ロゴ画像 家庭での心電図記録を
新しい文化に
予防医療で健康寿命を延ばそう

オムロン執行役員常務
オムロン ヘルスケア社長 荻野勲氏

メイン画像 メイン画像 提供:オムロン

家庭での血圧測定を半世紀にわたって世界各国に広めてきたオムロン ヘルスケアが、家庭で心電図を記録するという新たな「文化」創造に取り組んでいる。オムロンは長期ビジョン「SF2030」で健康寿命の延伸を解決すべき社会的課題の一つと捉え、オムロン ヘルスケアはそれを実現するための事業ビジョン「Going for ZERO ~予防医療で世界を健康に~」を掲げて「脳・心血管疾患の発症ゼロ」を目指す。脳梗塞の一つの原因となるのが「心房細動」だ。心房細動の早期治療により脳梗塞の発症リスクを低減できるため、早期発見が重要となる。この早期発見に役立つのが心電図の記録だ。心電図の記録機会を増やし、健康診断では捉えづらい心房細動のリスクを見つけ出す。同社の荻野勲社長は目標にまい進する若手社員やパートナーのスマートヘルスケア協会(SHCA)理事らと、予防医療で人々の健康を支える使命感や文化創造の決意を語り合った。
2023年1月30日取材

QOLを下げる脳・心血管疾患

「脳・心血管疾患の発症ゼロに貢献」は企業の使命

荻野 日本のみならずグローバルに高齢化が進み、健康寿命の延伸が大きな課題になっています。疾患などによって自立した日常生活を送れず、寝たきりで暮らすのはとても辛いことです。生活の質(QOL)を大きく下げる一つの要因として脳卒中や心不全といった脳・心血管疾患が挙げられます。

脳・心血管疾患は予防によって発症リスクを減らすことができる病気です。私たちが循環器事業のビジョン「脳・心血管疾患の発症ゼロ」に挑戦する理由もそこにあります。この目標を達成することで、オムロンの長期ビジョンSF2030で掲げた社会的課題の一つの「健康寿命の延伸」を実現したいと考えています。

荻野社長 「脳・心血管疾患で苦しむ人を一人でも減らすことが、当社の使命です」(荻野社長)

創業者・立石一真は企業経営者であると同時に医学博士でもあり、生体センシングを研究していました。人体には病気になると治そうという変化を自ら起こす高度なフィードバックシステムが備わっています。これはオムロンのオートメーション事業に通じる考え方でもあります。オムロンの前身の立石電機は工場オートメーションに取り組みながら、生体センシングの研究部隊も持っていました。その意味で、オートメーションという考えのもとで人の健康と向き合い続けてきた企業でもあるのです。

健康寿命延伸のアプローチとして、オムロン ヘルスケアは予防医療を掲げています。リスク管理と早期発見によって疾患の発症を未然に防ぐことはとても大切です。主力の血圧計についても、単に製品を売るのではなく、高血圧由来の脳・心血管疾患の発症ゼロに貢献できると信じて、家庭血圧の浸透に取り組んできました。

初めて脳・心血管疾患発症ゼロを目指すと医療関係者に話した時は、何を言ってるんだと聞いてもらえませんでしたが、今ではゼロを目指す姿勢は医療関係の方々にも、共感いただけるようになってきました。

健診では見つからない
「心房細動」を、
家庭で見つける

薬局でリスクチェック、受診勧奨も

倉橋 脳・心血管疾患による死亡者はがんより多く、世界的にみても死因のトップです。そこで私たちは、脳梗塞のリスクを5倍高めるといわれる心房細動に着目しました。心房細動とは、心房という心臓の一部がけいれんして血液をうまく送り出せず、血栓が出来やすくなる症状です。高血圧患者の50%~60%に心房細動が併存しているというデータもあります。血圧計を主力製品とする当社は、家庭で血圧を測るときに心電図を同時にチェックできる心電計付き上腕式血圧計を開発しました。

倉橋さん 「心電計付き上腕式血圧計を使えば健診で見つかりにくい心房細動のリスクを手軽に把握できます」(倉橋さん)

