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日経電子版オンラインセミナー「VUCA時代のインテリジェンス経営」

リポート1Keynote

マクロエコノミック・インテリジェンスのススメ

写真:若田部 昌澄 氏

不確実な時代を企業が生き残るため外部環境の変化をどう読み解くか

いまこそ磨くべきマクロ経済のインテリジェンス

早稲田大学
政治経済学術院・教授

若田部 昌澄

米国の銀行破綻に端を発する金融市場の動揺に象徴されるように、企業は常に予測不能なリスクにさらされているが、それらの多くは、実はマクロ経済に起因する。歴史を振り返っても、1930年代の大恐慌、1970年代の大インフレ、1990年代からの日本の「失われた20年」、いわゆるリーマン・ショックが引き金となった2008年の世界的金融危機など、マクロ経済の変動は企業や個人に大きな影響を及ぼしてきた。つまり、企業が真剣に取り組まなければならない、外部環境の変化を読み解くためには、マクロ経済への理解を深め、インテリジェンスを磨くことが必要不可欠なのだ。

ここでは2023年5月23日に開催された日経電子版オンラインセミナー「VUCA時代のインテリジェンス経営~不確実な時代にインテリジェンスを活用し持続可能な成長を実現する企業経営」の「Keynote(基調講演)」をリポートする。

リポート2

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【対談】
日本企業が持続的成長を遂げるためのカギとは?

リポート3

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【テクノロジー鼎談】
近未来を変えるバーチャルテクノロジーの課題とは?

リポート4

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【パネルディスカッション1】
SX/GX分野で日本企業はいかに勝ち筋を掴むか

リポート5

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【パネルディスカッション2】
専門領域を超えた“統合知”としてのインテリジェンス強化が急務

リポート6

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【パネルディスカッション3】
“個と個のつながり”から価値が生み出されていく時代へ

金融市場の動揺で再認識されるマクロ経済視点の重要性

米国における地銀の経営破綻に端を発した金融市場の動揺(Banking Turmoil)は、瞬時に世界へ波及していった。

日経電子版オンラインセミナー「VUCA時代のインテリジェンス経営」の基調講演に登壇した早稲田大学 政治経済学術院 教授の若田部昌澄氏は「金融危機までには至っていないものの、この混乱がどのような影響をもたらすのか。また、その背景に何があるのかを把握する上で、マクロ経済の視点を持つことが非常に重要です」と語る。

破綻の背景となった米国スタートアップ市場は実のところ、すでに21年をピークに投資額が急減している状況にあった。新型コロナウイルス禍が契機となった第4次ベンチャーブームが去ったという側面もあるが、もう1つの側面として見逃すことができないのは、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)による短期間での度重なる金利の引き上げだ。これによって多くの企業の投資にブレーキがかかってしまったのである。こうした“裏の裏”にある要因を読み解いていくためにも、マクロ経済の視点が欠かせない。

ここで若田部氏が引き合いに出すのが、22年10月にノーベル経済学賞を受賞したベン・バーナンキ氏、ダグラス・ダイヤモンド氏、フィリップ・ディビッグ氏の3氏による研究だ。銀行がなぜ必要なのか、銀行の破綻がいかに金融危機につながるのかを、1980年代初頭に明らかにした3氏の研究成果は、その後の金融政策の基礎となって金融市場の規制や金融危機の対処に重要な役割を果たしている。

「今回の銀行破綻に際して、米国財務省やFRB、連邦預金保険公社などが即座に預金の全額保護を打ち出し、金融システムに対する不安がこれ以上広がらないように動いたのはその象徴的な例です」と若田部氏は語る。

そして今回の金融市場の混乱は、今後の企業活動にどんな影響を及ぼしていくのか。景気の後退局面ではM&Aの件数が金額とともに減少していくことも明らかになっており、若田部氏はこうしたマクロ経済の視点から動向を注視していくことの重要性を説く。

