提供:パナソニック コネクト

未来へつなぐ変革の道
識者と探る持続的成長の鍵

Vol.5 R&D戦略

製造業に新風を吹き込む
進化するR&DとDX

写真左) 久世和資 氏 旭化成 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX統括
写真右) 榊原彰 氏 パナソニック コネクト 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CTO

写真左) 久世和資 氏 旭化成 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX統括 写真右) 榊原彰 氏 パナソニック コネクト 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CTO

製造業のサービス化やハードウエア中心のビジネスからソフトウエアがリードするビジネスへのシフトが進む中で、研究開発(R&D)の現場も変革を迫られている。旭化成でDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する久世和資氏と、パナソニック コネクト(以下コネクト社)でR&D組織の改革をリードする榊原彰氏は、外資系IT企業で30年近く研究開発に携わった後、日本の伝統的なものづくり企業に飛び込んだ。日本企業のR&Dが持つ課題や今後の可能性について話を聞いた。

課題はスピード感と組織の壁
打破する変革と戦略

――日本の伝統的企業に飛び込んで、外資系企業と比べてどのような「違い」を感じましたか。

まず、スピード感です。ビジネスの進め方、プロセス、会議体など、大勢の人の手を経てすごく時間をかけていました。それはかつてものづくりの強さ、素晴らしい品質を生んできた体験に基づいているのですが、現代のスピードには合わなくなってきています。

榊原彰 氏
榊原彰 氏 
パナソニック コネクト 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CTO

前職のIBMでも、ハードウエアの開発製造部門があったので、現場が強く、高品質や高機能を作り込むところは似ていました。しかし、旭化成の祖業であるマテリアル事業は新素材の研究開発から量産化までに数年近くかかることもあり、ITの研究開発とは時間感覚が違いました。また、日本の伝統的な企業は情報やデータを積極的に共有しない傾向があります。旭化成は風通しがよく自由闊達な組織風土ですが、事業部間では情報共有の壁がありました。社内外への情報発信も少なく、連携や共創をもっと進めればいいと感じました。

――そうした中で、どう改革に着手しましたか。

私が入社したのは2021年11月ですが、CEO(最高経営責任者)の樋口泰行が17年から3階層の改革を掲げ推進していたので、DEI(多様性、公平性、包括性)など基本的なカルチャーはかなり浸透していました。ですが、ビジネス改革におけるソリューションシフトに適した組織や環境が整備しきれていなかったこと、また仕事を進める上での基本動作について改善の必要がありました。これまで事業部制ということもあり組織内に情報を抱え込む文化も相まって、開発したソースコードを全体で共有するのさえ抵抗感があったのです。R&D組織内のサイロ化をなくし、いかにオープンにするかが最初のチャレンジでした。

3階層の企業改革への取り組み

メンバーのマインドを変える取り組みから着手したのですが、まず目指す方向性を合わせるためにスローガン「Think Big, Act First, and Fail Fast」を作り、周知させました。失敗を恐れずに新しいことに挑戦できるように、リスクテイクし挑戦を奨励するアワードを設ける取り組みなども実施しました。

また研究者は自分の研究のみに没頭しがちです。コラボレーションの促進に向けて同僚に関心を持ってもらうための取り組みも行ってきました。その1つが「ピアボーナスシステム」です。同僚を褒めた回数がカウントされ、一定の条件を満たすと食糧難の国へ寄付がされます。同僚との関わりを深めながら社会貢献活動に参加できるというわけです。さらに、情報共有が進むよう、ソースコードをプラットフォームで共有する。最初は抵抗する人もいましたが、評価に紐づけるなど、徹底して推進しました。

旭化成では16年ごろから現場密着型でITやデジタルの活用を促進する変革を行ってきました。20年に私が入社してDXをリードするようになった時点で、400を超えるテーマやプロジェクトが走っていました。しかし、現場のメンバーが頑張っても上司や経営層の理解が得られず、デジタル推進を継続しにくい。事業間で活用状況に差が生じ、スピード感を持って成功例を横展開できない。ITやデジタルに詳しい人材が不足しているなどの課題がありました。そこで、変革をリードできる人材の育成、データ活用の促進、組織風土づくりに取り組むことにしました。

