世界最大規模のモバイル・通信見本市「MWC(モバイルワールドコングレス)」や、スマートシティー国際会議「Smart City Expo World Congress」など、バルセロナは世界で4番目に多くの国際会議が開催されている(※)ICT産業の先進都市だ。
Amazon、Facebook、IBM、HPなどのグローバル企業はもちろん、日本からもNTTグループ、LIFULL(ライフル)、ソニー、楽天、ソフトバンク、バンダイナムコなど多様なICT関連企業がカタルーニャ州には進出している。
特にゲーム産業でスペイン全体の53%の売り上げを占めるカタルーニャには、ゲーム会社が145社(2019年)あり、King、Ubisoft、Scopelyなど主要なグローバルゲーム開発会社が拠点を置いている。こうした背景から、ゲーム開発者育成コースを設けている現地の大学もあるほどだ。
※ICCA Statistics 2019による(ICCAは国際会議協会)
1980年のアーケードゲーム「パックマン」の誕生から40年。バンダイナムコエンターテインメントが、欧米市場向けのモバイルゲームの開発とマーケティング拠点に選んだのは、バルセロナ市内のIT系企業が集積する「22@地区」。アイコニックな高層ビルの前にはヨットハーバーが広がり、サグラダファミリアも望めるビーチ直結のインテリジェントオフィスだ。
「ビル内にはシャワールームもあるので、ランチタイムにランニングを楽しむ社員もいます」とバンダイナムコモバイルの久保田達也COO(最高執行責任者)は話す。コロナ禍で工事が一時中断し、入居は4カ月遅れの20年9月。しかし、その半年後には、モバイルゲームのプロトタイプが300個も誕生しているというから驚きだ。もちろん企画会議でボツとなってしまうプロトタイプも多数あるそうだが、ゲームのアイデアが次々と生まれていることは確かだ。
「多数の候補地の中からバルセロナを選んだのは、人材採用を最も重要視したからです。モバイルゲーム関連企業が集積する都市は他にも世界中にいくつかありますが、地元型の企業が多い。それに比べて国際都市バルセロナは、多国籍企業が多数進出していることもあって世界中から多様な人材を集めやすい。人材が多様であればあるほど、イノベーションの確率も上がります」と久保田氏は話す。
「地元のゲームコミュニティーからも採用していますが、採用広告は全世界で展開。現在、毎月1〜2人はスペイン国外から採用しています。欧米ではジョブ型雇用が一般的で、マーケティング、コンテンツ開発、プロダクションという3つの機能に適した高度専門人材を採用できています。現在の社員の国籍も10カ国と多彩です」。同社では今後も継続して40人程度を世界中から採用していく予定だ。
バルセロナに優秀な人材が集まる背景には、クオリティーの高い生活環境が整っていることも大きい。
「バルセロナは、とにかくオープンです。米国の西海岸に近い印象で、デジタル化も米英仏などと比べても進んでいるところがあります。市場で新鮮な食材を探す楽しみがある一方、スマートフォンのアプリ1つで買い物も楽にできます。郵便物の受け取りやスーパーマーケットのレジ、Wi-Fiのログインなどもマイナンバー(の提示)だけでできます」と話す久保田氏は自転車で周囲の風景を楽しみながら週3日、オフィスに通っている。バルセロナには教育水準の高いインターナショナルスクールが多数あるため、家族での転勤も心配が少ないという。
「湿気が多いという人もいますが、日本人の私にとっては、むしろ快適なレベル。パエリアなど米食の習慣があり、寿司もラーメンもおいしいですよ」と久保田氏はバルセロナでの生活もエンジョイする。社員の中には「オフィスへの通勤自体が息抜き」という人もいるという。
2020年のモバイルゲーム世界市場の成長率は前年比25.6%増の高い伸びが見込まれている(※)。「パックマン」「たまごっち」「鉄拳」など世界中に多数のファンを持つバンダイナムコは今後どのようなモバイルゲームを開発してくれるのだろうか。
久保田氏は「複数年の間、何千万人、何億人のお客様に遊んでいただける良質なゲームを作ろう」と社員同士で声を掛け合っているという。人材の採用にあたっても「その人を雇うことによって、チーム力が上がるかどうか」を判断基準にして関連チームの全員が採用面接に関わっている。
4月23日はカタルーニャ地方の守護聖人、サン・ジョルディ(ドラゴンから王女を守った騎士)の殉教を記念した祝日。男女が本やバラの花を贈り合う「本の日」(El dia del Llibre)でもある。愛と教養と個人の自由を大切にする一方、先進技術を巧みに取り入れるカタルーニャ人気質。「お客様の笑顔」をミッションに掲げるバンダイナムコとの相性もよさそうだ。
久保田氏は最後に「研究開発拠点として選ぶなら、バルセロナは超おすすめです!」と笑顔で語ってくれた。
