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コロナ禍が企業に迫る
「戦後」のマインドセット変革

デジタルマーケティングの明日(1)

早稲田大学ビジネススクール教授 内田和成

フォト:内田和成教授

早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 内田和成教授

新型コロナウイルスがもたらした「新常態(ニューノーマル)」。そして同時に進むデジタルトランスフォーメーション(DX)。事業を取り巻く環境の劇的な変化に企業はどう立ち向かえばいいのか。日本経済新聞社が新設する「NIKKEI BtoBデジタルマーケティングアワード」の審査委員に、これからの取引先との向き合い方や企業の在り方について聞いた。第1回は審査委員長で早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)の内田和成教授。

――新型コロナは企業にどのような変化をもたらしていますか。

「イノベーションというと技術の進化あるいは技術革新と受け止められがちです。それを否定はしませんが、実は人々の心理的な変化が非常に大きなファクターとなり、これが構造変化をもたらしたり、イノベーションにつながったり、社会の変化につながるのではないかと考えています」

「必ずしもこの順番とは限りませんが、人が変わり、企業が変わり、社会が変わり、国が変わり、世界が変わるというのが私の見方です」

「例えばこれまでの企業社会では、実力主義、成果主義が正しいとされてきました。しかし今は、仕事で認められることよりも、家族や親しい人の健康や幸せについてのプライオリティー(優先順位)が高まっています。こうしたことは非常に大きな変化だと思います。個人のマインドセット(思考様式)が変わることで、結果として、社会や企業が変わってくるのではないでしょうか」

「企業にもマインドセットがあると考えています。これまでは、コストや効率が重要視されてきました。しかし、コロナ禍により、存続することが前提であり、持続することの重要性が認識されるようになりました。これにより、さまざまな面で、大きな見直しの動きが起きてくると思います」

いま一度「企業は誰のためにあるのか」を考える

「まず、ステークホルダー(利害関係者)との関係やプライオリティーの見直しが求められるでしょう。すでに米国でも株主至上主義の見直しの動きがあります。企業は誰のためにあるのかということをいま一度、考えなければならないステージを迎えているのではないかと思います」

「企業と従業員の関係もしかりです。これまでは優秀な従業員をそれに見合う待遇で雇うことがよしとされてきました。しかし、従業員とともに歩むという姿勢の企業があって当然ですし、今後はそちらに少し振れるのではないかと思っています」

「取引先との関係の見直しも進むでしょう。これまでは品質、コスト、納期といった点ばかりが重視されてきましたが、困ったときにどれだけ互いに助け合えるかという、昔ながらのような関係が重要視されるのではないでしょうか」

「ただ、かつての系列のような固定的な関係では、コスト高を招き競争に勝てません。長期にわたって付き合いたいと思える取引先と組みながらも、競争を勝ち抜くコストや効率をどう実現していくか、両者が考えなくてはならないというのが、新しい取引のあり方だと考えています。もしかしたらメインバンクが再評価されるかもしれません。いろいろな意味で長期的な取引が重要になってくるでしょう」

「顧客との関係でも同様です。何があってもその会社の製品を買い続けてくれる、あるいは価格が高くても会社の考えに共感するから買い続けてくれるような、そんな関係が非常に大事になってくるのではないでしょうか」

内向き志向とグローバル志向

「もしかしたら企業より前に社会が変わるのかもしれません。すでにバーチャル志向が強まっていますが、バーチャルになればなるほど、人と人とのつながりをどのようにつくり直し、再定義していくのかということも課題となるでしょう」

「また、小さなコミュニティーのプライオリティーが高まるのではないでしょうか。自分や家族、親しい人たち、地域へより重きを置くようになっていくのではないでしょうか。こうした内向き志向とこれまでのグローバル志向がどのように折り合っていくのか、注目しています」

「ソーシャルディスタンス(社会的距離)は非常に難しい問題です。特に懸念しているのはサービス産業への影響です。サービスの特徴は生産と消費が同時に行われることにあります。つまり在庫がきかない、つくりだめができないのです。供給者と消費者がその場に同時に存在するからサービス業なので、かなりの確率で接触しなくてはなりません。新型コロナにより、サービス業が厳しい局面に立たされることは不可避的といえます。今後、新しいサービスのあり方が問われるでしょうし、イノベーションが必要となるでしょう」