DXにおける成功要因

当社でも多数の研究プロジェクトが行われており、ゴールが曖昧な研究もありました。そこでまず行ったのが研究ポートフォリオの整備です。研究が短期か長期か、目的が明確であるか、オープンエンドで未来志向の技術であるかという軸でマトリックスを作り、プロジェクトを整理しました。そして事業戦略とR&D戦略の連動を明確にした上で、数を絞りました。

また、より市場に即した開発を実現するために、マーケットの未来予測である「テクノロジー・アウトルック」や業界・領域別の戦略をまとめた「インダストリー・プレイブック」を策定。さらにソフトウエア領域で魅力ある商材を出せるようにプロダクトマネジメント制度の導入を検討しています。事業戦略とアラインしながらより効率的かつ成果を生み出す研究開発を進める環境を整えました。

研究ポートフォリオの整理
研究ポートフォリオの整理

経営とアラインした組織に
連携を強化し変革を促進

――どのように取り組みを推進しましたか。

最初に経営層から現場まで巻き込んで、半年かけてDXビジョンをつくりました。2030年の目指す姿を明らかにし、旭化成がなぜDXをするかを全員に腹落ちしてもらうためです。この活動を通じて社員間で新たなネットワークができ、様々なアイデアが出てきました。こうした活動は事業部間の壁を取り払い、共創を進めるベースとなりました。

その後、全体の意識を変えるために「旭化成DXオープンバッジ」という5段階の教育制度を導入しました。デジタルの知識を深めるカリキュラムや教材を内製し、レベル3までは経営陣を含む全員に受講してもらうことを目指しました。旭化成ではマテリアル、住宅、ヘルスケアという異なる3つの領域で事業を行っていますが、「デジタルが共通言語になる」と社長がコメントしてくれたので、それを社内に発信して自己研さんを促しています。

21年4月にはデジタル共創本部をつくり、教育プログラムやデータ・インフラを整備し、現場の人たちがデジタルを道具立てとして自ら変革を起こす支援をしています。

久世和資 氏
久世和資 氏 
旭化成 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX統括

事業戦略に適した形でR&D組織も再構築しました。ソフトウエア開発が加速するように既存のR&D組織に加えて、クラウド事業基盤となるクラウドエンジニアリングセンター(CEC)と、SaaS事業部門を新たに設立しました。R&Dで開発した成果をクラウド基盤上でSaaSとして継続的に提供していく。この相互連携を通じてアジャイル開発を実現し、これまでにないスピードでのビジネス展開を図ります。

また当社が注力領域として掲げているSCM(供給網管理)領域においては、買収したBlue Yonder(ブルーヨンダー)や物流システムを提供するゼテスとの協業や共同開発も進めています。複雑化が進むSCM領域ではAI(人工知能)の活用が不可欠です。当社の強みであるIoT技術で製造・物流・流通の現場のデータを吸い上げ、ブルーヨンダーの提供するSaaSソリューションによって、クラウド上でAIを活用し、物流や製造の現場に指示を戻す。共同開発のソリューションについては米国市場で導入が開始されるなど着実に成果が出てきており、3社連携の展開をさらに広げたいと思っています。

現場データの統合・全体最適化

AIやアジャイル開発を使うと、研究開発は大きく変わります。素材開発では、原材料の種類、割合、配合方法など組み合わせが膨大になりますが、従来は実験を繰り返して、要求される機能を実現していました。デジタルやデータを活用することにより、研究開発スピードを速めることができ、これが世界の中での競争力の源泉となります。

そのために旭化成が力を入れてきたのが「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」です。過去の実験データや製品データ、特許や論文など社外のオープンデータなどをもとに機械学習し、要求される性能や機能を満足できる組み合わせの候補を計算し、絞り込んでから実験・検証する手法です。新型コロナウイルス禍で実験室に行けない時期にも、研究開発メンバーが、自宅のパソコン上でMIを使って有力な組み合わせの候補を導出し、通常は数年かかるところを半年で新しいグレード(品種)の開発に成功しました。

開発スピードの加速には、オープンイノベーションが不可欠です。例えば、スタートアップ企業のラピュタロボティクス様と共同で、商品のピッキングから出荷まで倉庫内全体の業務効率を高めるソリューションを開発しました。これを使って新しい事業を立ち上げたいと考えています。複雑化するSCMにおける社会課題解決に向けて、パートナー企業様との技術や知見をかけ合わせて共創を進めていきたいです。

