見はベースAIモデル層や業種・ドメイン別モデル層には共有されません。これが単層のナレッジ構造しか持たない他社のAI基盤とは決定的に異なる、Watsonならではの強みです。

(図)3層のWatson AIモデル

(図)3層のWatson AIモデル
3層のWatson AIモデルがユーザー(顧客)の知見を保護し、効率の高い学習を可能にする

石黒 なるほど、基礎的なデータから投入しなければならなかった手間を省いて効率的な学習を支援するとともに、企業は安心して競争優位性を獲得するためのAI活用に専念できるのですね。とても画期的な仕組みだと思います。

社会的にAIが“Ready状態”となる時代に備えよ

――3層のWatson AIモデルを活用し、特に企業固有モデルの学習を進めていくためにはどのような点に留意すべきでしょうか。

元木 大きく3つのポイントがありますが、1点目は「答えを導き出す過程の透明性を高め、AIのブラックボックス化を防ぐ」ことです。AIの本質は人間にとって代わることではなく、高度な判断を下す人間をサポートすることにあります。その観点に立つと、仮にAIから90%以上の確信度を持った結論を提示されても、根拠が説明されなければ採用することはできません。そこでWatsonでは、なぜその結論が導き出されたのか、推論プロセスをトレースして見える化する仕組みをあわせて提供していきます。

日本アイ・ビー・エム株式会社 ワトソンソリューション担当 理事 元木 剛氏

石黒 それはデジタルマーケティングの分野においても非常に重要なポイントです。今後AIが汎用的なツールになっていくに伴い、一部にはAIに対する依存心が高まっていくことが予想されますが、決して流されてはいけません。ビジネスのPDCAサイクルを回せなくなってしまったのでは意味がなく、あくまでも人間の判断ありきのAI活用でなければなりません。

元木 2点目は「悪意のある学習と利用を防ぐ」こと、3点目は「学習データのバイアスに注意する」ことです。これらは自分たちが育てたAIモデルが、他社の敵対的行為や外部データによってゆがめられるのを避けるためのものです。どのようなデータでモデルが学習したか、そのデータにどのような偏りがあるかを管理する必要があるでしょう。IBMはそのための仕組みも提供していきます。また、AIの学習と利用に関するベストプラクティスを発信し社会的にも共有していく必要があります。その一環として2016年9月にアマゾン、フェイスブック、グーグル(ディープマインド)、マイクロソフト社と共同し、「パートナーシップ・オン・AI」というコンソーシアムを結成しました。

石黒 官公庁などから降りてくるガイドラインだけでなく、AIを健全な形で活用していくための浄化作用のような仕組みを、草の根的な活動からもつくっていくわけですね。そうして社会的にもAIが“Ready状態”となっていく時代に私たちは備えなくてはなりません。

AIに興味はあるけれど、社内には十分なデータの蓄積がないと二の足を踏んでいる企業も少なくありませんが、仮に過去のデータが使えなくても、今から短期間で大量にデータを集める手立てはいくらでもあります。

裏を返せば、早く着手すればするほどデータを自社の強みに変えることができます。経営者の皆様には、ぜひそのことを知っていただきたいと思いますし、ネットイヤーグループとしてもさらに積極的にAI活用を加速していきたいと考えています。今日はとても有益なお話しを伺えて本当に良かったです。

元木 こちらこそ、お忙しいなかありがとうございました。

お問い合わせ

IBM Watson ビジネスのためのAI

https://www.ibm.com/watson/jp-ja/

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