NIKKEI FT Communicable Diseases Conference
第10回 日経・FT感染症会議〈Special 5 Session〉

感染症に強い社会へ感染症に強い社会へ

Special Session 5.Special Session 5.
モデルナ・ジャパン

COVID19エンデミックフェーズへ:
がん・認知症へのインパクト

世界保健機関(WHO)は5月、新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言の終了を発表。世界はパンデミック(世界的大流行)からエンデミック(一定の周期で繰り返す流行)へと移行しつつある。一方で新型コロナ感染症に関する様々な研究が進行中だ。第10回日経・FT感染症会議(2023年10月16日~18日)の「COVID19エンデミックフェーズへ:がん・認知症へのインパクト」では、新型コロナ感染症によるがんや認知症への影響をはじめ、健康に及ぼす被害について議論が進められた。

免疫弱者や高齢者を
コロナから守る

進藤 奈邦子氏
WHOヘルスエマージェンシー
プログラム シニアアドバイザー
進藤 奈邦子

遺伝子変異を監視
今後の方針を定める

新型コロナ感染症に関する緊急事態宣言の取り下げにあたり、WHOはいくつかの注意点を挙げた。ワクチンについては、「有効性の継続的な確認・評価」と「各国の事情に即した接種」の2つを勧告している。

エンデミック期に入り、世界の新規患者数は統計上、減少したかのように見える。しかし、これは患者の全数把握などが行われなくなった結果だ。実際、入院患者の数は増加しており、これまで以上に大きな流行が実は起きていると推測される。引き続き新型コロナの疫学的状況を見守るべきだ。その手段として有用なのが、下水中のウイルスの検査・監視により感染症のまん延状況を把握する下水サーベイランスだろう。

今回のパンデミックでは、ごく短期間で多くの人がワクチンを接種した。これを実現したのが、今年のノーベル生理学・医学賞受賞にも結びついた、メッセンジャーRNA(mRNA)技術によるワクチン開発だ。ワクチンは感染の予防だけでなく、重症化や後遺症を避ける意味でも有用である。

WHOは今後も新型コロナウイルスの遺伝子変異を監視。ワクチンの組成を決定し、接種の影響の評価を続ける。その中で新型コロナ対策の今後の指針が定められるだろう。

岩田 敏氏
東京医科大学微生物学分野
兼任教授
岩田 敏

複数回接種で
がん患者の抗体価上昇

がん患者は新型コロナ感染症にかかりやすく、死亡リスクも高い。米国での大規模調査によると、がん患者は非がん患者に比べて1.46倍、新型コロナウイルスに感染しやすい。また、1年以内にがんと診断された患者に限ると7.14倍も感染しやすい。

一方、英国のデータ(下図)では、診断から1年未満の固形がんの患者は、新型コロナ感染症による死亡リスクが非がん患者の1.72倍高く、血液がんの患者では2.82倍高い。

新型コロナ感染症については、厚生労働省が定める「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」に従って、重症度別に治療が行われる。がんなどの重症化リスクが高い患者の場合、抗ウイルス薬、中和抗体薬が適用されるが、これらは早期に投与しないと効果がでにくい。がん患者の場合、経口薬を含む抗ウイルス薬の早期投与が重要である。

ワクチン接種も大切だ。ただし、がん治療のために造血幹細胞移植や細胞療法、あるいは抗体産生細胞に影響を与える薬剤の投与を行っている患者の場合、ワクチンによる免疫を得にくい。それでも複数回の接種で抗体価が上がるケースも見られる。がん患者特有の副反応は確認されておらず、追加接種を含めた積極的な接種を推奨する。また、周囲の方へのワクチン接種で、間接的にがん患者を守る努力も必要だ。

感染症を恐れるあまり、がん検診を控える風潮は大きな問題だ。一部のがんでは4週間治療が遅れると6~13%死亡リスクが上昇する。コロナ禍でも、がん検診は定期的に受けてほしい。

新型コロナ感染症が5類に移行したが、感染者はまだ多い。医療機関は今後も院内の動線分けや職員の健康管理など、標準予防策を徹底。院内での伝播防止に努めるべきだ。

がん患者が新型コロナに罹患するリスク
(がん以外の患者を1として比較)
がん患者が新型コロナに罹患するリスク(がん以外の患者を1として比較)
下畑 享良氏
岐阜大学大学院医学系研究科
脳神経内科 教授
下畑 享良

ウイルスが脳へ侵入
認知機能低下の原因に

新型コロナ感染症は、認知症の重大な危険因子である。これを「臨床研究」「画像・病理研究」「病態研究」「治療研究」という4つの研究アプローチから提示したい。

臨床研究からわかるのは、同病がアルツハイマー病のリスクを2倍程度上昇させることだ。米国退役軍人省の調査(下図)によると、同病感染の1年後のアルツハイマー病のリスクはハザード比で2・03。これは高血圧や頭部外傷、糖尿病といったリスク因子より、高い数値である。

画像・病理研究では、感染後の高齢者に、眼窩前頭皮質の萎縮が生じる可能性が示されている。ここは味覚・嗅覚を含む感覚、情動、意思決定、ストレス耐性に関わる重要な部位だ。また、ヒトの脳に感染したウイルスが複製され、視床や頸髄にまで広がることも研究により明らかになっている。