※世界のゲーム市場調査レポート『グローバルゲームマーケットレポート2020』(角川アスキー総合研究所)。モバイルゲームはスマートフォン+タブレットが対象
カタルーニャ州バルセロナはグローバルゲーム開発企業が相次いで進出するゲーム産業集積都市として知られ、直近5年間では欧州トップ5の投資先に入る。King、Ubisoft、バンダイナムコなど多国籍企業の拠点だけでなく、地元の若い起業家・クリエーターも数多く、Social Pointなど世界的に有名なカタルーニャ発のゲームも存在し、多様性のあるエコシステムがその魅力の理由だ。さらに現地の大学では幅広いゲーム開発コースが設けられ、専門人材が続々と巣立っている。
大学卒業後に起業を目指す学生も多いが、開発したソフトが有望でも事業化のハードルは高い。このため、2015年から、バルセロナ市役所、カタルーニャ文化企業機構(カタルーニャ州政府)、ペニンシュラ(スタートアップ向けのコンサルティング会社、本社:バルセロナ)が「GameBCN」という、ゲーム・インキュベーター(起業家支援)プログラムを継続的に実施、インディーゲームクリエーターの発掘から事業化までを支援している。日本からもセガやバンダイナムコエンターテインメント、マーベラスなどが協力会社として参画している。
産官学連携のこのプログラムからは、世界の様々な賞を獲得した作品や、50万本以上のヒット作なども生まれている。日本でも、そのノウハウを基に21年6月からマーベラス(東京都品川区)がGameBCNと共同で日本初のオンライン・インキュベーション・プログラム「インディーゲームインキュベーター(iGi)」を神戸市をベースに開始。カタルーニャ発の成功モデルが世界に広がり始めている。
カタルーニャ州は教育レベルの高い人材の宝庫だ。州内12大学では27万人の学生が学び(うち約半数が理工系)、英フィナンシャルタイムズが選ぶ「欧州ビジネススクールランキング2020(フルタイムMBA)」で4位のIESE(イエセ)や7位のESADE(エサデ)など、ビジネススクールも毎年優秀な人材を輩出している。
例えば「初音ミク」(※1)。その音声合成技術「VOCALOID®(ボーカロイド)」を国産技術100%と思っている人も多いが、実はヤマハと、ザビエル・セラ博士率いるバルセロナのポンペウ・ファブラ大学情報通信学部の音楽技術チーム約50人との共同研究から生まれたものだ(※2)。
カタルーニャ州は人口約778万人に対し、在外国人数は約126万人。外国籍人材の32%がITセクターに従事しており、世界中からハイレベルなプロフェッショナル人材が集まっている。なかでもバルセロナは「デジタル人材が選ぶ働きたい都市ランキング」(※3)でも世界第5位と人気の都市だ。地理的優位性や低コスト(賃金、オフィス・工場賃料、生活費などの国際都市比較での優位性)はもちろん、生活の質の高さが人気の理由だ。バンダイナムコモバイルの久保田氏が話してくれたように、現地だけでなく、世界中から優秀な人材を採用できるメリットがカタルーニャ州にはある。
※1クリプトン・フューチャー・メディア社から発売されている音声合成・デスクトップミュージック(DTM)用のボーカル音源と、女性のバーチャルアイドルのキャラクター
※2『La Vanguardia(ラ・バングアルディア、バルセロナで発行されている新聞)』2011年6月10日付
※3https://image-src.bcg.com/Images/BCG-Decoding-Digital-Talent-May-2019-R-2_tcm20-219578.pdf
バルセロナは今や南欧最大のスタートアップ拠点だ。その数は1500社以上。Eコマースから通信、バイオテックまで多岐にわたる分野で起業が相次ぎ、大学からのスピンアウトも多い。創業者の15%が外国人、従業員の19%が外国人というのも国際都市のスタートアップらしい特色だ。バルセロナをスタートアップの拠点に選ぶのも様々な優位性を持つからにほかならない。
バルセロナから、どのようなスタートアップ企業が誕生してくるかは世界中の投資家やベンチャーキャピタルも注視している。日本企業でも楽天、ソフトバンク、NTTグループなどがバルセロナのスタートアップ企業に出資している。
バンダイナムコモバイルが進出先として選んだ22@地区は、研究開発型の企業に特に人気のエリアだ。空き地となっていた旧工業地帯を再開発し、ITやバイオ医療を中心とした最先端テクノロジー企業の誘致に成功。Facebookが拠点を構えたことでも知られるが、ゲーム企業の多くもこのエリアに集中している。バルセロナの中心部の東側に位置し、地中海に面した風光明媚(めいび)なこの場所に通うこと自体が楽しくて仕方がないという人も多い。