提供:パナソニック コネクト

未来へつなぐ変革の道
識者と探る持続的成長の鍵

Vol.4 財務とDEI

CFOがリードするDEI推進で
企業の競争力向上

写真左) 中空麻奈 氏 
BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長/チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト
写真右) 西川岳志 氏 
パナソニック コネクト 代表取締役 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CFO

写真左) 中空麻奈 氏 BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長/チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト 写真右) 西川岳志 氏 パナソニック コネクト 代表取締役 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CFO

多くの企業がESG(環境・社会・ガバナンス)経営を進める中で、社会的要素としてDEI(多様性、公平性、包括性)の重要性が高まっている。パナソニック コネクト(以下コネクト社)も企業改革の一環でDEIを推進してきた。DEI担当役員として、その推進を担う同社CFO(最高財務責任者)の西川岳志氏と、BNPパリバ証券でチーフESGストラテジストを務める中空麻奈氏に、DEI推進活動と企業価値向上の関係性について話を聞いた。

企業価値の最大化へ
CFOに求められる役割の変化

――投資家が企業に求めるものは好業績・高配当にとどまらず、ESG経営など範囲が広がっています。それに伴い、CFOへの期待役割も変化しているのでしょうか。

役割の変化というより、フォーカスのポイントが変わっているのだと思います。これまでは売上成長や利益を基準に現状の収益源を見極め、次の収益源につながるように資金を調達するのがCFOの役割でした。それが人的資本の活用、従業員のウェルビーイングや満足度の向上、さらには地球環境に優しく社会に貢献する活動をいかに測るかが問われるようになりました。一見、新しいことのようですが、もともとあるべきファクターだと思います。CFOはそこに目を向けて、まずはコストとして把握し、それをいかに付加価値に転じるかを考える必要が出てきたのです。

人やウェルビーイングに関する取り組みはコストではなく投資で、次のビジネスを生むものへと変わってきたから、CFOのカバー領域も変わっているのだと感じています。

西川岳志 氏
西川岳志 氏 
パナソニック コネクト 代表取締役 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CFO

これまではコストカットすることで十分に利益の源泉になっていましたが、今はそれだけでは成長できないし、新しい環境にも対応できません。現時点ではESG関連の取り組みは基本的にコストですが、そうした環境変化を味方につけて付加価値を生み出し、本業と結びつけることが大切です。CEO(最高経営責任者)とCFOが連携して、自社のコアコンピタンス(競争力の源泉)を崩さずに世の中の問題を解決しつつ、いかに企業価値の最大化を図るかが試されているのだと思います。その際は表面だけを飾るのではなく、因習にとらわれずに矛盾に気づき、CFOが自ら変えようとしてこそ、次のステージに移れるのだと思います。

その意味では、私がCFO兼DEI担当として取り組んでいるのは世の中の潮流に合っているのかもしれません。パナソニックグループの歴史をひも解くと、創業者の松下幸之助は体が弱かったこともあり、経理責任者を務めた高橋荒太郎と二人三脚で経営をしていました。そういった背景もあり事業部制では、事業部長の横に必ず経理責任者を置いていました。経理は数字だけを追いかけるのではなく、経営全般にも気を配る必要があり、もともと守備範囲が広かったのです。

それでもCEOの樋口泰行からDEI担当だと言われたときには驚きました。2022年に持株会社制への移行に伴い新会社「パナソニック コネクト」が発足したときに、私は従業員やその家族が誇らしいと思える会社にしたいと考えていました。そうすると数字だけではなく、従業員の幸せを両立させたうえで好循環を生み出す会社がいい。CFO兼DEI担当は、それを実現できる役割だと思い、喜んで引き受けました。

DEI推進はよいことですが、それだけを追い求めて会社として利益が出なくなれば、みんなに給料が払えず、幸せになれません。CFOは利益を上げることを追求すべきですが、そればかりでは世の中の流れと違う方向へ進んでしまい、他社と競争できなくなります。そこに経営層が気づいて腹落ちしているかどうかが、企業の差を生むのだと思います。

トップダウンとボトムアップで
DEIを浸透

――コネクト社のDEI推進活動はどのように始まったのでしょうか。

2017年春、コネクト社の前身であるパナソニック コネクティッド ソリューションズの社長に樋口が就任したときに、企業改革が始まりました。正しい変革も、実行する“人”の変革なくして実現はしない。その“人”を作るのが企業カルチャーであるとし、カルチャー&マインド改革の重要な取り組みとしてDEI推進が位置付けられました。

