リポート4日経電子版オンラインセミナー「エクスペリエンス・サミット」

提供:PwCコンサルティング

[ DX × Experience ]

DX加速せよ。ビジョン

BXT革新する

  • パネリスト

    東京大学大学院 工学系研究科
    教授

    松尾 豊

  • パネリスト

    東京海上ホールディングス株式会社
    常務執行役員
    グループデジタル戦略総括(CDO)

    生田目 雅史

  • パネリスト

    パイオニア株式会社
    モビリティサービスカンパニー
    エグゼクティブ・ディレクター
    チーフ・カスタマー・オフィサー
    (最高顧客責任者)
    兼 チーフ・マーケティング・オフィサー

    石戸 亮

  • パネリスト

    PwCコンサルティング合同会社
    エクスペリエンスコンサルティング・
    シニアマネージャー

    吉村 達彦

  • モデレーター

    PwCコンサルティング合同会社
    エクスペリエンスコンサルティング・
    マネージングディレクター

    馬渕 邦美

新型コロナウイルス禍が続くなか、多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みを加速させている。しかし、単にデジタル化に取り組むことを目的にしていては、企業の競争力強化にはつながらない。価値創造のあり方が変化し続けるいま、どこに狙いを定め、何にフォーカスするのかをよく考えたうえで、DXを推進することが求められている。ここでは「顧客志向」を軸にDXをどう推進すべきかをテーマとして、東京大学の松尾豊氏、東京海上ホールディングスの生田目雅史氏、パイオニアの石戸亮氏、PwCコンサルティングの吉村達彦氏が意見を交わした。
(モデレーター:PwCコンサルティング 馬渕邦美氏)

DX推進企業が目指す価値創造に向けた具体的な取り組み

写真:生田目 雅史 氏

パネリスト
東京海上ホールディングス株式会社
常務執行役員 グループデジタル戦略総括(CDO)
生田目 雅史

東京大学法学部卒、ハーバード大学経営学修士(MBA)。1988年に日本長期信用銀行に入行。ドイツ証券、モルガン・スタンレー証券、ビザ・ワールドワイド・ジャパン、ブラックロック・ジャパン取締役などグローバル金融機関で業務を経験したのち、2018年に東京海上ホールディングスに入社。執行役員リスク管理部部長、執行役員デジタル戦略部長を経て、21年4月から東京海上ホールディングス 常務執行役員 グループCDOに就任。

馬渕 いまDXという言葉が、かつてないほど注目されています。需要供給や社会環境が変化・変容するなか、新たなる価値創造のために多くの企業がDXを推進しています。東京海上ホールディングスではどのような認識のもと、取り組みを進めていますか。

生田目 デジタルを使った価値創造の可能性を探索する動きは、インターネットやAI(人工知能)といったさまざまなテクノロジーが進化したこともあり、この20年、世界中の企業で見ることができます。一方で、デジタルの恩恵を受けるのは企業側だけではありません。お客さま側も、自分たちにとってのデジタルの価値を考えるようになりました。顧客の価値創造に向け、企業はあらゆる可能性を試すことに挑戦しなければならないのが、いまの時代だと認識しています。

 そうしたなか東京海上グループでは、新たなビジネスモデル構築を通じた成長を目指すデジタル戦略に取り組んでいます。デジタル戦略は大きく「社内体制の変革」と「価値提供の変革」の2つに分けています。

 社内体制の変革では、生産性を高めてリーンな経営体制を実現するために「業務プロセス・オペレーションのDX」「企業文化・風土のDX」に取り組んでいます。価値提供の変革では、新たな成長の軸の創出、課題解決力の強化を目指し、「新たな成長に向けたビジネスモデルのDX」「社会課題解決のDX」に取り組んでいます。

 これらの変革を進めるにあたり、デジタルを使いこなす人材の能力を高めていく必要があります。そこで「Data Science Hill Climb」と呼ぶ社内のデータサイエンティスト育成プログラムを開始し、これまでに40人以上のデータサイエンティストを輩出しました。すでに彼らが能力を発揮し、さまざまな実装を社内で内製化しているのが直近の進捗状況です。

 もう一つ、社会に貢献する価値創造の一つとして取り組んでいるのが、防災・減災の領域です。これを推進するために、防災コンソーシアム「CORE」という企業連合を結成し、当社を含めた44社で活動しています。多様な技術・能力を持つ企業が結集して価値創造に取り組むのは日本初であり、さらに活動の幅を広げてオープンイノベーションを実現していきたいと考えています。

東京海上グループのデータサイエンティスト育成プログラム「Data Science Hill Climb」
図1:東京海上グループのデータサイエンティスト育成プログラム「Data Science Hill Climb」

