「チップを制するものはすべてを制する」*1。ソフトバンクグループの孫正義代表取締役会長兼社長は2017年、このように語り、近い将来、あらゆるものに小さな半導体チップが組み込まれて世界の隅々までネットワーク化されるというビジョンを示した。
この見方は、すべてのモノがインターネットにつながる「IоT」の考え方とも重なり合う。自動車や家電製品、さらには都市インフラにいたるまで、半導体チップが入り込む新しい時代の到来を受けて、そのリーダーシップをめぐる国際競争が激化しつつある。
提供:アイルランド政府産業開発庁
写真提供:MCCI
「チップを制するものはすべてを制する」*1。ソフトバンクグループの孫正義代表取締役会長兼社長は2017年、このように語り、近い将来、あらゆるものに小さな半導体チップが組み込まれて世界の隅々までネットワーク化されるというビジョンを示した。
この見方は、すべてのモノがインターネットにつながる「IоT」の考え方とも重なり合う。自動車や家電製品、さらには都市インフラにいたるまで、半導体チップが入り込む新しい時代の到来を受けて、そのリーダーシップをめぐる国際競争が激化しつつある。
半導体分野で急速に存在感を強めている地域の一つに欧州連合(EU)がある。EUはこの3月、2030年までに世界の半導体チップの20%を域内で開発・製造する計画を発表した*2。その狙いは基幹テクノロジーである半導体の製造について、現在、主導権を握っている台湾や中国、韓国への依存度を引き下げることにある。
EUは昨年12月、先進的で高性能な低電力チップの開発を促進するイニシアティブを提唱し、20カ国が共同宣言に署名した*3。欧州委員会のティエリー・ブルトン委員(域内市場担当)は「ヨーロッパは基幹分野で自立する力を十分備えている。必要なのは半導体の設計から先進的な製造までをカバーする意欲的なプランの策定だ」と述べている。*4。
半導体産業の基盤をなす製造分野では、アイルランドの実力がいかんなく発揮される。アイルランド国内総生産の36%はヨーロッパの規制産業における製造に関連したもので、これを世界トップレベルの各種技術開発センターが後押ししている。
こうした強みをバックに、グーグル、アップル、フェイスブック、SAPなど世界有数のテック企業がアイルランドにヨーロッパ拠点を設けており、地元の人材や技術職重視の伝統がもたらすメリットを享受している。
新型コロナウイルスのパンデミックを受けて、企業や投資家は半導体供給を特定の地域に依存するリスクを痛感したはずだ。コンサルティング会社のアリックスパートナーズによれば、サプライチェーンの停滞による半導体不足が2021年の世界の自動車業界の売上高に及ぼす影響は606億ドルにもなる可能性があるという*5。そこでヨーロッパが代替供給元の候補として名乗りを上げたというわけだ。
ただし、EUのこうした企てには域外パートナーからのサポートが必須と業界のウオッチャーたちは指摘する。経営コンサルティング会社のローランド・ベルガーもその1社だ。ヨーロッパの半導体製造インフラには旧型のものが多く、最新および次世代技術への対応は遅れをとっている。域外の技術パートナーと手を組んで早期にこれを是正することがEUの計画達成には不可欠と同社は分析している。*6。
しかし、もし日本の企業がEUとパートナーを組むとしたら、どんな相手を選ぶべきだろうか。難しい問題だが、ビジネスの便宜を考えると英語圏の国が好ましく、英国がEUを離脱した今はアイルランドが、その有力な選択肢になるだろうと早稲田大学大学院経営管理研究科の入山章栄教授は言う。そこで次に半導体・エレクトロニクス分野の企業にアイルランドが提供できる利点を検討してみよう。
早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)
入山 章栄 教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関 への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年より現職。専門は経営学。
入山教授によれば、アイルランドには言語以外にも大きなメリットがあるという。
半導体技術には常にセキュリティーのリスクが付きまとう。日本企業にとっては、日本と友好的な関係にある国、たとえばアイルランドなどとのビジネス提携を模索するのはいわば当然だ。
高度な半導体が基幹インフラに数多く組み込まれるにつれて、これをハッキング被害から守る必要性も高まっていく。米国が将来的な国家安全保障リスクに備えて、先ごろ半導体関連サプライチェーンの見直しに着手したのも、その一例だ*7。
「半導体事業は安全保障と密接に関わるので、日本企業が海外に半導体製造施設を設ける場合は日本と良好な関係にある国を選ぶべきでしょう」(入山教授)
半導体やエレクトロニクスのように競争の激しい分野において、広くイノベーションを進めるには業界エコシステムが整っている国のほうが有利だ。世界最大級の半導体メーカーであるインテルがアイルランドで事業を着々と拡大しているのも、この国に優秀な技能を持つ人材がそろっているからにほかならない*8。
インテルはダブリン近郊のリークスリップに広大な事業所を構え、アイルランドでは最大級の5,000人近い従業員を雇用しているほか、2019年から21年には70億ドルを投じてチップ製造を一段と強化しており、その一環として次世代の垂直統合型デバイス製造(IDM 2.0)モデルを採用した7nmチップの製造が予定されている*9。
アイルランドのミホル・マーティン首相は、こうした動きが「将来に向けた経済のグリーン化とデジタル化による繁栄」を目指すという政府の使命に合致すると歓迎している。また、アイルランド政府産業開発庁のマーティン・シャナハン長官は、こうした投資が「2030年までにデジタル化のビジョン達成を目指すEUにとってきわめて重要」と述べている。*10。
アイルランドはさらにマイクロエレクトロニクスに特化したテクノロジーセンターMCCI(Microelectronic Circuits Centre Ireland)をコークに設け、アイルランド政府産業開発庁およびアイルランド政府商務庁の財政支援のもとに、影響力の強い研究開発をダイアログ・セミコンダクター、クアルコム、アナログ・デバイセズなどの大手企業と共同で進めている。*11。
ダブリンに拠点を置くTHKのグループ会社THK Manufacturing of Ireland Ltd.
