提供:PwCコンサルティング
リポート5パネルディスカッション2
リスクテイクに必須なインテリジェンスの統合とは
【モデレーター】
PwCコンサルティング合同会社
上席執行役員 パートナー
齋藤 篤史 氏
【パネリスト】
PwCコンサルティング合同会社
執行役員 パートナー
丸山 満彦 氏
【パネリスト】
PwC Japan合同会社
シニアマネージャー
ピヴェット 久美子 氏
【パネリスト】
PwCコンサルティング合同会社
シニアエコノミスト
伊藤 篤 氏
ビジネスを取り巻く環境が激しく変化して予測困難な事象が次々に起こるなか、経営者は自社の持続的な成長を実現するために、リスクを正しく認識しながらチャンスに変えていく、すなわちリスクテイクのための戦略的な意思決定が求められている。企業経営への影響が大きいとされる「地政学リスク」「マクロ経済」「サイバーセキュリティー」の3つの課題を切り口に、PwCの専門家が“統合知”としてのインテリジェンス活用およびその強化について議論した。
リポート1
【Keynote】
いまこそ磨くべきマクロ経済のインテリジェンス
リポート2
【対談】
日本企業が持続的成長を遂げるためのカギとは?
リポート3
【テクノロジー鼎談】
近未来を変えるバーチャルテクノロジーの課題とは?
リポート4
【パネルディスカッション1】
SX/GX分野で日本企業はいかに勝ち筋を掴むか
リポート6
【パネルディスカッション3】
“個と個のつながり”から価値が生み出されていく時代へ
【モデレーター】
PwCコンサルティング合同会社
上席執行役員 パートナー
齋藤 篤史 氏
都市銀行およびコンサルティングファームに勤務した後、2010年1月にプライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社に入社。総合商社、メガバンクのほか、製造業、電力・ガス業界、食品・消費財業界、製薬業界などの幅広いクライアントに対してコンサルティングサービスを提供。主に、ESGリスクや地政学リスクを統合したERM(全社的リスクマネジメント)、BCMおよびBCP(事業継続の管理および計画)、戦略投資リスク管理、内部統制などのリスクと一体化した経営管理関連サービスを専門とする。
齋藤 PwCが2022年10月から11月にかけて実施した「世界CEO意識調査」の結果によれば、CEOが脅威と感じている課題の最上位に挙がったのが「インフレ」ですが、これに続くのが「マクロ経済の変動」「地政学的対立」「サイバー脅威」です。
まずはピヴェットさん、地政学の専門家の立場からサイバーおよびマクロ経済との関係性についてコメントをいただけますか。
【パネリスト】
PwC Japan合同会社
シニアマネージャー
ピヴェット 久美子 氏
会計系コンサルティングファームにてサプライチェーンマネジメント(SCM)領域のグローバルサプライチェーン戦略立案、オペレーション改善、ERPシステム構築支援などに従事した後、戦略コンサルティングファームにて海外関係会社の管理高度化、海外新規市場戦略の立案など、主にアジア・欧州において多数のグローバルプロジェクトを担当。事業会社にて国際事業およびブランド戦略立案に従事した経験も有する。
ピヴェット 地政学とサイバーの関係から述べると、直近の例としてはロシアによるウクライナ侵攻が挙げられます。物理的な軍事行動の前後に、政府機関に対してサイバー攻撃が仕掛けられたことを報道でも見聞きするように、この紛争は近代史上で初めてのハイブリッド戦争と言われます。地政学上の対立からサイバー空間でもディスラプションが起こるという事実を私たちは目のあたりにしています。
これと連動して、両国からの食料やエネルギーの供給がストップし、コモディティー(先物商品)価格が全世界的に上昇するなど、地政学的な事象が経済に大きな影響を及ぼしています。企業にとって、これまで経済合理性だけを考えてグローバルのサプライチェーンを設計すればよかったのが、インプットコストの上昇やサプライチェーンの寸断といったリスクを想定し、調達先の複線化といった対応も取らざるを得なくなっています。