心房細動は自覚症状がないことも多い。しかも突発的に起こり症状が持続しないケースもあります。年一回程度の健康診断の心電図記録ではなかなか発見しづらいので、日常的にチェックすることが大事になります。しかし、心房細動が脳梗塞のリスク危険因子であること、家庭で手軽に心電図を記録できることは、あまり知られていません。そこで、昨年から薬局やドラッグストアで来店者に製品を使ってもらい、異常や自覚症状があれば薬剤師が医療機関の受診を勧める「受診勧奨モデル」の構築に取り組んでいます。

竹中 スマートヘルスケア協会(SHCA)は予防医療の観点から、薬局やドラッグストアを通じた地域住民の健康支援サービスを広げるために活動しています。オムロン ヘルスケアの取り組みに賛同して、企業や薬剤師会を通じて受診勧奨モデルに取り組む薬局を増やし、正しく製品を使うための研修をしています。

薬局やドラッグストアは地域住民の生活動線上にあります。おじいちゃん・おばあちゃんが気軽に立ち寄って体調について話したり血圧手帳を見せてくれたりするので、健康について助言しやすい立場にあります。オムロンの心電計付き上腕式血圧計を設置することでそのチャンスが広がります。

「健康サポート薬局」制度のように、国や自治体も住民の健康のために地域の薬局やドラッグストアを活用する姿勢を打ち出しており、受診勧奨モデルの構築はその方向性と合致しています。

堀澤 薬剤師としての実感をいえば、利用者や医師の反応がとてもいいのです。薬剤師はいろいろな医学的知識や情報を持ち合わせながら、来店者への助言や医療連携につなげることが難しいケースも多くあります。全国約6万店舗の薬局のうち、チェーン薬局が約2万店舗。その他はほとんどが中小や個人の薬局で、健康支援サービスの運用手順を作れず、マンパワーが不足しがちだからです。その点、心電計付き上腕式血圧計は医療機器メーカーが開発した信頼できる機器なので、これをベースに自信を持って助言できるのです。利用者に喜ばれると次はもっと親身になろうと積極的になります。助言がきっかけで地域住民が自分の健康を自分で管理するセルフメディケーションが広がれば、地域の元気にもつながると思うのです。

堀澤さん 「受診勧奨モデルは利用者の反応がとても良いので、ぜひ全国に広げたいです」(堀澤さん)

荻野 薬局やドラッグストアはその地域の人々の健康状態が俯瞰できる立場だと思います。病院を受診していないけれど風邪薬や湿布薬を買う人は多い。地域の専門医よりむしろ、その街全体のリアルな健康状態をつかんでいる。私は予防医療で連携することで多くの可能性が生まれると考えています。

エコシステム構築が定着のカギ

エビデンス重ね共感を広げる

荻野 オムロン ヘルスケアの事業は、使いやすくて革新的な製品を作って販売することがゴールではありません。疾患の重症化を防ぐためのエコシステム(仕組み)を構築し、稼働させていくことが必要だと考えています。血圧を家庭で測ることは今では習慣化され文化となり、高血圧の治療ガイドラインでも家庭での血圧を優先的に活用して治療することになっています。しかし、ここまで来るのには多くの医療関係者の人々の賛同や協力が不可欠でした。「家でリラックスした状態での血圧データで患者さんの普段の状態を把握できる」ことに注目したドクターが研究を始め、それによって特に朝の血圧が高くなる症状が見つかるなど、家庭でしかわからない血圧の傾向があることがわかりました。この研究がもととなり、医師が患者さんに家庭血圧の測定を促す環境が生まれました。医療の分野ではメーカーが「家庭で測ってください」と言うだけでは社会に定着しません。

倉橋 受診勧奨モデルは段階的に拡大を目指します。22年度は400店舗に導入し、来年度以降は段階的に拡大を進めていきます。営業担当者もチェーン薬局の本部などに製品の特徴や受診勧奨モデルの意義などを説明し、学会や専門家への働きかけも並行して行っていきます。

堀澤 SHCAは地域の薬剤師や医師とつながりがあるので、彼らの理解と協力を得ながら地域単位で受診勧奨モデルをつくり上げ、それを横展開して広めていきます。オムロン ヘルスケアと役割を分担し、様々な立場のパートナーに意義を伝えられるとよいです。

