提供:パナソニック コネクト

未来へつなぐ変革の道
識者と探る持続的成長の鍵

Vol.3 人的資本経営

「管理する」人事から
「自律的成長を促す」人事へ

写真左) 伊藤邦雄 氏 一橋大学名誉教授
写真右) 新家伸浩 氏 パナソニック コネクト 執行役員 ヴァイス・プレジデント CHRO

写真左) 伊藤邦雄 氏 一橋大学名誉教授 写真右) 新家伸浩 氏 パナソニック コネクト 執行役員 ヴァイス・プレジデント CHRO

2020年に「人材版伊藤レポート」が発表されて以降、多くの日本企業が人的資本経営に取り組んでいる。パナソニック コネクト(以下コネクト社)でも17年から進めてきた風土改革をベースに、22年から抜本的な人事改革に乗り出している。人材版伊藤レポートの座長である一橋大学の伊藤邦雄名誉教授と、コネクト社 CHRO(最高人事責任者)の新家伸浩氏に、人的資本経営で求められている人事改革とその実践について話を聞いた。

「社員を大事に」
日本企業のギャップ

――なぜ人的資本というテーマに関心を持ったのでしょうか。

1980年代に世界から称賛された日本企業の経営スタイルの根幹には、年功序列や終身雇用など日本型人事システムがあるとされてきました。そして、多くの経営者は「日本企業は社員を大事にする」とおっしゃるのですが、これまで企業研修を通じてエグゼクティブや人事担当者などいろいろな立場の方の声を聞いてきた経験上、そうではない現実もあるようです。米国企業が定期的に実施している世界の従業員エンゲージメント調査を見ても、日本は約130カ国中、最下位レベルです。「社員を大事にしている」はずなのに、実質が伴っていないのは、どこにギャップがあるのかという問題意識をずっと持っていました。

私は92年に入社し人事部に配属されたので、80年代に称賛された日本企業の状況を知りません。ただ、創業者の松下幸之助の言葉に「物をつくる前に、人をつくる」とあるとおり、パナソニックは65年に他社に先駆けて週休2日制を導入し、そのころは働き方改革を推進するなど人に対して積極的に投資をしてきたことを学びました。しかしバブル崩壊後、成長軌道になかなか乗れない状況が続く中で、自分たち人事は社員が活き活きと働き生産性を上げられるような環境を作っているのか、人を活かすというよりも人を管理するための人事になっているのではないかと思うようになりました。

新家伸浩 氏
新家伸浩 氏 
パナソニック コネクト 執行役員 ヴァイス・プレジデント CHRO

多くの日本企業が用いてきたメンバーシップ型雇用では、メンバーだから会社の言うことを聞きなさいという暗黙の了解がありました。長期雇用で社員は辞めないと思っているので、経営側は社員のスキル、個性、経験値に応じて適所敵材に配置することをあまり考えません。社員も自分でスキルを磨くよりも、人事異動に従って新しい部署や仕事をOJT(職場内訓練)で頑張っていれば力がつくと思ってきました。

20年の人材版伊藤レポートを出す前に我々もかなり議論したのですが、これほど非連続的に環境が変化する中では、そういう「仕事が人を作る」パラダイムやメンバーシップ型雇用は通用しないと考えました。ただし、従来の仕組みは竹林の根のように絡み合っているので、経路依存性を断ち切って変革しないといけない。人事や人材育成の仕組みもルビコン川を渡る決意を持った変革が必要です。

人間は言葉に思考を左右されます。「人的資源」と表すると、人材をコストのかかる資源と捉え、効率的に管理したくなります。一方で、研修を通じて見違えるように覚醒し、スキルを伸ばす人たちもいます。機会や環境によって、人の力が大きく伸びることもあれば、芽を摘んでしまうこともある。使い方によって価値が増減するのは資本と同じです。それで、20年のレポートでは「資源」ではなく「人的資本」という言葉を使い、考え方を変えましょうと呼びかけたのです。

