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「いい商品」の定義を変える
企業に問われる存在意義

デジタルマーケティングの明日(2)

クー・マーケティング・カンパニー代表 音部大輔

フォト:音部大輔

クー・マーケティング・カンパニー代表 音部大輔代表

新型コロナウイルスがもたらした「新常態(ニューノーマル)」。そして同時に進むデジタルトランスフォーメーション(DX)。事業を取り巻く環境の劇的な変化に企業はどう立ち向かえばいいのか。日本経済新聞社が新設する「NIKKEI BtoBデジタルマーケティングアワード」の審査委員に、これからの取引先との向き合い方や企業の在り方について聞いた。第2回はクー・マーケティング・カンパニー(東京・渋谷)の音部大輔代表。

――マーケティングの役割について、どのように考えていますか。

「日本マーケティング学会などはマーケティングの定義について『企業及び他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動』と提唱しています。つまり、市場創造のための総合的活動がマーケティングなのです。市場創造とは何かというと、『いい商品』の定義が変わることだと私は考えています。洗剤であったり、車であったり、こうした定義の変化は頻繁に起こっています。ある商品カテゴリーで首位が入れ替わるのは、『いい商品』の定義が変わったときなのです」

「どんなに優れた営業や独創的な商品開発であっても、それだけでは『いい商品』の定義を変更することは難しく、ここにマーケティングが介在する必要があります。Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)の4P分析やコミュニケーションなど、さまざまな手法を駆使して市場を創造する。それがマーケティングなのです」

「新しい価値」を提案し、受け入れてもらう

「これはB to C (消費者向け取引)に限らず、B to B(企業間取引)でも同じです。顧客自身が探し求める商品について、完全なスペック、完全な定義を持っているとは限りません。さまざまな重要項目のなかで、どれが最も重要か決めあぐねている場合も少なくないでしょう」

「ビジネスの目的は新しい価値として『いい商品』を提案し、受け入れてもらうことにあります。顧客にとって何がいい商品なのか、という点に創造の余地があるのなら、マーケターがそこに立ち入っていくべきでしょう。つまるところ、『顧客に提案を受け入れてもらえるようなかたちで「いい商品」を定義し、市場を創造する』、これがマーケターに求められる役割なのです」

――新型コロナは企業の在り方にどのような影響を与えたと考えますか。

「あらゆる商品、生活は人と人の間に立脚しています。その人と人の間に新型コロナウイルスが割って入り、感染拡大防止のために、直接会えなくなるなど、人びとの生活に甚大な変化をもたらしました。これから、社会や企業にどのような変化が起きるのか、ということは、消費者にどういう変化が起きるかの延長線上にあるのだと思います」

このままであるはずがない

「私はこのままであるはずがないと考えています。なぜなら、ほとんどの購買行動の源泉が特定の誰か、あるいは不特定の誰かに会う、というところに立脚しているからです。それを実現する技術やサービス、商品を生み出すことができたら、それはとても有利なことですよね」

「人と人の間に入り込んだ新型コロナを取り除くか、あるいはウイルスがあっても大丈夫な疑似的な接触を実現するか。ワクチンもそうだし、マスクもそうでしょう。デジタルもそうですよね。デジタルは計測可能性が強みとされてきましたが、非接触の重要性が高まってきました。何かそういったアプローチに介在するビジネスというのが、伸びてくるかもしれません」

「『新型コロナでビジネスがうまくいっていない』という話をよく耳にします。しかし、これは新型コロナという現象と、ビジネスが落ち込んでいるという現象を結びつけているだけで、分析になっていません。コロナ禍のどのような事象がビジネスの劣化につながっているのかが、分からなければ、立て直すことができません。コロナ禍のどの部分が消費者に変化をもたらして、その消費者の変化がどのようにビジネスに影響したのか――というように、消費者の認識や行動を介したメカニズムで説明できる必要があります」

