NIKKEI FT Communicable Diseases Conference
第10回 日経・FT感染症会議〈Special 5 Session〉

感染症に強い社会へ感染症に強い社会へ

Special Session 1.Special Session 1.
日本製薬工業会

感染症領域の創薬エコシステム構築に向けて
~1年の振り返りと今後の取り組み~

新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言は解除されたが、必ず次のパンデミック(世界的大流行)はやってくる。それまでに我が国は感染症領域において機能的な創薬エコシステムを構築できるだろうか。2023年10月に開催された本セッションでは、平時でも有事でも機能するエコシステム構築に向け、ベンチャーの育成や支援、効果的なインセンティブの導入など様々な課題について議論が交わされた。

次のパンデミックに
備える体制を

乗竹 亮治氏
日本医療政策機構(HGPI)
理事・事務局長/CEO
乗竹 亮治

プル型インセンティブ
導入へ連携広げる

日本において感染症創薬エコシステムがどのようにつくられるべきか議論したい。

我々、HGPIは非営利、中立の医療政策のシンクタンクだ。2016年から抗菌薬が効かなくなる薬剤耐性(AMR)問題に様々な提言を行っており、21年3月には薬剤耐性菌に対する新たな抗菌薬の開発について、「プル型インセンティブ」(政府などによる長期買い取り契約などで製薬企業の開発意欲を高める制度)の導入を提言。23年8月には抗菌薬市場の再構築に投資するベンチャーキャピタル(VC)などの拡充が必要なこと、患者の意思や権利の代弁・擁護についても提言している。今年からAMR対策の一環としてプル型インセンティブが開始されたが、同様に感染症領域全体の創薬エコシステムを拡充していくには産・官・学・民の連携によるさらなる取り組みが必要だ。

アカデミアの研究・開発に対し日本医療研究開発機構(AMED)など官によるプッシュ型インセンティブの拡充。VCによる創薬ベンチャーへの投資とハンズオン支援。成果が製薬企業に渡った際のプル型インセンティブの導入。さらに人材の流動性や若手人材の育成など、多方面で議論を深めたい。

荒木 裕人氏
厚生労働省 感染症対策部
感染症対策課長
荒木 裕人

ベンチャー支援へ
ワンストップ窓口開設

2021年に策定した「医薬品産業ビジョン」では、経済安全保障の観点を加えた感染症ワクチン・治療薬の開発・生産体制強化が主な課題として挙げられた。AMRについては今年度からプル型支援をトライアルとして開始したが、感染症領域の創薬エコシステムについては他の疾患に比べても産学連携や人材交流、戦略的な研究費配分の不足などがあることは否めない。また感染症モニタリングや治験環境についても十分とはいえない。特に創薬ベンチャーの育成は、以前から日本のエコシステムの弱点と指摘されており強化が急がれる。

厚生労働省は医療系ベンチャーのトータルサポート事業「MEDISO」を18年から始めている。まず常勤サポーターがベンチャーやアカデミアなどからの相談や悩みを窓口で伺った上で、さらに個別に知財に関する手続きやパートナーに適した企業の紹介、資金調達や経営戦略についての悩みなどを、企業などで経験を積んだ非常勤サポーターに相談できる。多様な悩みにワンストップで支援を実施しており、高い満足度を得ている。これまでに年間約200件、トータル1100件の相談に応えた。

土井 洋平氏
藤田医科大学医学部
微生物学講座・感染症科 教授
土井 洋平

研究から実用化へ
ギャップ埋める

悪夢の薬剤耐性菌といわれ死亡率が50%に近いカルバペネム耐性腸内細菌科細菌に対し、2015年新たな抗菌薬が登場、20%も死亡率を下げることができた。新たな抗菌薬が多くの命を救うという好例だが、残念ながら市場性の低さから抗菌薬への投資額はがんなどの抗腫瘍薬に対し30分の1程度だ。それでも米国のアカデミア支援は日本に比べてすそ野が広く、規模が大きい。

私自身のケースでは、既存の抗菌薬を活性化させる化合物の研究について、基礎研究の商業化を支援する米国政府の研究費を獲得し、リード化合物の最適化という作業を継続中だ。

また一時期共に研究をしていたあるポスドク(博士研究員)はペプチド系抗菌薬に可能性を見出し、人工関節感染症への局所投与という特殊な適応に賭け、大学を離れベンチャーを立ち上げたが、VCから約100億円を獲得、現在第1b相試験まで進んでいる。

リスクを過剰に懸念せずにアイデアを追えるのはアカデミアの強みだが、「興味深い研究」と「実用化・商業化」の間には大きなギャップがある。製薬企業やVCなどからのビジネス面のアドバイスは貴重だ。

宇佐美 篤氏
株式会社東京大学
エッジキャピタルパートナーズ
(UTEC) 取締役・パートナー
宇佐美 篤

多彩なメンバーによる
長期ハンズオン支援

当社は東京大学をはじめとした国内外の研究機関発スタートアップの共同創業・経営支援を行うVCであり、これまでに150社超の支援を実施している。当社が重視するベンチャー立ち上げ要件や、専門家が継続的に経営を支援する「ハンズオン支援」の内容、そして創薬ベンチャーの課題について述べたい。

