【対談】日清食品ホールディングス 横山之雄氏×アビームコンサルティング 今野愛美氏

ESG(環境・社会・企業統治)が待ったなしの経営課題であることは間違いない。政府もESG経営を後押ししている。しかし、ESG活動が企業の業績にどう影響するのかは解明されていない。ESG活動を積極的に展開してきた日清食品グループでは、アビームコンサルティングをパートナーにしてESGと企業価値の関係性を明らかにするプロジェクトに取り組んでいる。ESGと企業価値向上の関係性を解明し、日本発「ESG経営モデル」の確立に挑む両社の共創で何が変わろうとしているのか。

ESGと企業価値向上の関係性を明らかに

--ESGという非財務的な取り組みを可視化して分析しようと考えたのはなぜでしょうか。

横山之雄 氏

日清食品ホールディングス株式会社
取締役 CSO グループ経営戦略責任者 兼 常務執行役員
横山之雄

横山 常に新しい食の文化を創造し続ける「EARTH FOOD CREATOR (食文化創造集団)」として、環境・社会課題を解決しながら企業としての持続的成長を果たします。

 2020年4月には持続可能な社会の実現と企業価値の向上の両立を実現する「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」という環境戦略を策定し、そこでは資源の有効活用へのチャレンジと気候変動問題へのチャレンジの2つの柱を立てました。

 こうしたESGの課題に対する取り組みについては一定の評価を得てきましたが、投資家との間に定量的に効果を説明する軸というものが存在しませんでした。ESGへの取り組みが本当に企業価値の向上につながっているかという疑問を解消するためにも相関関係を明らかにしたいと考えたのです。

今野愛美 氏

アビームコンサルティング株式会社
デジタルプロセスビジネスユニット FMCセクター
シニアマネージャー
今野愛美

 参考になったのが、非財務資本と企業価値の関係性を明らかにする分析モデルである「柳モデル」です。それを活用しながらさらに一歩踏み込んで、なぜそういう結果が出たのかというESGの活動が企業価値と結びついていくストーリーについても分析したいと思い、柳モデルの知見を持つアビームコンサルティングに声をかけました。

今野 柳モデルについてはすでに手法としてとりまとめていましたし実績も増え始めている頃でした。ただ、ESGの活動と企業価値とを結びつけるストーリーの解明についての発想はあっても実践はこれからというところでした。お声をかけていただいたときはチャレンジできるチャンスだと思いました。

指標の評価だけではなく価値創造のストーリーを

--具体的にはどこからアプローチしたのでしょうか。

横山 まずESGの課題に関連する指標を270くらい選定して企業価値との関係性を明らかにする一方で、それぞれの価値の関連性を分析し、財務指標にどうインパクトを与えるのかというストーリーを仮説検証しながら整理していきました。この「価値関連性分析」は私たちのオリジナルです。

今野 日清食品グループでは以前から長期にわたって数多くのESG投資を行い、それによって目指す姿が言語化されていたことが功を奏しました。ピックアップした要素に対してデータを分析し、価値の連鎖があると想定されるものを結びつけてビジュアル化していきました。

横山 2020年12月から4カ月かけて可視化に取り組んだのですが、要素の絞り込みやデータの可視化の部分ではいろいろとアイデアを出してもらいました。

日清食品グループが行った「価値関連性分析」の一例

シェアホルダー価値:ESP成長、PER増大(マルチステークホルダー価値との一致度明確化=CSV経営の高度化)

ESG指標と企業価値の関係性だけでなくESG指標同士のつながりも可視化した

--プロジェクトを通してどのような結論が得られたのでしょうか。

横山 柳モデルを使った分析では、分析に用いたESG指標270項目のうち多数の項目が企業価値の向上につながっていることがわかったことです。例えば研究開発費を1%増加させると7年後の企業価値が1.4%増加し、CO2排出量を1%減らすと8年後には企業価値が1%増加するという関係性が明らかになりました。

 価値創造のストーリーについてはすべてを表現すると混乱するので、エネルギー投入量の削減がどう売上増大に結びついていくのかなど、いくつかをピックアップして相関関係を見ていきました。今後はその部分をより精緻化していく必要があると考えています。

今野 多くの日本企業がESG経営に取組み、企業価値の向上への寄与を期待されているものの、その可視化に注力し、かつ実際ここまで具現化できたのは初めてのケースだと思います。可視化は困難だとの思い込みでそもそも取組みに着手しない場合や、着手した場合でも企業価値向上に向けたパスウェイが企業全体で未統一な場合や定量データが不足している場合など、多くの困難さが潜んでいるのが本領域です。