――企業が変化していくにはよりどころが必要となるのではないでしょうか。

「いわゆる『パーパス(目的)』ですね。私は大義と呼んでいます。企業の存在目的は存在し続けることにあります。ついつい利益をあげることが目的だと考えがちですが、存在しなかったら利益もなにもあったものではありません。存在し続けることが重要なのです」

激動期こそ大切な「パーパス」

「生き永らえるためには利益を出さなければなりません。しかし、それだけでは会社は成立しません。なぜそのビジネスをやり、それによって世の中にどう役に立つのかという存在意義がパーパスなのです」

「パーパスは激変期には特に大切です。現代は、そしてほぼいつの時代も『VUCA(ブーカ=変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代』だといえます。嵐が過ぎ去るのを待つという選択肢は現実的でありません。不確実な状況の下、意思決定しなければならないときに助けになるのがパーパスです。パーパスに従っている限り、大きく外すことはないといえると思います」

――変化の時代を迎え、B to Bのデジタルマーケティングはどのようにあるべきだと考えますか。

「本質的にはB to BもB toCも変わらないと思います。対象が不特定多数なのか特定の人なのかの違いはあれ、人の意思決定を促すという意味では同じです。B to Cマーケティングで陥りがちな勘違いの最たるものが『消費者が答えを知っている』という神話です」

「何が欲しい」と尋ねても答えは出てこない

「1980年代ならそうだったかもしれません。欲しい商品がまだ実現されていなかったり、値段がまだまだ高かったり。しかし、いまは通用しません。『何が欲しいですか』と尋ねてもおそらく答えは出てきません。『こういうものがあったらうれしいのではないか』ということを、先回りしなければならない時代になっているのです。同様のことが、B to Bでもはじまっているようにも思います」

「デジタルは使い勝手のよい武器です。質問よりも行動観察の方がうまく機能することが多いです。ただデータは解釈する必要があります。数値を示しても、単位と比較対象がなければ、多いのか少ないのか、増えているのか減っているのかもわかりません。きちんと解釈するには、数値の変化を見なければなりません」

――コロナ下、デジタルは人びとの働き方も大きく変えようとしています。

「テレワークなどで会社に出勤せずともよくなったことは大きな変化です。これまでは会社での非公式でカジュアルなコミュニケーションが人を育ててきたように思います。それが顔を合わせたミーティングがなくなり、雑談もなくなりました。これまでの人材育成の手法が通用しなくなったのです」

フォト:音部大輔

音部大輔 クー・マーケティング・カンパニー代表 日米P&G、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、資生堂などで、マーケティング担当副社長やCMOとしてマーケティング組織を構築・指揮。2018年より現職。博士(経営学 神戸大学)。日本マーケティング学会 理事。NIKKEI BtoBデジタルマーケティングアワード、日経BPマーケター・オブ・ザ・イヤー審査員。著書に「マーケティングプロフェッショナルの視点」(日経BP)など。

「これから何が必要かというと、おそらくパーパスを具現化するために、どういうスキルが必要かを明確にして、そのスキルリストに対して、今はどこまでできて、さらに習得するには何をすべきかなど、可視化された理知的な手法が求められるのでしょう。最初は手間がかかることですが、いつかはやらなければならなかったことだと思います」

「人材の流動化が加速しています。人材の流動化には、求めるスキルを明確にしなければ採用しにくいでしょう。これからはジョブディスクリプション(職務定義書)を規定したり、スキルリストを整備したりすることが不可欠になると思います」

――混迷の時代を勝ち抜くため企業は何をなすべきでしょうか。

「どのような状態が『強い』のかというと、資源が豊富にある状態が強いのです。ビジネスでもスポーツでもそうです。何か目的を達成しようするなら、資源優勢であれば負けようがありません。資源優勢を常に探すことです。『Fail fast, learn a lot (誰よりも早く失敗し、多くを学ぶ)』という言葉がありますが、一発目で当たらなくても2発目で当たるようにしておけばいいのです。1回目は実験として、当たりをつけてから、資源を投入するといった具合です。実験プランを常に走らせておくことは有効でしょう」

(平片均也)

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