経営戦略と人材戦略を連動
「個を見る人事」へ

――コネクト社はどのように人的資本経営に臨んできましたか。

22年4月にパナソニックがホールディングス体制に移行し、事業会社ごとにそれぞれの業界やお客様に向き合えるように経営の仕組みを抜本的に変革できるようになりました。コネクト社では樋口泰行が社長に就任した17年から3階層の企業改革を実施しました。まずは風土改革に着手し、それを土台に様々なビジネス改革を進めていました。改革をさらに進めるためには人事のあり方も大きく変える必要がありました。そこで事業会社設立以降、伊藤先生がよくおっしゃる伊勢神宮の式年遷宮のように、古い建物を部分的に改修するのではなく、すべて新しく作り替えようと取り組んできました。この2年間でジョブ型の人材管理への移行や昇格選考の廃止、報酬および評価制度の変更など、抜本的な改革を行いました。

3階層の企業改革への取り組み

ジョブ型人材マネジメントによるエコシステム構築
事業戦略と人材戦略との連動

経路依存性を断とうとするとき、パッチワークのように、ここは良さそうだから入れる、これは入れないというやり方では、抜本的な変革にはなりにくいものです。コネクト社は人事改革だけを先行させるのではなく、ブルーヨンダーの買収などのビジネス変革があって、それと並行しながらワンセットで変えようとしたわけですね。

そうです。最初に、人事部があたかも人事権を持って管理するという幻想を捨てることにしました。顧客と向き合ったり、ものづくりをしたりするのは現場です。だから、現場が主体的に人事を行うようにしました。マネージャーに啓発活動や研修を行うとともに、個々人にも自分がどうなりたいか、どう学んでいくかを考えるよう自律を促し、職場単位で人材開発に取り組んでもらっています。

では、管理する仕事がなくなった人事部は何をするのか。これまでは制度を覚えてそれを運用するのが主な仕事でしたが、これからは経営戦略をしっかりと理解し、それが現場の取り組みとどう連動しているかを見極めて、必要な支援をしていかなくてはならない。人的資本経営にある「経営戦略と人材戦略の連動」に対して感度を高めようと、頭を切り替えました。特にビジネスのトランスフォーメーションに向けて、機動的に対応できる人材づくり、組織づくりに集中していかなければなりません。

人材版伊藤レポートでは3つの視点と5つの共通要素を挙げていますが、視点の1つめが経営戦略と人材戦略の連動です。そんなことは当たり前だと思うかもしれませんが、レンズの焦点を絞って見ていくと、実は連動していないことがあります。例えば、新しいプロジェクトを組成すると、いつも同じメンバーが呼ばれるという話をよく聞きます。経営戦略と連動させるなら、スキルや経験などいろいろな観点で人材を見る必要があるけれど、プロジェクトのミッションや狙いとは関係なく、いわゆる優秀人材とされる人たちが集められる。いくら優秀でも兼務ばかりでは疲れきってしまいます。通常業務よりも時間を費やすことになり、生産性は高まらないのです。

3つの視点・5つの共通要素(3P・5Fモデル)

確かに、新規プロジェクトには優秀と言われる人を集めてくる傾向があるかもしれません。それもあって、私たちが今取り組んでいるのが「個を見る人事」です。これまでは人事が社員の表層的なスキルを見つけ抜擢していましたが、これからは、現場での上司との対話を通じて社員自身が自分のスキルに気づき、自らスキルを伸ばしていくようにしたいと思っています。そのポジションに適切であり、かつ意欲のある方が正しく配置できるように取り組んでいます。

また、18年から1on1ミーティングを導入してきましたが、会話の質はやはり上司の力量に左右されます。マネージャー向けの研修も実施しますが、それだけでなく、デジタルやAI(人工知能)を活用しながら上司と部下との対話の質を高める手助けをしていく。さらには各社員の経歴情報などからそれぞれが持つスキルを可視化していく。その上で、経営戦略に見合った人材ポートフォリオを構築していく。そのような新しい手法を取り入れて経営に貢献していくことがこれからの人事の役割だと思っています。

伊藤邦雄 氏 新家伸浩 氏

成長実感が自律性を促進
企業文化を作るカルチャー改革

――コネクト社の改革の中で注目した点はありますか。

社員の成功を「thriving(スライビング)」と表現し、意義・成長・活き活き「3つの実感」を挙げているところです。人事の話は抽象論や、べき論に走りがちですが、社員の実感を確認しながら変革を進めることはすごく重要です。そうしないと、制度だけが先行し、社員は置いていかれた気持ちになりますから。