馬渕 パイオニアではどのような取り組みを進めていますか。

石戸 パイオニアは現在、カーエレクトロニクスを主軸にビジネスを展開しています。2019年にはカンパニー制を取り入れ、私が所属するモビリティサービスカンパニーは、当社がこれまで蓄積してきたモビリティーデータ(プローブデータ)を使った情報提供サービスを通じ、お客さまにさまざまな価値を提供しようと努めています。

 プローブデータとは、車載器から収集した大量のIoTデータを指します。例えばカーナビで設定した目的地データ、加速度データ、ドライブレコーダーの映像データなどが含まれます。これらを活用し、事故を回避できるようなサービスを提供することで価値を創造したいと考えています。現時点では車載器などハードウエアビジネスが主力ですが、2025年にはモビリティーサービスの比率を高めることを目標にしています。

 このような変革を進めるには、ハードウエア製品を販売したあとのサポートや保守・運用といったアフターサービスを強化し、ビジネスを成長させていく必要があります。しかし、当社にはその部分に弱みがありました。そこで「経営×顧客×テクノロジー」の三位一体でDXを加速させていくことが重要だと考え、自発的成長と行動を促すDXセルフチェックリストを策定して日々の業務に取り入れたり、新規事業のターゲットとなる顧客を徹底的に知るための取り組みを2週間で進めたりしてきました。

写真:石戸 亮 氏

パネリスト
パイオニア株式会社
モビリティサービスカンパニー
エグゼクティブ・ディレクター
チーフ・カスタマー・オフィサー
(最高顧客責任者)
兼 チーフ・マーケティング・オフィサー
石戸 亮

サイバーエージェントの子会社2社で取締役を務めたのち、Google Japanでエンターテインメント/メディア企業の広告・マーケティング支援を担当。その後、AIスタートアップ企業のイスラエル・Datoramaへ移り、日本市場参入に尽力。Salesforce.comによるDatorama買収後は、ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)を担当する。2020年4月にパイオニア モビリティサービスカンパニーのCDOに就任。21年8月から現職。

パイオニアの「自発的成長と行動を促すDXセルフチェック」
図2:パイオニアの「自発的成長と行動を促すDXセルフチェック」
パイオニアの「理想的な顧客を徹底的に知る(Ideal Customer Profile)」
図3:パイオニアの「理想的な顧客を徹底的に知る(Ideal Customer Profile)」

馬渕 東京海上グループの生田目さん、パイオニアの石戸さんから、それぞれ自社のDXへの取り組みについて紹介いただきましたが、松尾先生はどのような感想を持たれましたか。

松尾 東京海上グループはかなり早い時期からDXに取り組んでおり、私も生田目さんから話のあったData Science Hill Climbの監修に携わりました。これらの取り組みが奏功し、すでに実績が出てきているという意味で、非常に良い事例だと思います。

 パイオニアについては、石戸さんの話を興味深く拝聴しました。製造業企業にとっては顧客接点が最も重要なはずなのですが、そのプロセスに弱みがあることは多くの製造業企業に共通しています。そこに着目して強化に取り組んでいるのは、インターネットビジネスの世界を経験してきた石戸さんならではと感じました。とくに紹介のあったDXセルフチェックリスト、理想的な顧客を徹底的に知るための取り組みについては感銘を受けました。

ターボを発動できる人材を育成し、DXを加速せよ

写真:松尾 豊 氏

パネリスト
東京大学大学院 工学系研究科
教授
松尾 豊

東京大学大学院博士課程修了後、産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、2007年に東京大学大学院工学系研究科准教授、14年に特任准教授、19年に教授に就任(現職)。専門分野は、人工知能、深層学習、Webマイニング。人工知能学会から論文賞、創立20周年記念事業賞、現場イノベーション賞、功労賞などを受賞し、人工知能学会理事、情報処理学会理事、日本ディープラーニング協会理事長を務める。

馬渕 どのようにDXを加速していくか、それを通じていかに価値創造していくかという多くの企業が抱える課題について、AIの専門家である松尾先生はどのように考えていますか。

松尾 最近の世の中の流れ、は、よくある複利計算の式「y(t) = a(1+r)^t」で表すことができると考えています。y(t)はt年後の金額、aは元本、rは利率、tは運用期間を意味しますが、企業は従来、rを大きくすることでビジネスを成長させてきました。なぜならこれまでは、生産・物流・販売などのサイクルが1年単位というのが社会全体の通例だったからです。ところがテクノロジーの発展により、すべてがデジタルで完結するようになった現在、1年サイクルではなく、もっと早いサイクルで回す ―― tを大きくすることが可能になりました。つまり、DXとはtを大きくすることなのです。

