NIKKEI FT Communicable Diseases Conference
第10回 日経・FT感染症会議〈Special 5 Session〉

感染症に強い社会へ感染症に強い社会へ

Special Session 4.Special Session 4.
ギリアド・サイエンシズ

我が国におけるエイズ流行終結に向けたロードマップ
-エイズ予防指針改正を見据えて

国連合同エイズ計画(UNAIDS)が宣言した「2030年エイズ終結」という目標に向け、世界中で取り組みが進んでいる。日本でも各種対策が講じられて効果が上がっている一方、予防や早期治療、検査体制、政府と当事者、市民組織との連携など課題も少なくない。それらの解決が今後の対策の効果を高め、エイズ終結への流れを加速するとともに、社会の理解、政治的リーダーシップ、制度改革、偏見の撤廃などにつながると期待される。

早く、広く、エイズ終結へ

荒木 裕人氏
厚生労働省 感染症対策部
感染症対策課長
荒木 裕人

予防指針
24年夏前改正

HIV/エイズは感染症の一つであり、感染症法に基づき、感染症のうち、特に総合的に予防のための施策を推進する必要があるものとして、後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針(いわゆるエイズ予防指針)が、定められている。

エイズ予防指針は、法律に基づき、各分野の有識者が参集する厚生科学審議会の意見を聞き、作成する。原則5年ごとに見直しが行われ、今年度中に次の改正に向けた議論がスタートする。今後、年明け早々に指針の検討をするための審議会の下にある小委員会を開催して議論を進める。関係省庁とも調整し、パブリックコメントを経由して、来年夏前には改正指針を示したい。市民団体の意見も着実に反映していきたいと考えている。

国内の新規エイズウイルス(HIV)感染者やエイズ患者は2013年をピークに減少し、感染者の生命予後も改善したが、30年終結に向けた新規発生を抑制できるかは楽観できない。いまだエイズ発症によってHIV感染が判明した人の割合が約3割と高く、早期発見に向けて対策が必要だ。患者、当事者団体も含め、社会全体で総合的なエイズ対策を進めることが重要である。具体的には発生動向調査を強化する一方、保健所や医療機関などでの検査を拡大していく。総合的な医療体制を確保し、医薬品の円滑な供給を推進していかなければならない。偏見や差別撤廃への努力も続けていくことが大切だ。

今村 顕史氏
がん・感染症センター
都立駒込病院/感染症科 部長
今村 顕史

受検ハードル
下げる工夫を

エイズ終結にはUNAIDSが目標とする「95-95-95」の達成が必要だ。そのための治療やケアの入口が検査である。日本では検査目標の達成が厳しく、残り10%をいかに引き上げるかが課題となっている。新型コロナウイルス感染症のまん延で保健所の無料匿名HIV検査が影響を受けたことも新たな問題となった。

日本ではハイリスク層と一般の方へ向けた検査を分けて考えることが大切だ。ハイリスク層は〝治療による予防(TasP = Treatment as Prevention)〟が中心となる対象者なので、相談体制や支援団体との連携が必要だ。

一般向けは日本の特性を反映して検査数がなかなか増えない現状にある。検査はHIV・エイズを知る機会と捉え、社会的啓発の役割を意識しながら体制を整えることが重要だ。特に従来、受検勧奨が十分に届かなかったハイリスク層、つまり地方在住・高年齢層・関心の薄い若年層のMSM(Men who have sex with men)、そして外国籍の感染者などへの検査では受検ハードルを下げる工夫がいる。

郵送検査を活用するためには、法律、精度管理、検体回収率など解決すべき課題は多い。HIVの早期診断のためには無症状者への検査推奨も必要だ。特にハイリスク層へは検査手法だけでなく、検査と予防につながる啓発、相談体制、陽性確定後の医療機関への紹介・連携なども大切である。従来の効果的な検査体制を維持しつつ、新たな検査体制の構築が求められる。

谷口 俊文氏
千葉大学医学部附属病院/
感染制御部・感染症内科/准教授
谷口 俊文

早期の治療開始へ
制度改革が必要

早期治療とは、世界保健機関(WHO)の定義によれば「診断から7日以内の迅速な抗レトロウイルス療法(ART)の開始を提供すること」である。そのメリットとしてウイルス抑制までの時間の短縮、ウイルス抑制率の増加、患者通院の維持率増加、HIV感染者における死亡率低下などがいわれ、それらの実証が進んでいる。治療の開始が早いほど、他者を感染させる機会が少なくなる。

個人にとっては、重篤なエイズ関連疾患や非エイズ関連疾患のリスクの減少、より長く生存できるCD4細胞数の増加と維持、免疫系のさらなるダメージの防止のほか、他の感染症や病気にかかりにくくなる、早期の治療開始で精神的な安定と幸福を得られるといった利点がある。