一人ひとりが成長実感を持つことが仕事に反映され、それが会社の成長につながる。会社が成長することで人材に再投資でき、また成長実感が生まれる――そういう正のスパイラルを目指しています。社員の成長実感を核にし、それを軸にした人事施策を導入しています。

すべて企業価値向上と CONNECTers' Success の実現のために

経営戦略と人材戦略の連動の観点では、現在のスキルだけでなく、新たに獲得してほしいスキルの習得、「リスキリング」も必要になります。その中で、コネクト社はラーニングカルチャーを作ってきたことにも注目しています。これを実現させるのは意外に難しいものです。大学の場合、先生の持っている知識を生徒が獲得、あるいは生徒に移植するプロセスが「学習」であり、従来は一方向的に教え込む形式でした。最近では先生と生徒の関係だけでなく、生徒同士の話し合いで一番学習が進むという研究結果もあります。つまり、リスキリングは1人で学習するだけでなく、学び合い、教え合って、みんなで学ぶことが有効だということです。

伊藤邦雄 氏
伊藤邦雄 氏 一橋大学名誉教授

新しいスキルの獲得には、越境学習やコンテンツを充実させる方向もありますし、ご指摘のとおり、学び合って組織にラーニングカルチャーを育むことも大事だと思っています。研修コンテンツの拡充については、CONNECTers’ Academyという企業内大学を設立し、研修の運営を戦略的に推進しています。具体的には全社員が受講できる英語プログラムや、職種や業界特化型の講習、MBAをはじめとする選抜式の研修など、需要に応じて幅広く用意しています。学び合いについては、年間で2カ月間、学び合いや学びの月を決めるなどして定着を図っています。中には、金曜日の夕方を学びの時間にしてみんなで学び合い、その事例を横展開して他部門に紹介する活動をしている職場もあります。

――今後はどんなことに力を入れていきたいですか。

現在は日本に約1万人の社員がおり、海外にはSCMソリューションを提供するブルーヨンダーや、航空機向けのシステム・サービスを提供するアビオニクスなどのグループ会社があります。今後、ビジネスのグローバル化がさらに加速することを考えると、今以上にビジネストランスフォーメーションを進めグローバルカンパニーになることを意識しなくてはなりません。国籍や性別を超えてコネクト社のパーパスに共感した人が集まって、仕事ができるようにする礎をこの1、2年の間に築きたいと思っています。

よくJTC(日本の伝統的企業)と言われますが、コネクト社の改革の取り組み方は、伝統(トラディショナル)ではなく変革(トランスフォーメーション)のJTC、あるいは、GTC(グローバル・トランスフォーメーショナル・カンパニー)になるためのステージに変えようという意志を強く感じます。社員の自律性や主体性をベースに、全社変革の中で人事や人材の切り口からトランスフォーメーションを同期化していくのは素晴らしいことです。ブルーヨンダーも加わってビジネスが変わると、そこで働く人たちのマインドやパーパス、意識も含めて変わり、学習したくなる企業文化を作る。そうしたカルチャー改革は個人的に興味がありますし、期待しています。

ありがとうございます。私たちは社員を「CONNECTers(コネクター)」と呼んでいます。社員同士がつながり、お客様とつながることで事業が成長する。事業を支える「人」の改革を通じて、企業全体の変革を実現できるよう、社員の自律的なキャリア形成を支える取り組みをさらに進化させていきたいと思います。

新家伸浩 氏

新家伸浩 氏 パナソニック コネクト 執行役員 ヴァイス・プレジデント CHRO

パナソニックグループにて一貫して人事を担当し、主にB2Bソリューションを担当する部門で人事戦略全般、人事制度企画、労使関係窓口、関係会社助成、採用、HRBPなどのミッションで事業体の改革をリード。人材戦略推進のトップとして同社のカルチャー改革をけん引。

伊藤邦雄 氏

伊藤邦雄 氏 一橋大学 CFO教育研究センター長
一橋大学名誉教授

一橋大学大学院商学研究科長・商学部長、同大学副学長を歴任。20年9月、座長を務めた経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の成果として「人材版伊藤レポート」を公表。22年8月創設の「人的資本経営コンソーシアム」会長。

未来へつなぐ変革の道
識者と探る持続的成長の鍵

シリーズ一覧