写真:若田部 昌澄 氏

早稲田大学
政治経済学術院・教授

若田部 昌澄

早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業後、早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院にて学ぶ。2005年から早稲田大学政治経済学術院教授。研究関心は経済危機と経済学の歴史的関係、中央銀行論など。ケンブリッジ大学、ジョージ・メイソン大学、コロンビア大学日本経済経営センターで訪問研究員、全米経済学史学会副会長(16年から17年)、日本銀行副総裁(18年3月20日から23年3月19日まで)を歴任。主な著書に『経済学者たちの闘い』(03年、増補版13年)、『昭和恐慌の研究』(共著、04年:日経・経済図書文化賞)、『改革の経済学』(05年)、『危機の経済政策』(09年:石橋湛山賞)、Japan’s Great Stagnation and Abenomics(15年)など。

「安いニッポン」の真因を読み解くための鍵

若田部氏がもう1つの例として挙げたのが、近年メディアでも頻繁に取り上げられている「安いニッポン」の問題である。

米国や欧州など諸外国に出かけた日本人が、現地の物価の高さに驚かされることは少なくない。若田部氏によれば、この事象は日本人の賃金の安さと密接に結びついており、「安いニッポンの真因を読み解くためには、バブル崩壊以降の物価と名目GDPの推移に注目する必要があります」と語る。

名目GDPとは、簡単に言えば企業や世帯が生み出した付加価値の金額を年間ですべて足し合わせた国内総生産であるが、米国や英国、カナダの名目GDPが1990年代と比べて3倍以上になっているのに対し、日本では横ばいが続いている。ちなみに、ドイツとイタリアはその中間の約1.5倍の増加だ。

こうした実態を踏まえつつ若田部氏は「なぜ日本では物価が上がらないのか、賃金が上がらないのかを考えるためにも、名目GDPが上がらない理由はどこにあるのか、マクロ経済の視点を出発点にする必要があります」と強調する。

名目GDPを増やすために重視すべき3原則

名目GDPを高めることは経済に非常に大きな効果をもたらす。若田部氏はまず雇用を挙げ、「経済学の世界で『オークンの法則』と言われているように、名目GDPが増加すると失業率が低下し、雇用が増加します」と語る。

もう1つが財政だ。日本の22年度末における国の公債金(借金)残高は約1026兆円になると見込まれており、「危機的な状況にある」と危惧する声も多く聞こえてくるが、「名目GDPが増えていくと、財政も健全化の方向に向かいます」と若田部氏は言う。財政健全化とは、具体的には税収の増加や債務対GDP比率の低下を指すが、要するに名目GDPが増加するに従って国の借金に対する相対的な負担が軽くなっていくわけである。

では、名目GDPを増やすためには何をすべきか。日本のあるべきマクロ経済戦略に向けて若田部氏が重要視するのは以下に示す3つの原則である。

第一原則は経済学の基本に忠実であること。政策上では「マクロ経済の安定化」「経済の成長」「所得の再分配」の3つが大きな目標となる。「経済全体のパイを広げるとともに、そのパイを特定の人だけが独占するのではなく、社会全体で切り分けていく仕組みが必要です。加えて景気変動の影響を避けるために、経済のパイの大きさを常に一定以上に安定的に維持しなければなりません」と若田部氏は語る。

第二原則は「応病与薬」のアプローチで、現状に合った政策を実行すること。医師が患者の病気に応じた薬を処方するのと同じで、デフレ時にはデフレ対策、インフレ時にはインフレ対策といった状況に応じた施策が求められる。

第三原則は「知識」を世界に求めること。「日本とも親和性の高い海外の経済先進諸国において、ある程度の期間で実施され、なおかつ成功を収めている施策を、まず導入すべきではないでしょうか」と若田部氏は言う。

いずれにしても、まず現状を正しく判断しないことには何も始まらない。日本にとっての最大の問題は、長期間におよぶ民間需要の構造的な低迷であり、考えなければならないのはバブル崩壊以降のこの状況がいつまで続くのかということだ。