3階層の企業改革への取り組み

着任当初から、樋口は風土改革の重要性を説いていました。「明日からみんな私服で出社しよう」「子育てをしている人もいるのに、9時に朝会をやるのはおかしい」などと言って、これまでの習慣を変えていきました。私は会社でスーツを着ないことには抵抗感があり、3日ほどジャケットを省く程度ですごしていました。すると、樋口が私のところへ歩いてきて「君は変われない人間だね」と言われ、ドキッとしました。

そのときに、スーツと私服とではコミュニケーションの密度が違うという説があると聞きました。半信半疑でしたが、翌日から私服で出社してみると、確かに距離が近くなったように感じました。以前は資料を準備してから話しかけていたことでも気軽に聞けて、仕事のスピードが上がる。コミュニケーションの密度が上がると、意思決定が早くなり、クオリティも上がることを実感しました。

これまで形から入る手法の重要性はわかるけれど、表面だけ合わせることの怖さもあって、どちらが正しいのかずっと疑問でした。例えば、IT企業の経営者がTシャツを着て壇上を縦横無尽に歩き回ってプレゼンテーションする姿を見て、外見だけを取り入れる人がいますよね。本当にまねるべきはそこではないのに。ただ、今のお話を聞いて納得しました。西川さんは、私服で会話をすると本当に生産性が高まることを7年かけて実証研究されたのですから。

中空麻奈 氏 BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長/チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト
中空麻奈 氏 
BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長/チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト

表面だけまねる問題はよくわかります。一連の改革の中で、固定席をやめてフリーアドレスを導入しました。その神髄はコミュニケーションの質の向上にあるのですが、当社が日経ニューオフィス賞を受賞したこともありオフィスへ見学に来る方々がいますが、オフィスの美観だけをまねて、コミュニケーションの改善策を打たないこともあるようです。それではうまくいきません。

我々のDEI活動はトップダウンだけでなく、事業部や拠点ごとにDEI推進リーダー(チャンプ)を置いてボトムアップからの浸透も図っています。チャンプには予算も与えられ、事業部長に直接相談ができます。昨年はDEI活動に触れる機会を増やす目的で、1カ月集中的に関連イベントを行う月間、「コネクト DEI Month」を設けたのですが、我々推進室だけでなく、チャンプも自発的にイベントを企画し、最終的に86件ものイベントが開催されました。

コネクトDEI Month 2023

すごいですね。チャンプを決めて、問題点を指摘してもらう程度で終わる企業が多いのですが、予算がついて権限を持たせて推進する方法は初耳でした。イベントでは具体的にどんなことをしたのですか。

例えば、コネクト社は「9つのマイノリティ領域」を設定しています。(ジェンダー、育児、介護、LGBTQ+、障がい、闘病、キャリア入社、外国籍、ジェネレーション)このうち各事業部で需要の高い領域のものが自発的に企画されました。

Diversity:多様性

中でも反響が大きかったものは生理痛体験イベントで、機械を使って痛みを体験したうえで、仕事にどのような影響があるかを議論します。ほかにも、構造的差別や海外関連のセミナー、母国語が非日本語の方を集めたイベントなどがありました。

それは業務時間外に実施されていますか。また、イベントに多く参加するほど評価されるのでしょうか。

業務時間内です。参加状況は評価に影響しません。ただ、私自身もDEI活動を通じて多くの気づきを得ることができ、それによる意識変革と行動変容の結果として組織のパフォーマンスも上がったと感じています。同様に、なるべく多くの社員が参加する仕組みを作り、多くの社員が意識変革することで、その社員の属する組織のパフォーマンスが上がり、結果として個人の評価も上がることを期待しています。

中空麻奈 氏 西川岳志 氏

マイノリティを尊重し
包含することが
ビジネスの成長につながる

画期的な取り組みですが、その成果はすでに表れているのでしょうか。

毎年、従業員意識実態調査を行っています。DEI関連指標の好意回答率は4年間で7%改善し、現在は約80%になっています。毎年、DEIキャラバンとして全国の各拠点を回りながら直接意見を聞いているのですが、直近ではDEIは当たり前になっていて、さらにどう改善するかという発言が出てきて、定性的な変化も実感しています。介護のサポートに力を入れ始めてから、若い人のための活動だと傍観していたベテランの意識も変わりました。特にマネージャーはこうした取り組みをしていかないと、若い人のモチベーションにつながらないことを理解しています。7年間続けていると、だいぶ成果が表れているのを実感します。