――このような大きな変化の時代、リーダーには何が求められると思いますか。

「最近出版した『リーダーの戦い方 最強の経営者は「自分解」で勝負する』(日本経済新聞出版)でも書きましたが、平時のリーダーと戦時のリーダーは異なります。我々が置かれた現在の状況は、明治維新、第2次世界大戦後の日本に近く、これまでの価値観では対応できないと思います」

リーダーに求められる「内省」

「これまでの人たちが自らのやり方を変えることは難しいでしょう。であれば、現在のリーダーは自らが適任かどうかも含めて、内省しなければなりません。今日をどう戦い抜くかと、戦後どうするかを同時に考えなくてはいけないのが今のリーダーなのです」

「パラダイムを変える人は、古い枠組みの下では変わり者扱いされ、組織で優遇されないことが多いはずです。ちょっと変わっていたり、度胸があったり、火事場で力を発揮しそうな人材を見いだして、活用することが今のリーダーには求められるでしょう」

「不確実性が高い今、1つのシナリオに依存した戦略は危険です。予測が外れた場合、甚大な被害を受けます。いろいろ考えたり、データを集めたりしても、それに依存して予定調和で進んでいくのではなく、何が起きてもおかしくないという前提で、物事にあたることが必要です」

「様子が見えるまで待った方がいいという態度が一番危険です。ただ、行動したからといって、必ずしもそれが成功するとは限りません。であれば、覚悟を持って行動することがリーダーには求められます。世間がどうであろうと我が社のあるべき姿はこうだとか、顧客に対してはこういう形で貢献するとか、環境が多少変わろうとも信じる道を進むリーダーが必要とされるでしょう」

――自分なりの解、シナリオの確度を高めていくためにはどうしたらいいのでしょうか。

「『パーソナルコンピューターの父』と呼ばれたアラン・ケイはこう言っています『未来を予測する最良の方法は自らそれをつくり出すこと』だと」

成功への近道「信じたものをつくり上げる」

「こういう未来にしたいとか、会社をこうしたいとか、そういう思いを貫くことで、新しい変化を起こしたり、変化に対応したりして、企業は生き延びることができるのだと思います。もし、それが外れたら、運が悪かったと諦めるしかないでしょう。未来は絶対的に予測できないのですから。だとすれば、これが一番に違いないとか、こういう会社にしたいとか、こうして社会に貢献したいということを決めて、そちらへと向かって行くべきなのでしょう」

「世の中が全部変わらなくても、自分たちの考えに共鳴してくれる顧客や従業員、取引先が何パーセントかでもいれば、大抵の企業は成り立ちます。未来を予測するよりは、自分の信じたものをつくり上げていく方が、成功確率は高いのではないでしょうか」

フォト:内田和成教授

内田和成・早大ビジネススクール教授 東大工卒。慶大大学院経営管理研究科修了(MBA)。日本航空を経て、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)へ。2000年6月から04年12月までBCG日本代表。06年「世界でもっとも有力なコンサルタントのトップ25人」(米コンサルティング・マガジン)選出。同年から現職。著書に「異業種競争戦略」「ゲーム・チェンジャーの競争戦略」「リーダーの戦い方」(日本経済新聞出版)など。

――企業のマーケティング活動はどのように変わっていくのでしょうか。

「マーケティングも『戦時』と『戦後』を分けて考える必要があるでしょう。今現在、どのようにマーケティングを展開するのかは当然大切です。しかし、コロナ後にどのようなマーケティングを展開していくのかを考えることはより重要だと思います」

まずは「ミッション」の見直しを

「ここでもまず考えるべきは、ミッション(社会的使命)の見直しです。そもそも自分たちの会社が何のためにあるのか、誰のために何をするのかということです」

「次がステークホルダーの見直しでしょう。これまで、マーケティングのほとんどは顧客や消費者を向いていました。B to B(企業間取引)では取引先でした。しかしこれからは自分たちが一番大切だと思う対象やセグメントをもう一度考え、それに照準を当てたマーケティングの展開が必要となるでしょう。その対象が特定の集団や地域だったら『ソーシャルマーケティング』に、社員や取引先なら『インターナルマーケティング』となります」

「こうした言葉は以前からありましたが、新型コロナと向き合う今こそが、もう一度最も大事なステークホルダーは誰なのかを突き詰めて考え、改めてマーケティング戦略をつくり直すよい機会なのではないでしょうか」

(平片均也)

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