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コロナ禍が進めるDX
社内に眠る顧客データの活用を

デジタルマーケティングの明日(3)

シンフォニーマーケティング社長 庭山一郎

フォト:庭山一郎

シンフォニーマーケティング社長 庭山一郎氏

新型コロナウイルスがもたらした「新常態(ニューノーマル)」。そして同時に進むデジタルトランスフォーメーション(DX)。事業を取り巻く環境の劇的な変化に企業はどう立ち向かえばいいのか。日本経済新聞社が新設する「NIKKEI BtoBデジタルマーケティングアワード」の審査委員に、これからの取引先との向き合い方や企業の在り方について聞いた。第3回はシンフォニーマーケティング(東京・千代田)の庭山一郎社長。

――新型コロナウイルスは企業活動にどのような変化をもたらしましたか。

「世界で多くの方々が被害に遭われている不幸なことなので軽々にはいえませんが、ことBtoB(企業間取引)マーケティングに限れば、新たな局面を迎えているといえるかもしれません」

「日本の経営者もBtoBマーケティングの必要性に気づき始めています。しかしこれまでは、持続的な景気回復を背景に、営業の現場は新規顧客の開拓に困っておらず、BtoBマーケティング普及の大きな壁となっていました。新型コロナウイルスの感染拡大がこうした状況を一転させたのです。ある意味でBtoBマーケティング、すなわち営業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)を一気に実現するチャンスだと思います」

「企業が何も手をつけていない段階だったらいざ知らず、幸い日本でも2014年ごろから、マーケティングオートメーション(MA、マーケティング活動の支援システム)の導入が始まり、各社にマーケティング部門が設けられるなど、多くの企業で基本的な機能や組織は整ってきました。これらをつないでマーケティングの仕組みをつくることができれば、DXを非常に強力に推し進めることができるはずです」

インパクトが大きかったリーマン・ショック

――こうした変化は2011年の東日本大震災や08年のリーマン・ショックなどでの変化とは異なりますか

「東日本大震災がBtoBマーケティングに与えた影響は大きなものではありませんでした。サプライチェーン(供給網)の重要性を改めて認識させるものではありましたが、DX的な変革には結びつきませんでした。日本企業へのインパクトとしては、むしろリーマン・ショックの方が、『系列』を崩したという点で大きかったと思います」

「例えば、大手自動車メーカー系列の部品会社には売上高1000億円、従業員5000人にもかかわらず営業担当者は5人という企業もありました。製品は全て買い上げてもらえていたのですから当然です。ところが、リーマン・ショック後、親会社から自分たちで新たな取引先を開拓するように求められたのです」

「突然、営業活動をしなくてはならなくなったのですが、どうしていいのかわからず、どこへ行ったらいいかもわからない。そこで、BtoBマーケティングが注目されるようになったのです」

「当社は1990年設立ですが、リーマン・ショック前は顧客の9割は外資系企業でした。それがいまでは顧客の8割が日本の大手製造業となりました。リーマン・ショック後、各社がBtoBマーケティングに取り組んできました。明確な経営戦略のもとで、マーケティング、営業、ものづくり部門が連携して取り組むことができれば、日本は一気にデジタル強国になれるはずです。何か起爆剤さえあれば、十分に世界に追いつける土台はあります。リーマン・ショックよりも今回の方がインパクトは大きいと思います」

――展示会の開催や対面での営業活動が難しい状況が続くなか、企業はDXを推し進める必要があります。

「DXを実現して売り上げに貢献するには、部分最適を全体最適につなぎ直すことが不可欠です。例えば、展示会や営業は対面であろうが非対面であろうが、実はさほど重要ではありません。BtoBマーケティングで、見込み客を獲得するための『リードジェネレーション』というプロセスがあります。その見込み客のデータを集めるチャンネルの一つが展示会なのです。オンラインという代替手段もありますから、開催が難しいとしても大きな問題ではありません」

「むしろ重要なのは社内に蓄積された見込み客のデータです。営業担当者が集めたり、過去の展示会で集めたりしたものなど、大手企業なら優に100万件を超えるでしょう。名寄せしたり、企業などの属性で整理したりしてもおそらくは数十万件。仮に30万件として、これにメール配信してCTR(クリック率)が4%なら1万2000件。スコアリング上位の200件に電話をすれば25%以上の確率で、すなわち50件のアポイントメントが取れるでしょう。毎月1回メール配信するだけで年間600件のアポイントを獲得できる計算です」

