提供:パナソニック コネクト

未来へつなぐ変革の道
識者と探る持続的成長の鍵

Vol.1 事業戦略とM&A

海外大型M&A
事業立地改革の第一手

写真左)笹田珠生 氏 バンク・オブ・アメリカ 在日代表、BofA証券 代表取締役社長
写真右)原田秀昭 氏 パナソニック コネクト 取締役 執行役員 シニア・エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント チーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)

写真左)笹田珠生 氏 バンク・オブ・アメリカ 在日代表、BofA証券 代表取締役社長 写真右)原田秀昭 氏 パナソニック コネクト 取締役 執行役員 シニア・エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント チーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)

企業戦略を描く上で、自社の持続的な成長と競争力を獲得する有効な手段の1つがM&A(合併・買収)だ。「サプライチェーン」「公共サービス」「生活インフラ」「エンターテインメント」分野向けソリューションを提供するパナソニック コネクト(以下コネクト社)は、2021年に米国ソフトウエア会社のBlue Yonder(ブルーヨンダー)を総額約78.9億ドル(当時約8633億円)で買収した。海外M&Aを活用して、どのような成長戦略を構想していたのか。M&Aプロジェクトを率いたコネクト社の原田秀昭氏と、同プロジェクトを支援したBofA証券(以下BofA社)の笹田珠生氏に海外M&Aを実施した背景と成功のポイントなどについて聞いた。

パナソニックのテクノロジーで
現場のプロセス変革を支援

――近年、日本企業によるM&Aが増えていますが、どのような背景がありますか。

日本企業の国内外のM&Aは増加傾向にあります。それにはいくつかの理由がありますが、1つには成長戦略の有効な手段としてM&Aを実施する企業が増えてきたことが挙げられます。パナソニック社によるブルーヨンダー買収のような、日本を代表する企業による海外M&A事例は多くの日本企業が参考にされると思います。また、これまでの先駆的な日本企業の方々による買収事例の積み上げが、より広い範囲の日本企業による海外M&A検討の後押しをしているという側面もあるのではないでしょうか。さらには、コーポレートガバナンスの強化や東京証券取引所におけるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業に対する改善要請、一連の規制・開示ルールの変化を通じて、日本企業の企業価値向上に対する意識が強化されたこと、また増加するアクティビズムへの対応といった外部環境の要因もあります。

――パナソニック コネクトは、なぜ海外企業を買収しようと考えたのでしょうか。

まず、17年に弊社の前身であるコネクティッドソリューションズ社のCEO(最高経営責任者)に樋口が着任したときに、変革を実現するための3階建てのフレームワークを作成しました。1階はカルチャーの改革です。戦略や組織能力を高めることを優先させるよりも、カルチャーが変わらないと会社としてうまくいかないからです。2階は各事業の改革です。ハードウエアだけで勝負するのではなく、それに付随するサービスやソリューションに成長の可能性があるなら、ソリューションシフト、レイヤーアップすることでビジネス改革を進めようと考えました。

最上階は事業立地改革、いわゆる事業ポートフォリオ・マネジメントです。日本企業はしがらみがあって経営資源の選択と集中がなかなかできません。しかし、事業ポートフォリオをマネジメントすることは経営層の職責です。5年、10年の計画で持続的な利益と事業の成長のために、どの事業に注力していくかを議論しました。

3階層の企業改革への取り組み

パナソニックのBtoBソリューション事業は、どうあるべきかを議論したときに出てきたキーワードが「現場」です。パナソニックのテクノロジーで、お客様の現場のプロセスを革新し、生産性向上や効率化に貢献する。

樋口との議論では現場のプロセスのうち、特にお客様の課題が多いサプライチェーンに対して、パナソニックのテクノロジーで解決することでよりよい社会の実現に貢献しようということになりました。元東京大学ものづくり経営研究センター長 藤本隆宏氏によると、デジタル時代における産業構造の捉え方には上空、低空、地上の3領域があるそうです。上空はいわゆるクラウドの世界で、米国大手のIT企業が占めています。地上はハードウエアやIoTの領域で、日本やドイツの企業が強い。低空は地上のハードウエアと上空のクラウドを結びつけ、コントロールする役割です。この低空を制するために自社に欠けていたソフトウエアのケイパビリティ(能力)を獲得する必要があり、買収を考えるようになりました。