まず立ち上げ要件として、世界的にも圧倒的な優れた科学技術を持つこと、製品開発を力強く推進できる強力なチーム体制を有することを重視している。

当社は起業の前段階から研究者に寄り添い、5年から15年かけて事業化を進めており、その間各フェーズに応じた多面的なハンズオン支援を行っている。経営、技術開発、薬事規制、臨床開発、ライセンシングやM&Aなどの専門領域において、国内外の製薬企業や創薬ベンチャーで経験を積んだ方、また米国 VCでの経験を持つ方などのハンズオンメンバーの連携による支援体制を構築している。

感染症領域の創薬ベンチャーは他領域に比べ、資金調達・提携の難易度が高いことが課題だ。特定の一つの化合物だけに頼らない複数の開発パイプラインの構築、社内外でのグローバルチームの組成などが求められる。

上野 裕明氏
日本製薬工業協会 会長
上野 裕明

平時・有事見据え
政府に司令塔機能を

3年半にわたるコロナ禍からの学びを忘れずに、次の感染症に備える事が我々に課せられた使命だ。そのために必要なのが「平時からの備え」と「 有事の瞬発力」を併せ持つ感染症創薬エコシステムの構築だと考える。ただそこには感染症ならではの困難がある。原因菌・ウイルスなどの特定や流行規模の把握などの科学的予見性の難しさ、患者数の予測に基づく生産などの経済的予見性の難しさだ。

平時・有事を見据えたエコシステム構築のためにまず重要なのが感染症領域のコミュニティを確立させること。幅広い専門人材や知識・技術をプールし、有事には総力を結集しなければならない。またコミュニティから生まれたシーズに対するVCのファンディングやハンズオン支援も欠かせない。有望なシーズを見極める目利き力も必要だ。我々製薬企業も資金や人材面でサポートする必要がある。

こうしたエコシステムの中で、政府には平時においてコミュニティを維持し、有事においては速やかな創薬・生産体制を築き、率いる司令塔機能を果たしてもらう必要がある。そして何よりも予見性の壁を越えるためにプッシュ型・プル型インセンティブの導入・拡充が急がれる。

パネルディスカッション

感染症領域コミュニティの形成

出口意識し研究進める

乗竹感染症領域コミュニティの中でアカデミアの果たす役割は何だろう。

土井アカデミアはシングルヒットこそ多いが、そこから進めず立ち止まっているケースも多い。シーズの実用化に向け、入り口の最適化を手助けしてもらい、さらにスタートアップ立ち上げに向けたハンズオン支援が必要だ。そこをつなぐことができればアカデミアは引き出しを多くつくることにより注力し、得られたシーズを感染症領域コミュニティにどんどんプールしていくことができると思う。

乗竹感染症領域においてシーズのプラットフォーム化、社内外のグローバルチームのつくり方などスタートアップ立ち上げにおいてVCが支援できることは多いが、支援を受ける側が注意すべきことは。

宇佐美候補物質の有効性の確認など、出口としての開発品に必要なデータパッケージを早い段階から準備するなど、まだインキュベーションの段階でも出口を意識し、バックキャストしながら研究を進めることが大事だ。

ただ日本ではその出口が詰まりがちだ。新規株式公開(IPO)や上場事例は年間数例あるかどうか。またその規模も小さい。出口環境を整えるために、例えば米国でIPOやM&A(合併・買収)に実績を持つ人材や製薬企業で経験を積んだ人材などを呼び、人と人、人と会社をつなげることもVCの役割だと思う。

若く多様な人材参加を

乗竹ハンズオン支援や人材交流において官の役割がますます重要になると感じる。

荒木MEDISOのように個別の相談に専門家が応え、問題を解決するシステムもハンズオン支援の一つの形だが、感染症領域ではそもそも専門人材が少ないという問題がある。産・官・学の人材の流動性を引き上げることも解決策の一つだ。

研究者などが大学や公的研究機関、企業の中で、二つ以上の機関に雇用されつつ、それぞれの役割に応じて研究・開発に従事する制度をクロスアポイント制度と呼ぶが、同制度の導入をアカデミアや産業界に促し、イノベーションが絶えず⽣み出される好循環につなげたい。

乗竹産業界としてハンズオン支援やコミュニティづくりに貢献できる点は何だろう。

上野感染症に限らず日本の創薬力強化について考えたときに、やはりベンチャーやスタートアップの強化ということが非常に重要だと感じる。製薬企業には専門性の高い人材が豊富なので、ベンチャーやあるいはMEDISOのような支援組織でも活躍できる人材が多い。そうした人材を、どのように流動化させてベンチャーやスタートアップ支援につなげていくか。業界を挙げて何か仕組みがつくれるか考えてみたい。

感染症領域は、例えば物流の知識や技術が必要とされるなど、他の創薬より幅広い人材が必要とされる。コミュニティのすそ野を広げるには、製薬以外の分野や若い人材にいかに感染症に関心を持ってもらうかが鍵だ。それにはこうした感染症会議やメディアの果たす役割が非常に大きいと感じる。

求められる
「感染症領域の創薬エコシステム」
求められる「感染症領域の創薬エコシステム」
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