横山 確かにある程度の想定はしていましたが、実際にESGが企業価値の向上に貢献していることが定量的に確認できたことは大きな自信になりました。価値関連性分析まで到達できたのは想定以上の成果です。

横山之雄 氏 今野愛美 氏

精緻な分析で持続的成長のための価値提供を強化

--ESGと企業価値の関係を可視化することでどんな変化が起きてくるのでしょうか。

横山 ESGやSDGs(持続可能な開発目標)の背景にあるのは、株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換です。企業として株価や売上を上げるだけでなく、地球や社会に貢献することが持続的な成長につながります。重要なのは企業価値を向上させて、持続的に成長するための新たな価値提供を行っていくことです。

 そのためにはデータ項目を増やして俯瞰型の分析を継続していくとともに、価値関連性をより精緻に把握するために、アビームコンサルティングとタッグを組み、より踏み込んだ形の分析、「Value Tree Analytics」を行っていこうと思っています。

今野 価値関連性分析によって日清食品グループが思い描いているストーリーをファクトで語ることは達成できました。一方で、もう一歩踏み込まないとどの施策にいくら投資するのかという意思決定を導き出すことができません。

今野愛美 氏

「大変難しいチャレンジですが、施策への投資と効果の関係を明らかにすることで、
より強固なサステナブル経営が実現できると考えています」

 そこでさらにスコープを絞り込み、施策単位で想定している効果が得られているのかを分析するValue Tree Analyticsをご提案しました。大変難しいチャレンジですが、施策への投資と効果の関係を明らかにすることで、より強固なサステナブル経営が実現できると考えています。

横山 企業を取り巻く経営課題は大きなテーマでくくっても100以上あるでしょう。それをブレークダウンすると途方もない数の施策に結びつきます。当然、すべてを行うことは困難ですから、優先順位を付けていく必要があります。Value Tree Analyticsによって効果的に絞り込みができるようになると期待しています。

世界に向けて発信できる日本発のESG経営モデルを

--非財務指標と企業価値の関連性を考えるうえで重要なポイントは何でしょうか。

横山 ストーリー性を現実のものとして数値化していくことが大事です。一つの施策が数値で裏打ちされ、その施策は常に生まれてくるので永遠に続くジャーニーです。それを続けていくことでもう少し法則性もわかってくるはずです。そうなればより効率的に価値創造に結びつく活動が行えます。大変困難なチャレンジですが、そこには無限の可能性があると感じています。

横山之雄 氏

「大変困難なチャレンジですが、そこには無限の可能性があると感じています。
日本発の新たな経営モデルとして世界に発信していきましょう」

今野 多くの企業はルールがつくられるのを待っていて、他社が取り組んだ結果を見てから動き出しますが、日清食品グループは企業として主体的に率先してチャレンジしているところが素晴らしいと思います。常に新しいものを生み出してきた企業文化があり、経営者の強力なリーダーシップがあるからこそできることです。

 価値関連性分析やこれから取り組むValue Tree Analyticsは世界的にみても初めての取り組みです。私たちは柳モデルの推進を通し、ESGの活動が企業価値向上に寄与していることを定量的に可視化することができ、またその実績は多様なステークホルダーの信認に値することを目の当たりにしてきました。そこで得た「企業が持つ非財務データ」を対象に、より詳細な分析と幅広い活用シーン、そしてそれらによる新たな価値創造の機会を提供できると考えています。新しいチャレンジを一緒にできることを大変うれしく思っています。

横山 アビームコンサルティングは日本発のコンサルティングファームとして新しいことに取り組んできました。ESGの分野でもDigital ESGを打ち出していますし、素晴らしいエバンジェリストであり、私たちにとっては素晴らしい共創パートナーでもあります。

 今回のチャレンジは日本発のユニークな取り組みです。ESGによって企業価値を向上させる法則を一緒に見いだし、日本発の新たな経営モデルとして世界に発信していきましょう。

横山之雄 氏 今野愛美 氏

profile

横山之雄

1979年、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。同行の執行役員渋谷支店長を経て、2008年に日清食品(現日清食品ホールディングス)に入社。2021年3月まで取締役・CFO 兼 常務執行役員として財務部門を統括し、日清食品グループのグローバル展開を実現する強固な財務基盤の構築やシステム活用による効率化を実現。2021年4月より取締役・CSO 兼 常務執行役員に就任。

今野愛美

2006年アビームコンサルティング入社。国内外の企業や組織に対してコンプライアンス、財務経理、リスクマネジメント業務の改革や教育・意識改革プログラムの策定プロジェクトに数多く従事。現在は企業価値向上のための取り組みの一つとしての非財務情報の活用をデジタルでリードするサステナブル経営支援、Digital ESGのサービスリーダーを務める。

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