ターゲット領域

「造る、運ぶ、売る」をカバーする
ソフトウエアで低空を制す

――なぜ、ブルーヨンダーに注目したのでしょうか。

他にも候補となる企業はいくつかありました。しかし倉庫のソフトウエアのみ、生産計画系のみ、小売りのみと限定され、「造る、運ぶ、売る」というサプライチェーンのエンド・トゥ・エンドをカバーするパッケージソフトウエアを持つのはブルーヨンダーだけでした。サプライチェーンの生産性向上のために、低空を制して地上と上空をコネクトしようと考えた際に、対象企業は自ずと絞られました。

私たちはアドバイザーとしてM&Aの執行段階だけでなく、執行段階前の買収戦略策定や買収ターゲットの絞り込みの段階から、包括的なお手伝いをさせていただきました。コネクト社がすでにお持ちのコアコンピタンス(競争力の源泉)、既存の事業領域、顧客層、リソースを踏まえて、リカーリングレベニュー(継続利益)型のビジネスモデルに移行する際に狙うべき隣接事業の将来の成長性や競争環境などを綿密に分析し、対象を絞り込むまでのプロセスは特に大事だったと感じています。

BofA社の情報ネットワークや知見を共有いただいたのが非常にためになりました。我々はサプライチェーンのソフトウエア業界の知見もなく参入したのですが、単なる情報提供ではなくインサイトを共有していただけたので、買収先を絞り込みやすくなりました。

また、どのようにアプローチし、どういう情報を入手すべきか、どう交渉すべきかといったガイダンスも助かりました。特に、ブルーヨンダーには当時2つのファンドが出資していたので、交渉の過程ではコネクト社、BofA社、ブルーヨンダー、出資者の間でいろいろな情報が飛び交いました。その中で、人と人とのトラスト(信頼)の作り方はすごく勉強になりました。何度も対面で会って距離を縮め、契約締結の土壇場で直接コミュニケーションが取れて説得できたことは大きかったです。

原田秀昭 氏
原田秀昭 氏
パナソニック コネクト 取締役 執行役員 シニア・エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント チーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)

――交渉プロセスは順調に進みましたか。

サンフランシスコでブルーヨンダーの幹部と最初に会ったのが18年の2月で、実際に契約締結クロージングしたのは21年の4月。3年強もかかりました。その過程で樋口も私も、交渉決裂になるかもしれないと思った局面が何回もありました。まずは19年に日本でブルーヨンダーとジョイントベンチャーを作った後、100%買収を目指したのですが、ブルーヨンダーの評価額は約55億ドルと大きく、社内のコンセンサスがなかなか得られませんでした。パナソニックの歴史を見ても、1990年代前半の米映画会社大手のMCA社(現NBCユニバーサル)の買収以来、これほど大型の海外M&Aは初めてです。そんな中、当時社長の津賀一宏からは、「まずは20%出資して、ブルーヨンダーをもっと理解したらどうか」と指示されました。そこで20%分出資して、樋口がブルーヨンダーのボード(取締役会)に入ることで同社の内部情報を学ぶことができました。

笹田珠生氏 原田秀昭氏

ソフトウエア事業は
今後絶対に必要になる事業

社外から20%の出資は中途半端だと指摘されましたが、樋口がボードメンバーに入ったことだけでも収穫はありました。後から振り返るとデューデリジェンス(資産査定)とは違う情報が得られて、多くの学びがありました。利益の出し方やマージン体系、使っているKPI(重要業績評価指標)など、事業運営の違いが手に取るようにわかるのです。我々コネクト社としては、今後絶対に必要な事業だと確信し、21年に100%買収に向けて再始動しました。

しかし本社とのやりとりは難航し、一時期、もう諦めてくれと言われたこともありました。BofA社の米国チームとのテレビ会議でも、どうされますかと聞かれました。ワンモア・ショットやりたいという我々の回答に対して、BofA社担当者の「Game is over」という言葉でその会議は終わりました。とどめを刺されたように感じて、BofA社の日本チームに確認すると、そうではない。「is not」と言ったので、まだ終わりではないと教えてくれました。「not」がうまく聞き取れなかったのです。そこから気持ちを立て直し、再度働きかけて何とかひっくり返せたのです。