荻野 いくら優れた製品であっても、お客様の期待に沿えなければ製品を受け入れてもらえません。これを私たちは「顧客期待品質」と言っています。例えばお客様が自分で心電図を記録しても、データを見せられた医師が「これは何ですか?」とけげんな顔をしたら、2度と記録したくないでしょう。病院など様々な関係者の理解と協力を得ながらまずは賛同者をつくりその輪を大きく広げていきます。

竹中 医療業界はエビデンスを重視するので、データと結果を示すことが大切です。エビデンスの数や規模が大きくなるほど、みんなで取り組む機運が盛り上がります。

竹中さん 「予防医療で患者を減らすことは、介護や地域の負担軽減にもつながります」(竹中さん)

堀澤 昨年6月に秋田県薬剤師会が、10カ所の薬局で地域住人238名を対象に調査研究したところ、全体の2.1%にあたる5人に心房細動が見つかり受診勧奨しました。一般的には60歳以降の方に増えるのですが、そのうち2人は30代でした。自覚症状はあっても未受診の状態で、たまたま参加した住人から2.1%の確率で見つかったことは正直驚きで、協力していただいた医師からも「まさか心房細動が見つかるとは思わなかった」との感想が聞かれました。

今年は大分県の佐伯市薬剤師会が、健康フェア等で健康診断未受診者を薬局がフォローする取り組みを実施します。自治体の方からは、医療費削減や重症化予防の観点でも期待されています。

脳・心血管疾患の発症ゼロを
理想に終わらせない

「将来、誇れる仕事」に士気高く

荻野 1973年に家庭用血圧計を発売してから高血圧の治療ガイドラインで家庭血圧測定の有用性が認められるまでに約40年かかりました。心房細動が脳・心血管疾患と高血圧に相関があることなどを踏まえれば、家庭での心電図記録はそれよりも早く文化として定着させたいと考えています。

倉橋 私たち営業担当者の間で文化創造はキーワードになっています。商談先にも「家庭血圧の測定に続き、家庭での心電図記録の文化をつくりたい」と熱意をお伝えすることが増えました。家庭血圧で先輩社員が努力したように、私たちがここで頑張ることがこの先実を結ぶと考えると、ぜひやりきりたいと思います。

竹中 家庭での心電図記録は脳・心血管疾患で苦しむ人だけでなく、家族の介護負担も減らせると思います。ひいては地域や社会の負担も減らし、そこに費やされる費用や時間をあるべき方向に注ぐことができたらよりよい社会になるのではないでしょうか。

荻野 我々はデバイスやプロトコルの開発はできますが、それを社会実装し人々の健康に役立てるには、多くのパートナーの共感が必要です。共感が広がらなければデータやエビデンスも集まらず、新たな治療法や薬、医療システムといった価値を生むことにもつながりません。

ですから、これからも我々は幅広くパートナーと連携し、一緒になって発症ゼロの実現に向かって進みたいと思います。そして誰一人として疾患で苦しむことがないように自分の健康は自分で管理し、予防医療で健康寿命の長い社会をつくっていきたいと思います。

座談会出席者

座談会出席者 プロフィル(左から)

竹中 孝行(たけなか・たかゆき)氏
薬剤師。スマートヘルスケア協会理事。バンブー代表取締役。
薬学部卒業後、製薬会社MR、薬局薬剤師勤務を経て、バンブーを創業し、薬局、介護、美容事業を運営。薬局が地域の健康情報の拠点になれるように活動。

倉橋 奈央(くらはし・なお)氏
オムロン ヘルスケア(株)
国内事業統轄本部 国内営業本部 健康機器営業部
東部営業課所属。ドラッグストア営業を担当。顧客の課題解決のためのソリューション提案や商品価値の認知向上に努める。家庭での心電図記録の文化醸成に向け、心電計付き血圧計を使用した「受診勧奨モデル」の普及に取り組んでいる。

堀澤 茉悠子(ほりさわ・まゆこ)氏
薬剤師。スマートヘルスケア協会シニアアドバイザー。
薬学部卒業後、薬局薬剤師を経て、現在は薬局・ドラッグストアを起点とした健康支援サービスの開発や研修を担当。

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