日本の機械部品メーカーTHKも、アイルランドにグループ会社を設けている。その副社長を務めるウォルフガング・エーデルミュラー氏によれば、アイルランドではスマートファクトリー化が進みつつあり、複雑な業務を合理化するテクノロジーを積極的に取り入れているという。
スマートファクトリーは、それまで人手に頼っていた多くのプロセスをデジタル化・効率化し、次世代のモノづくりへの転換を促している。アイルランドでは、たとえばリムリックに本拠を置くCONFIRMというパートナーシップ組織が工場向けのセンサーやロボットに特化した研究を行うなど、スマートファクトリー導入に向けた支援活動も展開されている*12。
こうした動きは、海外直接投資をアイルランドに呼び込むことにもつながるとエーデルミュラー氏は見る。知的財産の保護が不十分な国とは異なり、投資価値が損なわれないという安心感があるからだ。
「政治的に安定していて知的財産権が守られる国であれば、海外の投資家も完全自動化されたスマートファクトリーの導入に前向きになるでしょう。大切なのは、ビジネスリスクとカントリーリスクの両方に目を配ることです」(エーデルミュラー氏)
慎重さはもちろん必要だが、メイヌース大学で経済地理学を教えるクリス・ファン・エゲラート准教授によれば、アイルランドのソフトウェア部門の魅力は大学の持つポテンシャルの高さだという。革新的なテクノロジーを携えて大学からスピンアウトする企業も多く、海外投資家からの注目度も高い。そうしたスタートアップ企業の魅力はすでに実証済みだ。
たとえば、この10年間には海外投資家によるアイルランドのスタートアップ企業買収が相次いだ。これには光ファイバーソリューションのプロバイダーFirecommsや、半導体設計支援ツールを手がけるDuologなども含まれ、買収総額は1億ドルを超えるという*13。
このほか、革新的な半導体設計・製造のスタートアップ企業に関連した最近の動きとしては下記のような事例がある。
2016年には(高速に画像を処理する)ビジョンチップを設計するMovidius(モビディウス、2005年ダブリンで創業)が半導体大手の米インテルに買収されたこと、その2年後にはコークを拠点とする、高性能センサーのLiDAR(ライダー、光による検知と測距)製品などを手がけるSensL Technologies(センスル・テクノロジーズ)が車載画像センサーで世界的に高いシェアを誇る米ON Semiconductor(オン・セミコンダクター)に買収されたこと*14、 2020年にはアップルのサプライヤー企業で無線周波数(RF)ソリューションなどを提供する米Qorvo(カーボ)が、超広帯域無線通信(UWB、Ultra Wide Band)の高度な技術を持つダブリンの半導体ソリューション企業Decawave(デカウェーブ)を買収したことなどである*15。
アイルランド第2の都市コーク。アイルランドの教育の中心地で、2005年には欧州文化首都にも選ばれている
スタートアップ企業のハブもすでにいくつか立ち上がり、国内企業の新興を担うアイルランド政府商務庁(Enterprise Ireland)の支援を受けて、エレクトロニクス産業向けのソリューション開発への協力を進めている。
新興企業の伸びを受けて、実績ある先行企業も対抗する構えを見せている。その一例が、半導体の米Microchip Technology(マイクロチップ・テクノロジー)だ。同社はアイルランド第2の大都市コークに今後7年間で2,000万ドルを投資し、開発センターを新設して約200人を雇用する計画を2月に発表した。回路設計、ソフトウエアシステム設計、アプリケーション開発などの強化が狙いだ*16。
こうした優れたスタートアップ企業が続々と生まれているため、海外投資家はアイルランドから目が離せなくなっている。
コロナ後の世界ではおそらく支出に対する慎重姿勢がさらに強まり、投資先の選別も厳しくなると考えられる。とはいえ、将来さらなるグローバルな躍進を目指す日本企業にとって、アイルランドには確かな戦略的価値があると入山教授は言う。
「ITが世界をけん引する時代ですから、半導体ビジネスは今後さらに存在感を増すでしょう。ヨーロッパで半導体ビジネスを進める場合には、パートナーとしてアイルランドを検討するのは理にかなっています」(入山教授)
*1
https://www.fintechfutures.com/2017/07/softbank-gets-hard-for-data-powered-ai/
*2
https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-03-09/eu-sets-2030-goals-to-secure-tech-sovereignty-from-u-s-asia
*3
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/library/joint-declaration-processors-and-semiconductor-technologies
*4