久世和資 氏 榊原彰 氏

企業の壁を越えた共有と共創で
世界をリードする

――変革の手ごたえをどのくらい感じていますか。

R&D、クラウドエンジニアリングセンター、SaaSのビジネスユニットの間ではかなり連携が深まってオープンなカルチャーになり、アーキテクチャーとソフトウエア開発のバリューチェーンも機能し始めました。事業化できるプロジェクトも増えてきています。ただ、事業部横断で会社の中に広げるところは今後のチャレンジで、まだ改革の進捗は3割くらいという感覚です。

旭化成ではデジタル導入期、デジタル展開期、デジタル創造期と2年ごとにフェーズを進めて、現在はデジタルノーマル期です。現場の人たちが当たり前にデジタルを使って、業務や事業を変革していく状況を作ろうとしています。DXオープンバッジの取得状況は、レベル1が約2万7000人、レベル2が約2万2000人、レベル3は約1万6000人になりました。プログラミングを学んだ50代後半の倉庫管理担当者が、気象データと倉庫内のデータを組み合わせて健康に危険が及ぶ温度になるとアラートが出る仕組みを作ったり、工場の経理担当者がBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを自作したりと、業務上の問題を主体的に解決する取り組みが出てきました。

――今後は注力したいことはありますか。

デジタルノーマルや共創を社内で浸透させるだけでなく、社外にも広げたいです。当社では、DXオープンバッジプログラムを活用し、次世代のデジタル教育支援として高校生への出前授業を行っています。また、23年に活動を開始した「未来のデジタル人材の会」では、企業9社が相互協力・連携を図り、デジタル人材育成のために教材開発や共有化を進めたいと考えています。

データをよりオープンにして企業間の壁を壊したいという思いもあります。同業者間、サプライチェーンの上流や下流の企業とデータ連携すれば、お互いにメリットがあるはずです。データの取り扱いは企業としても慎重なので、まずは、秘密計算の仕組みを利用するなどの工夫をしています。

日本の製造業は、海外と比較してデジタルの活用が遅れています。そこを巻き返す1つのアプローチが、現場主導、全員参加型、共創です。特に、ものづくりで強みを持つ企業が情報やノウハウを共有し共創すれば、世界をリードできるチャンスがあります。そのためには、規模に関係なくできるだけ多くの企業が連携する必要があります。コネクト社ともぜひ一緒に取り組んでいければと思っています。

1つめが、ソフトウエア戦略を他の事業部にも展開し、ハードウエアの開発にもクラウドやAIで培ったソフトウエアのプラクティスを大胆に導入して、開発スピードや変化対応力を高めることです。また魅力あるSaaSアプリケーション開発に向けたプロダクトマネジメントの考え方を導入中で、将来的にはハードウエアベースの事業にも展開したいと考えています。

2つめは、世界に通用する研究組織にすることです。AI開発の促進のためにドイツにAI研究拠点を開設しました。また新しく採用したアウトリーチ担当者の活躍を通じて、世界中の先進的な大学との共同研究を促進したいと思います。知見のある研究者や大学の教授などには私たちの研究を客観的に評価し、技術的観点からのアドバイスをいただけるようなアドバイザリーボードの設置も検討しています。グローバルな視点で新たな価値を生み出すことのできる組織を目指していきたいと思います。

DXに成功している旭化成様からは多くを学びたいと考えておりますし、お互いのAI活用の知見などを通じて、共創の機会を作れればと思います。

榊原彰 氏

榊原彰 氏 パナソニック コネクト 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CTO

1986年、日本IBMに入社。2005年、同社ディスティングイッシュト・エンジニア(技術理事)、16年より日本マイクロソフトに執行役員 最高技術責任者に就任。21年11月から、パナソニック コネクトの前身となるパナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社チーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)に就任。

久世和資 氏

久世和資 氏 旭化成 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX統括

1987年に日本IBM入社。2005年に執行役員 基礎研究所所長。システム開発研究所長、サービスイノベーション研究所長、研究開発担当などを歴任して、17年より最高技術責任者(CTO)。20年に旭化成に入社、常務執行役員 デジタル共創本部長を経て24年4月から現職。

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