従業員意識調査でDEI関連項目が徐々に改善

好意回答率を80%から90%にするというように、KPI(重要業績評価指標)を置いているのでしょうか。

こうした調査の結果は100になるものでもないので、グローバルの優良企業との比較で捉えています。唯一KPIを設けているのが女性管理職比率です。世の中では30年に女性管理職比率を30%以上にする目標を掲げていますが、弊社の現状は7%です。そもそも社員の女性比率も17%です。

人員や昇格実績のデータからシミュレーションしてみると、今の採用と昇格率では30年に30%以上にするのは難しいだろうとわかりました。到達可能なストレッチ目標を35年とし、そこから逆算して1年ごとのKPIを置いて、各事業部に落としています。

素晴らしいですね。世のCFOに強くお願いしたいのは、なぜ今が未達なのかという説明をきちんとしていただくことです。日本企業は女性の採用数が少なかったので、急速に管理職比率を上げようとしても、成長痛のように諸問題が出てきます。これまで培ってきた日本の文化を全否定する必要はないのですが、海外投資家にもわかるように日本の実情を説明し、その上で目標に向けて努力していることを示す。数字のエビデンス(根拠)があれば強力です。そうすればComply or Explain(ルールに従うか、従わないなら理由を説明せよ)で納得してもらえます。

投資家との対話では丁寧な説明が必要ですね。アドバイスをありがとうございます。

――今後はどのようなことに注力していきますか。

DEI活動はやればやるほど、やりたいことが出てきます。特に遅れているのは、日本語が母国語でない社員が働きやすい環境を作ることです。製造業からソフトウエアやサービスに事業領域を広げて、海外への事業展開を加速させるビジネスモデルの変化に合わせて、非日本語でのビジネス推進力が問われます。今は役員全員が英語の集中研修を受けており、今後はその裾野を広げていく予定です。そうなると社内は急激に変わるはずです。これは単なる語学の問題ではなく、非日本的な要素やマイノリティ(少数派)を受け入れるマインドにつながり、それがビジネスにも活きてくると考えています。

それは日本全体の問題でもありますよね。日本にはよい企業が多いのに、どうしても説明が足りないので、語学や文化的な問題はぜひ打破したいです。インクルージョンやダイバーシティが進めば進むほど、個性が大事になるので、コネクト社さんには日本の美徳を残しつつ、うまく融合させるところをぜひけん引していただきたいです。

もう1点、今はTNFD(自然関連財務開示タスクフォース)など様々な開示が要求されています。そのときに大切なのが、いかにコアコンピタンスと結びつけて付加価値を高めていくか。CFOとしてファンダメンタルズ(業績・財務状況)や変化を適切に説明し、みなさんに認識してもらい、株価上昇につながる仕組みを作っていただけるといいなと思います。

ありがとうございます。私たちは「強くて優しい会社」を目指しています。そのためには我々のコアコンピタンスを磨きながら継続的に収益を上げることと、従業員が誇りをもって働ける環境づくりの両立が必要だと考えています。DEI推進を通じて企業価値の更なる向上を目指していきたいと思います。

西川岳志 氏

西川岳志 氏 パナソニック コネクト 代表取締役 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CFO

94年松下電器産業(現パナソニック)入社以来、パナソニックグループの経理・財務部門に30年間従事。05年より経理責任者としてアメリカ・ヨーロッパの販売会社へ駐在後、14年より、B2BソリューションやAV家電等を取り扱う社内分社であるAVCネットワークス社にて、経理を担当。20年10月から現職。CFOとDEI推進担当役員を担当。

中空麻奈 氏

中空麻奈 氏 BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長/チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト

野村アセットマネジメントやモルガン・スタンレー証券、JPモルガン証券などでクレジットアナリシスに従事。08年にBNPパリバ証券に入社。市場調査本部長、チーフクレジットアナリスト、チーフESGアナリストを経て20年から現職。

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