このまま民間需要の低迷を放置すれば、企業の期待成長率はますます低下し、投資は減退し、結果として総供給・供給能力の低迷を招き、さらに総需要が低迷していくという負のスパイラルから抜け出せなくなる。

写真:若田部 昌澄 氏

日本における「望ましい政策」への提言

上記のような日本が抱える根本的な課題を踏まえつつ、若田部氏は「望ましい政策」として次の3つの提言を行った。

1つめは総需要の維持・引き上げだ。「需要が不足している局面だからこそ、それを引き上げる財政および金融政策が重要です」と若田部氏は訴える。

2つめは財政・成長政策による中立金利の引き上げだ。「財政政策によって経済全体で資金に対する需要が増大します。加えて成長政策によって企業の生産性が向上することでも資金需要が増大し、金利に対する上昇圧力が高まっていきます」と若田部氏は語る。

そして、3つめが経済成長政策だ。もちろん簡単なことではない。どんな施策を打てば経済が成長するのかがわかれば、そもそも苦労はない。だが、1990年から現在まで30年以上にわたって総需要の低迷が続いてきた日本だからこそ、「キャッチアップの余地は大いにあります」と若田部氏は強調する。

前述の「知識を世界に求める」とも共通するが、世界の経済先進国には日本が長らく低迷していた時期にさまざまな施策を実行し、成功した事例が数多くある。「これらの先駆者に学び、財政・成長戦略を組み合わせることで、政策イノベーション(policy innovation)を成し遂げることは十分に可能と考えます」と若田部氏は語る。

ただし、今後に向けてはこれまでと違った考察が必要だ。日本は現在も低インフレ(デフレ)や低金利のリスクから脱し切れていないが、一方で米国や欧州の状況を目の当たりにするにつれ、「むしろこれからは高インフレ、高金利の時代が再来するのではないか」とみる声も一部で上がり始めている。

背景にあるのは、まず政府の役割の増大だ。さまざまな規制や財政赤字、政府債務の増大によって、経済にインフレ圧力が増すという議論が起こっている。また中国においても、高度成長が終焉(しゅうえん)を迎えつつあると言われており、先進国と新興国の成長率がともに収束していく可能性がある。

次にグローバル化の終焉(脱グローバル化)である。財貿易の成長はすでに08年を境に低迷しているが、これに昨今の地政学的緊張と経済安全保障懸念の高まりが合わさり、各国はサプライチェーンの再構築を迫られている。統合と効率化の時代から、分断と安定性の時代へと志向が変化することが、インフレをもたらし得る。

ほかにも世界的な人口構成の変化や気候変動への対応に伴う脱炭素経済への移行(グリーンフレーション)なども、インフレ要因になると見られている。

とはいえ、こうした動向がインフレの時代の到来をもたらすかどうかは不確実だ。例えば人口構成の変化も、資金の供給を増やす面と減らす面の2つがある。資金の供給が増えれば、日本でも他の国でも低インフレ/低金利のリスクは残るかもしれない。

こうした中で、我々は何をすべきなのか。若田部氏は「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは変化に最もよく適応したものである」というダーウィンの進化論の名言を引き合いに出しつつ、「いまから世界がどこに向かっていくのか。不確実な時代だからこそ、マクロ経済の動向にしっかり目を凝らし、そのインテリジェンスを磨いていくことが大切です」と改めて強調した。

日経電子版オンラインセミナー「VUCA時代のインテリジェンス経営」の様子をアーカイブ動画でも視聴いただけます。

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【対談】
日本企業が持続的成長を遂げるためのカギとは?

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【テクノロジー鼎談】
近未来を変えるバーチャルテクノロジーの課題とは?

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【パネルディスカッション1】
SX/GX分野で日本企業はいかに勝ち筋を掴むか

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【パネルディスカッション2】
専門領域を超えた“統合知”としてのインテリジェンス強化が急務

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【パネルディスカッション3】
“個と個のつながり”から価値が生み出されていく時代へ

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