馬渕 なるほど。非常に興味深いですね。

松尾 tを大きくするには、AIを導入して自動化するといったように、デジタル化できるところはデジタル化をどんどん進めます。これにより人の反応速度も高まり、プロセス全体が早く動くようになるわけです。またtを大きくするには、慎重に検討して進めるのではなく、まずはやってみることが重要です。すなわち、最低限の機能を持った試作品を短期間でつくり、顧客に提供して反応を見ながら製品・サービスを改善していくリーンスタートアップの考え方を取り入れるということです。仮説を立てて検証し、その結果、もし仮説が否定されても、そこで獲得した知識をもとに次の仮説を考えることを繰り返します。ここで良いアイデアを出すには、多様性を認め、挑戦と失敗に寛容なオープンマインドを持った人たちがコラボレーションできるフラットな組織を構築することです。

 これからはtを大きくする「ターボ」を使う時代です。ターボを使って既存ビジネスの変化に即応し、新しいニーズ探索とプロダクト最適化を短期で終わらせ、事業を一気に拡大できるようにするわけです。世界中の企業がこのターボを使い始めたいま、日本企業もターボを使うことが求められています。そしてターボを発動できる人材を育成し、組織風土の転換を図って、産業全体を変えていくことが重要だと考えます。

写真:吉村 達彦 氏

パネリスト
PwCコンサルティング合同会社
エクスペリエンスコンサルティング・
シニアマネージャー
吉村 達彦

複数の大手事業会社でマーケティング、商品・サービス企画、事業企画、経営企画を経験したのち、大手SIer、および大手コンサルティング会社でデータサイエンティストとして活躍。企画とテクノロジーにまたがる広いケイパビリティー、幅広い業種・業界に携わった経験から、人の心理・行動分析に基づく事業開発、商品・サービス開発、業務改革に強みを持つ。現職では社内外を問わず、さまざまな企画・コンサルティング業務に携わる。

rではなくtを大きくする複利の再発明
図4:rではなくtを大きくする複利の再発明

馬渕 DXの大きな課題として挙げられるのが、人材育成です。デジタルの有用性を理解し、自社の価値創造をリードしていける人材を育てるのは並大抵のことではありません。吉村さんは、そうした人材の育成を支援していますね。

吉村 はい、PwCコンサルティングのBXTアプローチが、人材育成に非常に適していると考えています。BXTは、ラーニングセッションの実施やフレームワークの適用、ワークショップの開催などを含む、デザインシンキング(デザイン思考)の考え方に基づいた課題解決のためのアプローチです。

 では、デザイン思考と比べてBXTはどこに違いがあるのかというと、ビジネス(B)とテクノロジー(T)の間にあるXの部分です。PwCコンサルティングは、BとTを掛け合わせるのがエクスペリエンス(X)、つまり体験だと考えています。

写真:馬渕 邦美 氏

モデレーター
PwCコンサルティング合同会社
エクスペリエンスコンサルティング・
マネージングディレクター
馬渕 邦美

大学卒業後、米国のエージェンシー勤務を経て、デジタルエージェンシーのスタートアップを起業。事業を拡大しバイアウトした後、米国のメガ・エージェンシー・グループの日本代表に転身。4社のCEOを歴任し、デジタルマーケティング業界で20年以上に及ぶトップマネジメントを経験。その後、米国ソーシャルプラットフォーマーのシニアマネージメント職を経て現職。経営、マーケティング、DX、エマージングテクノロジーを専門とする。

馬渕 事業性と効率性に、人間の感情を突き動かすようなエクスペリエンスが加わることで、課題解決につながりやすいということですね。

吉村 このXに当てはまるのは、顧客体験だけではありません。松尾先生のお話にあったターボを加速させていくには、顧客だけでなく従業員のエクスペリエンスをどのように設計するのかも非常に重要となります。まずはDXの必要性をどのようなエクスペリエンスを通じて腹落ちさせ、社内の人材のデジタルスキルをどのようなエクスペリエンスを通じて高め、どう活躍してもらうかといったビジョニングも含めたアプローチを用いることで、実際の行動へと促しやすくなると思います。

馬渕 新たなる価値創造のためのDXの具体的な取り組みから、ターボを搭載してDXを加速させる必要性、DXのカギを握る人材育成のポイントまで、非常に参考となるお話を聞かせていただきました。本日はありがとうございました。

対談写真

「エクスペリエンス・サミット」のセッションの様子を
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動画

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