日本の現行制度では、HIV診断後に原則4週間以上間隔をあけた検査値が2つ以上なければARTを開始できない。治療に対する日本の助成制度では、健康保険の高額療養費の他、身体障害者手帳取得による自立支援(再生)医療などが利用され、CD4値、HIV–RNA量、白血球数、ヘモグロビン値、血小板数は、4週間隔で検査値が2つ必要だ。身体障害認定要件で最も軽い条件を満たせない人、障害者手帳がなく海外で診断された人などは、すぐに治療を開始できない。

現行制度は早期治療の点で問題があり、すべてのHIV陽性者が治療にアクセスでき、WHOが推奨する診断から1週間以内での治療を開始できる制度への改正が必要だ。

水島 大輔氏
国立国際医療研究センター/
エイズ治療・研究開発センター/
治療開発室長
水島 大輔

PrEPの普及は検査率向上と
他の性感染症対策にも有効

PrEP(Pre-exposure prophylaxis)は曝露前予防内服と呼ばれ、ハイリスク者が自発的に抗HIV薬を予防的に内服することを指す。これを適切に行えば、HIVに感染しないことが多くのエビデンスから判明し、成果を上げた国が増えた。日本では未承認だが、実際にはジェネリック薬の個人輸入やクリニックでの処方で急速に使用が拡大している。日本でも小規模の臨床研究によるものだが、高い予防効果がわかった。

性感染症(STI)への効果もあり、日本で問題となっている梅毒もPrEPの普及によって減らせる可能性がある。理由はPrEPとSTI検査はセットで行うのが基本だからだ。従来STI検査をしていなかった人を検査、診断し、早期に治療すればSTIは減少する。

日本はPrEP後進国だが、先進国のデータを参考に進められる利点もあり、日本のPrEP導入・展開にも、STIの検査体制の構築が重要となる。PrEPへのアクセスで金銭面の課題も大きい。PrEPの使用を年齢層で調べると若い人が少ないが、これはPrEPが有効であることを知っていても経済的負担を感じているからだ。

日本でのPrEPの課題は次の3点になる。1つは薬事承認がないこと。適正利用の普及だけでなく正しい情報提供のためにも薬事承認は出発点だ。2つ目は薬への安価なアクセスができないこと。特に若者が入手困難だとPrEPの実効性が落ちる。3つ目は定期検査がないこと。HIVとSTIの定期的な検査と副作用チェックをパッケージで行うことが必要である。

累計PrEP開始者数が増えるほどSH
(セクシャルヘルス)外来のHIV発生率が下がる
累計PrEP開始者数が増えるほどSH(セクシャルヘルス)外来のHIV発生率が下がる累計PrEP開始者数が増えるほどSH(セクシャルヘルス)外来のHIV発生率が下がる
田沼 順子氏
国立国際医療研究センター/
エイズ治療研究開発センター
医療情報室長・救済医療室長
田沼 順子

市民の積極的参画
対策の力に

エイズ予防戦略の要は「トリプル95」、つまり感染者の中で検査・診断を受けて自覚する人、自覚した人の中で治療を受ける人、治療を受けた人の中で血中ウイルス量が検出限界未満に抑制した人を、それぞれ95%にすることである。日本では最初と2つ目が課題である。対策では曝露前予防内服、検査、早期治療の3つが重要だが、難しいのが早期治療だ。抗HIV薬が高額で、入手に必要な助成制度を利用するのに時間がかかるうえ、検査値にも条件があるためだ。

エイズ流行終結には市民の参画が重要だ。今年は、HIV感染者がエイズ対策に関わる重要性を説いたデンバー原則発表から40年。それをきっかけに市民活動は国際的に活発になり、当事者が実際に対策に関与することを強調したUNAIDSのジーパ(GIPA)原則につながった。

その実践モデルがイギリスとオーストラリア。イギリスでは市民団体が中心となって政策提言とゴールをまとめ、国のエイズ政策として採用された。オーストラリアでは市民団体のコンソーシアムが検査キット承認に貢献し、同国の保健大臣から活動を高く評価された。

日本でもHIV・エイズ啓発に取り組む市民団体のコンソーシアムGAP6が、先述の3つの対策への改善を含む要望書を厚労大臣に提出した。ジーパ原則の実践度は日本のエイズ対策の成熟度を示唆すると考えられる。

ブリジット・ケナム氏
国連合同エイズ計画(UNAIDS)
アジア太平洋地域
支援チームアドバイザー
ブリジット・ケナム

日本に残された課題
解決に期待したい

日本は国民皆保険に代表される質の高い医療システムを持つが、まだ課題も残っている。特に予防面ではPrEPを含む併用療法などが不足している。検査の選択肢の数、検査から診断や治療への連携、WHOのガイドラインが推奨する期間でのARTの開始、ジーパ原則への意識、コミュニティーとの協力なども必要だ。差別・偏見の撤廃もエイズ問題解決の強力な助けとなる。

日本はこうした積み残した課題を埋めることで、世界の中でも早期にエイズ終結した国となるチャンスがある。日本政府にはリーダーシップ、政策ギャップの撤廃、コミュニティーとの緊密な連携、マルチセクターのパートナーとの協業などを期待したい。

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