病態研究では、ウイルスが中枢神経に到達する4つのルートが示された。頭蓋骨髄膜ルートはその1つであり、ここから侵入したウイルスがスパイクタンパク質を放出し、その神経毒性が既存のアルツハイマー病を促進、あるいは脳神経細胞の融合、ミトコンドリア機能障害などを引き起こし、これらが認知障害につながるとの仮説が立てられている。

治療研究では、神経後遺症に対する治療・予防戦略として、ワクチン接種や抗ウイルス薬、ミトコンドリア機能を回復する薬剤が期待されている。実際、動物実験では感染前のワクチン接種によって、脳内でのウイルス複製が抑制されるとの結果が得られた。

新型コロナ感染症は認知症の新たな危険因子だ。新たな予防薬・治療薬の確立が急がれる。その一方で重要なのは、同感染症から脳を守ることの大切さを広く啓発し、ワクチン接種などの感染対策を継続することだ。

新型コロナ感染1年後のアルツハイマー病
のリスクは他の
要因に比べ高い
新型コロナ感染1年後のアルツハイマー病のリスクは他の要因に比べ高い
フランセスカ セディア氏
モデルナ社
チーフメディカルオフィサー
フランセスカ セディア

多彩なmRNA医薬品の
早期実用化目指す

新型コロナ感染症の流行は、いまだ終息していない。昨年10月から今年の4月中旬までの約半年間、米国で新型コロナ感染症に罹患し、入院した患者は約60万人。これはインフルエンザで入院した約20万人の3倍となっている。

新型コロナ感染症は急性期だけでなく、後遺症も深刻だ。現在、後遺症として特定されている疾病は心血管疾患、血栓性疾患、糖尿病、筋痛性脳脊髄炎、慢性疲労症候群、自律神経失調症など、200を超える。また、多くの患者が複数の臓器での後遺症に苦しんでいる。一方でワクチン接種の効果も新たに明らかになっている。ワクチンは感染予防や発症予防効果だけでなく、重症化を予防し、後遺症のリスクも低減する。

がん患者は新型コロナが重症化しやすいといわれる。免疫抑制治療によって、ワクチンを接種しても抗体の値が上昇しにくいことが一因だ。こうした場合、追加投与が有効である。実際、転移性固形がんの治療を行う患者を対象に、ワクチン投与を3回行う前向きコホート研究では、研究に参加した患者に新型コロナ感染症による死亡や入院は観察されなかった。また、3回目の投与後、95・7%の患者に抗体の十分な上昇が認められている。血液がんの患者でも、複数回のワクチン投与で抗体値が上昇することが認められた。

当社は今後も新型コロナウイルス関連の研究を進め、リスクの高い高齢者や、免疫抑制のある患者への知見を深めていきたい。

mRNA技術は感染症のワクチン開発のみに応用されるものではない。現在、がんに対するmRNAワクチンや、希少疾患に対するmRNA医薬品の開発、あるいはこれらを利用した再生医療の実現に当社は取り組んでいる。一刻も早い実用化を目指したい。

イメージ写真
パネルディスカッション

今後のワクチンの
あり方を考える

進藤がん患者はワクチンによる抗体が付きにくいといわれる。

岩田がん治療の影響で免疫が低下し、ワクチンの効果が得られない可能性がある。他の種類のワクチンに比べるとmRNAワクチンは比較的有効だが、それでも1回の接種では効果はなかなか上がらない。追加接種が大切だ。

基礎疾患を持つ人に対し、現在日本では7回目のワクチン接種が進んでいる。変異株の出現などを考えると確定的なことは言えないが、おそらく今後は年に1、2度、予測される変異株に適合したワクチンの接種が行われていくだろう。

進藤新型コロナウイルスは中枢神経系に高い親和性を持つという。認知機能障害以外にも悪影響があるのではないか。

下畑うつ病や統合失調症のような症状が現れることがある。また、体位性頻脈症候群(POTS)といって、起立時に心拍数が急上昇し、立っていられなくなる患者もいる。症状は多岐にわたる。

パンデミックの際、介護老人保健施設で暮らす高齢者の認知機能が急速に悪化した。隔離によるストレスや刺激不足も一因だが、新型コロナ感染症による神経炎症も大きな要因だ。パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)にしても、神経炎症を起こす病期がある。新型コロナウイルスはそれを悪化させるようだ。

進藤ワクチン接種による発熱や腕の痛みといった副反応を経験し、ワクチンを忌避する人もいる。

セディア新型コロナワクチンの開発当初は、現在の2倍の用量を投与していた。当時は死亡リスクも高く、確実に効果を狙うにはそれが必要だったのだ。これに伴い副反応も強かった。現在は世界中の多くの人々が感染、あるいはワクチン接種によって、免疫を獲得している。この変化に合わせ、ワクチン用量は半分に減らした。同時に副反応も軽減されている。

ワクチン接種による副反応を論ずるには、そのメリットも合わせて考えるべきだ。ワクチンを接種せずに、新型コロナウイルスに感染した場合、死亡や重症化、後遺症のリスクにさらされる。後遺症は神経障害をはじめ、実に様々で現在、200以上の症状が特定されている。これらと一時的な腕の痛みや倦怠感といった副反応とのバランスを考えるべきだ。

進藤ワクチン接種は現時点で最も効果的な予防手段だ。新型コロナはいまも世界中で勢いを保っている。がん患者のような免疫弱者や高齢者を守るためにも、定期的接種など、今後のワクチンのあり方を考えることが我々の重要な課題だと思う。

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