「俺の客」問題に要注意

――今回は自社に眠っているデータを見直すきっかにもなりますね。

「同じ展示会に10年間続けて出展している企業も少なくないでしょう。実は直近の来場者リストよりも10年前のリストから案件が出ることも多いのです。日本の展示会に訪れる情報収集係の多くは20歳代半ばの若手です。ということは10年前の来場者はいま30歳代半ばです。つまり課長や課長補佐など、稟議(りんぎ)を起案するメインターゲットになっているはずなのです」

「展示会が開かれないなか、新たな見込み客の情報は他の手段で集めるしかないでしょう。しかし、過去の価値ある情報を眠らせてはいませんか。それに余った資金を投じれば、どれだけ富を生むかわからないですよね」

――そもそもどれだけの企業で名刺情報をきちんと管理できているのか疑問です。

「日本企業の弱点ともいえるのが営業部門の影響力が強いことです。営業部門はデジタル化していない名刺を山のように持っています。なぜかというと自分の大事な顧客だからです。『俺の客』問題と私は呼んでいます。『勝手にメールを送るな』『名刺はコピーさせない』などと言われて、マーケティング担当者が困り果てることが多いようです。しかし、これは完全にガバナンスの問題です。本気でマーケティングを強化しようと思うなら、『全社のデータを統合管理する』と経営トップが号令をかける必要があります」

――海外はABM(アカウント・ベースド・マーケティング)が先行しています。

「ABMは世界のBtoBマーケティングで主流になりつつあります。ABMの定義は『ターゲットアカウント(標的とする企業)からの売り上げを最大化する』ことです。『最大化』というのは、既存顧客にこれまで売ってこなかった製品を買ってもらう、未導入の事業所に採用してもらうということです。つまりは『競合が入り込む余地を排除する』ということです」

「ABMは米国のコンサルティング会社、ITSMAが提唱したもので、2013年ごろから世界的に注目されるようになりました。日本でやや曲解されているきらいがあります。例えばインターネット上の住所にあたるIPアドレスから企業を特定して、リターゲティングすればABMである、などです」

「日本でABMの普及が進まない理由には、営業の位置づけが欧米とは根本的に違う点にあるのではないでしょうか。欧米では基本的に営業はセールスレップ(販売代理人)です。プロのセールスだからルールは守る。その代わり会社に対するロイヤルティー(忠誠心)はさほどなく、社内の勢力争いには足を踏み入れない。一方、日本の経営トップは技術部門や管理部門の出身者が多いため、営業部門に対してやや遠慮があるように思えます。それが一つの原因になっているのかもしれません」

求められるマーケティングの基礎知識

「日本企業のBtoBマーケティングで最大の問題はマーケティング部門が社内で孤立していることです。社内でのマーケティングに対する理解が低く、他部署から見ると何をやっているかわからない集団にみえているのかもしれません」

「例えば『STP分析』や『イノベーションのベルカーブ』『ホールプロダクト』『キャズム』などのマーケティングのフレームワークは、米国では営業職、研究職にかかわらず管理職以上であれば基本的に全員が理解しています。ただ、日本では違います。いままさに、経営層はもちろん、マーケティング部門以外の人にもマーケティングについての基礎的な知識が求められています。これがなければ本質的なABMを実行することはできないからです」

フォト:庭山一郎

庭山一郎 シンフォニーマーケティング社長 1962年生まれ。中央大学卒。1990年9月、シンフォニーマーケティング設立。数多くのマーケティングプロジェクトを手がけ、97年からBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティングサービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。

「米国に比べると日本ではMBA(経営学修士)を取得する人はまだ少ないのが実情です。MBAを取得するためのビジネススクールは、士官学校に例えられます。十数人の小隊からはじまり大部隊に至るまで、指揮を執る人は戦術や戦略、ロジスティックなど、基礎的なことを習得している必要があります。マネジメントも同様です。MBAはトップマネジメントを育てるものであり、専門特化した領域はありません。ただ、マーケティングからファイナンスまで幅広い基礎知識が必要になります。だから部隊を指揮できるようになるのです。往々にして日本のマネジメント層にはこれが不足しているといえるでしょう」

「経営者がマーケティングを理解していないと、全体最適な仕組みをつくることはできません。例えば、来期の売上高を300億円積み増すとして、8割の240億円は既存顧客で、残り2割の60億円をマーケティング由来でつくるとした場合、案件単価から必要な案件数を導き出し、減衰率も勘案した上で、逆引きでマーケティング活動を設計して、必要なリード数(見込み客数)を算出します。そして蓄積した見込み客データを基点にナーチャリング(見込み客の育成)を行い、ターゲットを絞り込むことにより必要な案件を出していくのです。このマーケティングの仕組みを設計、構築できていない企業が大多数なのです。これからの時代、経営者がマーケティングというものをしっかり腹落ちさせることが不可欠です」

(平片均也)

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