https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/news/member-states-join-forces-european-initiative-processors-and-semiconductor-technologies
*5
https://www.cnbc.com/2021/02/11/how-covid-led-to-a-60-billion-global-chip-shortage-for-automakers.html
*6
https://www.rolandberger.com/en/Insights/Publications/A-path-to-success-for-the-EU-semiconductor-industry.html
*7
https://www.ft.com/content/37cf699a-1d5e-4dfd-be65-84682cb15532
*8
https://www.irishtimes.com/business/technology/intel-to-create-1-600-irish-jobs-under-global-expansion-plan-1.4518396#:~:text=Chipmaker%20investing%20%247bn%20in,years%20to%20end%20of%202021&text=a%20global%20expansion-,Intel%20will%20create%201%2C600%20high%2Dtech%20jobs%20and%20more%20than,and%20revive%20the%20company's%20fortunes.
*9
https://www.bbc.co.uk/news/world-europe-56508118
*10
https://www.idaireland.com/newsroom/plans-by-intel-welcomed-by-ida-ireland
*11
https://www.mcci.ie/about-us/
*12
https://confirm.ie/
*13
https://ic-resources.com/article/5-reasons-semiconductor-sompanies-are-choosing-ireland
*14
https://sensl.com/press-release-sensl-acquired-by-on-semiconductor/
*15
Decawave
*16
https://www.siliconrepublic.com/jobs/microchip-technology-centre-cork-engineering-jobs
アイルランド政府産業開発庁(IDA Ireland)は
アイルランドへ進出する日本企業をサポートします。
詳細はこちら >>>
ダブリンの中心部にあるアイルランド最大の教会、聖パトリック大聖堂
日本企業がアイルランドを
欧州進出の拠点とする理由
INDEX
Vol.1 テクノロジー企業編 トレンドマイクロ
アイルランドのシリコンドックスに
日本のテック企業が注目する理由
Vol.2 ライフサイエンス企業編 アステラス製薬
ライフサイエンスの最先端でも優位に立つアイルランド
Vol.3 半導体企業編
世界の半導体競争でアイルランドが強みを発揮する理由
Vol.4 ポストコロナ時代の海外直接投資
日本企業がアイルランドに注目すべき5つのポイント
Invest in Ireland - Japan 2019 (日本語版、1分15秒)
Ireland, the beating heart of Europe(日本語版、20秒)
2021.8.11
TikTok、グローバルセキュリティ強化に向けてアイルランド・ダブリンに
「Irish Fusion Centre」を開設
2021.5.26
アイルランド政府産業開発庁、ファイザー社の新型コロナウイルス
ワクチン原薬製造開始を歓迎
2021.4.7
サービスナウ(ServiceNow)社、EMEAでの拡大を継続しアイルランド、
ダブリンで300人の新規雇用を創出
2021.3.30
インテル(INTEL)社の拡張計画をアイルランド政府産業開発庁が歓迎
詳細はこちら ▶2021.2.26
武田薬品、ダブリン・グレンジキャッスル工場に3640万ユーロ投資へ
詳細はこちら ▶2020.11.20
TikTok アイルランドで事業を拡大、1年で社員数を20人から1100人へ
詳細はこちら ▶MCCIにはアイルランド政府産業開発庁およびアイルランド政府商務庁が財政支援している 写真提供:MCCI
お問い合わせ
アイルランド政府産業開発庁
東京都千代田区麹町2-10-7 アイルランドハウス2F
TEL:+81 3 3262 7621 FAX:+81 3 3261 4239
MAIL:idatokyo@ida.ie
日本企業がアイルランドを
欧州進出の拠点とする理由
日本企業がアイルランドを
欧州進出の拠点とする理由