社内のコンセンサスなどチャレンジを乗り越える場面でもご一緒させていただきました。こうした期間の長いプロジェクトでは強い意志が必要です。特にプロジェクトをリードする役割は非常に大切で、粘り強いリーダーの存在が今回のプロジェクトを成功させた要因だと思います。

笹田珠生 氏
笹田珠生 氏 
バンク・オブ・アメリカ 在日代表、BofA証券 代表取締役社長

――今後、ブルーヨンダーと共にどのような成長戦略を描いていますか。

今回の買収は、コネクト社の事業ポートフォリオ変革において4つの重要なポイントがあると考えています。1つは収益性が高いビジネスモデルであること、2つ目はブルーヨンダーがSaaSビジネスにおいて既存顧客との関係を構築していること。これによって持続的な利益を創出できます。3つ目がハードウエア事業に加えてソフトウエア事業を持つことでコモディティ化のリスクが減ること、4つ目が当社のビジョンやテクノロジーとの親和性が高く相乗効果を望めることです。

一般的に企業は買収後、相手企業を統合しようとします。ですが、ブルーヨンダーは我々とはカルチャーやビジネスモデルが異なる成熟した会社なので、むしろ我々のほうが勉強させてもらう立場です。会社の資金力や規模は関係なく、コネクト側がブルーヨンダーのカルチャー、経営手法、経営のスピードを学んだほうがいい。当社から出張や駐在など、盛んに人材交流を行って、切磋琢磨していこうと思っています。

M&A成功に重要な
確固たる意思とリーダーシップ

これまで日本のメーカーは商品を差別化しても、すぐに追いつかれ、海外企業が安い価格を出してきて負ける、ということを繰り返してきました。それに対して、ブルーヨンダーは特定のビジネス領域に集中し、世界で3000社の顧客を持ち、10年、20年の実績とそこから得た知見があるので、新規のソフトウエア会社はなかなか食い込めません。そうやって参入障壁を高めることが中長期の競争力を確保するために重要だと学びました。ブルーヨンダーはサプライチェーンのカテゴリーオーナーになるとも宣言しています。そういう高い目標があると、社員のモチベーションも高まります。同社のプロダクトやCS(顧客満足)施策などに適切に投資をしながら、将来的にはコネクト全体でソフトウエア、ソリューション、サービスの比率を増やしていきたいと考えています。

――今回のプロジェクトから導き出せる海外M&Aの成功要件はありますか。

海外企業のM&Aは容易ではなく、交渉が決裂することもよくあります。また、M&Aの種類として既存事業をより拡大する手法と今回のように新規事業領域に入るものがあり、後者は数としても少なく、より難易度が高いです。今回のプロジェクトでは達成したい目的が明確であり、それを社内でしっかりと共有されていたこと、また目的達成のために確固たる意志とリーダーシップをもって臨まれたことが成功要因だったと考えます。さらにコネクト社は統合ではなく、良いところをそのまま取り入れて、時間をかけてでも新しいカルチャーを作ろうとしているのもポイントです。これまでにも日本企業による海外M&Aの先駆的な事例はありましたが、今回のコネクト社のプロジェクトは、海外M&Aを検討する多くの日本企業にとって新たな指針となるのではないかと思います。

ありがとうございます。松下幸之助は「今の経営で50年、100年、その会社が存続するのか」ということを経営層に問いかけていました。我々はハードウエア事業だけではなく、M&Aによりソフトウエアのケイパビリティを身につけて、新しいビジネスモデルを作りました。今回の取り組みが当社全体に相乗効果をもたらし、さらなる持続的成長につなげていきたいと考えています。

原田秀昭 氏

原田秀昭 氏 パナソニック コネクト 取締役 執行役員 シニア・エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント チーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)

91年パナソニックUKに駐在、97年パナソニック ノースアメリカに駐在、05年同社副社長に就任。パナソニックAVC社、ITプロダクツ事業部 事業部長、パナソニック本社経営企画部長、パナソニック コネクティッドソリューションズ社 副社長などを経て、23年4月から現職。

笹田珠生 氏

笹田珠生 氏 バンク・オブ・アメリカ 在日代表、
BofA証券 代表取締役社長

95年よりニューヨーク州弁護士として法律事務所でプロジェクトファイナンスに従事。3年間の米国勤務を経て、98年メリルリンチ日本証券(現BofA証券)に入社。07年投資銀行部門マネージングディレクター、16年投資銀行部門 共同責任者、18年取締役に就任。19年から現職。

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