NIKKEI 100年の資産形成

vol.1

「顧客本位の業務運営」原則を改訂
より良い金融事業者選び後押し

金融庁 監督局 審議官

堀本 善雄

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 金融庁は2017年3月、国民の安定的な資産形成を実現するために「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下「本原則」)を公表した。本原則は、金融事業者が自ら主体的に創意工夫を発揮し、ベスト・プラクティスを目指して良質な金融商品やサービスを提供することで顧客から選択されるメカニズムを実現することが狙いだ。2021年1月15日には、金融事業者の取り組みの状況や環境変化を踏まえ、本原則の改訂を行った。改訂の意図や具体的な施策、個人の資産形成に資する金融庁の取り組みなどについて金融庁の堀本善雄審議官に話を聞いた。

すそ野拡大に貢献するも
貯蓄から資産形成は道半ば

 本原則を採択し、取組方針を公表した金融事業者は、2020年12月末時点で2098社に上る。策定から4年が経過し、評価すべき点は大きく2つある。まず資産形成層のすそ野が拡大したことだ。少額投資非課税制度(NISA)の口座数は、20年12月末時点で一般NISAが1221万口座、つみたてNISAが302万口座と順調に普及している。2つ目に大手銀行を中心に金融商品の販売担当者に対する人事評価に変化が見られる点だ。全ての金融機関ではないが販売額ではなく預かり資産残高を重視した評価に変わりつつある。

 一方で課題も明らかになった。個人の金融資産に貯蓄から資産形成への構造的な転換をもたらしているとは言い切れないことだ。足元の個人金融資産に占める株式・投資信託などリスク性商品の割合は、2015年比でほぼ変化しておらず、リスク性商品に向かう資金の流れは鈍いといわざるを得ない。金融庁が実施している顧客意識調査では、「金融機関の対応に変化は見られない」と感じる個人が多い。顧客本位の業務運営が販売の現場に浸透しているかという点で更なる改善が求められる金融事業者もある。以上のことから、本原則に基づく金融事業者の取り組みには一定の成果は見られるものの、安定的な資産形成の実現はいまだ道半ばだ。

問われる金融事業者の経営姿勢
各社の方針を具体化・見える化

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 金融事業者の取り組みの状況や、本原則を取り巻く環境の変化を踏まえ、19年10月から金融審議会の市場ワーキング・グループが開催され、顧客本位の業務運営の更なる進展に向けた検討が行われた。同ワーキング・グループからは、本原則の内容の具体化や、金融事業者の取り組みの「見える化」の促進などに関する提言がなされた。それを受け21年1月に金融庁は、本原則の改訂を行った。金融事業者のコミットメント(取組方針)をより具体化し、比較可能なものにするための環境整備が本原則の改訂のポイントの一つだ。

 まず本原則の実効性を高めるために、内容自体を具体的にした。例えば原則5の【重要な情報のわかりやすい提供】では、重要な情報に含めるべき具体的な内容を追加した。【顧客にふさわしいサービスの提供】について示した原則6では、「顧客のライフプラン等を踏まえた目標資産額や安全資産と投資性資産の適切な割合を検討し、それに基づき、具体的な金融商品・サービスの提案を行うこと」というように、具体的な留意点を記載した。

 本原則を採択する金融事業者には、これまでよりも具体化された原則2~7の内容ごとに、自社の対応方針を紐づけることが求められる。原則が具体化されている以上、各社の方針も具体化せざるを得ない。方針が本原則に紐づけられていると金融庁が判断した事業者は、金融庁のホームページでリストに掲載する。リストでは、各社の方針を一覧表として比較可能な体裁で「見える化」する。さらに各社の取り組みの状況を評価し、好事例は積極的に公表していくつもりだ。

 金融事業者は、今回の措置を単なるペーパーワークにしないでほしい。我々が重視するのは、金融事業者の経営姿勢だ。リスク性商品の販売という事業についての経営方針を明確化し、どう実践するかを問い掛けているのだ。この機会に販売の現場も含め体制の見直しが必要であれば、時間をかけて方針を見直してほしい。

 この一連の措置によって、資産形成に取り組もうとする個人は顧客本位の業務運営を実践する金融事業者を知る機会を得るだけでなく、どの金融事業者を選ぶか、比較検討が可能になる。各社の違いや強みに基づいて、各個人にとってより良い金融事業者を積極的に選択する際の判断材料にしてほしい。人生100年時代は、運用期間が長く取れるということであり、リスク管理において大きなアドバンテージになる。自身のライフプランに応じた長期の資産形成を後押ししてくれる金融機関を選んで、実践してほしい。

※本取材は2021年6月9日に行いました。

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