こうしたことから現在の企業活動においては、地政学だけでもマクロ経済だけでもサイバーだけでもない、これらの知見をすべて組み合わせた判断力が問われています。
齋藤 次に丸山さんには、サイバーの専門家の観点から地政学とマクロ経済との関係性について、ご意見をいただければと思います。
【パネリスト】
PwCコンサルティング合同会社
執行役員 パートナー
丸山 満彦 氏
25年にわたり製造業、サービス業、金融機関、政府などの幅広い業種に対するサイバーセキュリティー、ITリスク分野のコンサルティング、監査に携わる。内閣官房に出向し、内閣官房サイバーセキュリティセンターの立ち上げ、政府統一基準の策定、改訂に関与。ISMS制度の立ち上げ、普及にも関わる。内閣官房、総務省、経済産業省などの有識者委員に多数就任しているほか、複数のセキュリティー関連団体の理事、監事も務める。
丸山 私から述べておきたいのはサイバー犯罪を含むサイバー攻撃に関する動向です。サイバー犯罪は、その影響はいまや個々の企業にとどまらず社会全体に広がっています。サイバー犯罪というと、重要データやシステムを人質にとって身代金を要求するランサムウェア攻撃などを思い浮かべるかもしれませんが、それだけではありません。知財などの情報窃取もあります。また、情報工作にも気を配る必要があります。例えば他国の大統領選挙を自国に有利に働くように世論を向かわせる情報工作が、SNSなどを通じて現実に行われています。さらに敵対する国の社会インフラの制御システムを破壊するサイバー攻撃も今後多発する可能性があります。このようにサイバー攻撃の動向を見ることで、地政学的なリスクをより広範に捉えられるようになります。
マクロ経済も同様です。サイバー空間上でのデジタル投資が世界経済を大きく左右しているのは事実であり、経営者はその動向をしっかり注視していく必要があります。
齋藤 それでは伊藤さん、マクロ経済の専門家の立場から地政学およびサイバーとの関係性についてコメントをいただけますか。
【パネリスト】
PwCコンサルティング合同会社
シニアエコノミスト
伊藤 篤 氏
官公庁および金融機関において、約20年のマクロ経済および財政・金融政策に関する調査経験を有する。財務省において、経済調査および経済対策の企画立案の業務に従事。その後、外資系証券会社では、内外の機関投資家向けに経済・金融市場、マクロ経済政策などの調査・分析を提供。さらに国内銀行において、調査業務を立ち上げ、各国の経済・物価・金融市場の予測、ストレスシナリオの策定業務に従事した経験も有する。
伊藤 これまでマクロ経済の領域では、各国のGDPなどの指標を捉えて市場の分析や予測を行ってきましたが、近年のDXに代表されるデジタル投資によって生み出された付加価値が既存の指標にどこまで正確に反映できているのか、盛んに議論されるようになりました。こうして現在、検討されているのがデジタル経済のサテライト勘定です。この試算によればGDPに占めるデジタル経済の割合は、米国で約10%、日本で約8%に達していると見られます。こうしたデジタルの付加価値は、今後グローバルでも注視されていくことになると考えています。
一方、マクロ経済と地政学リスクの観点から重大な局面を迎えているのが半導体です。経済より安全保障を優先するバイデン政権は対中デカップリング(分断)を進めており、半導体産業はその矛先にあります。そうしたなかでバイデン政権は、半導体製造装置の分野で高いシェアを持つ日本やオランダにも対中規制の強化を求めており、日本の政府や企業は今後難しい判断を迫られるかもしれません。
CEOが懸念する脅威
齋藤 皆さんのお話からマクロ経済変動、地政学的対立、サイバー脅威の3つの課題が非常に密接に関連し合っていることを改めて認識しました。リスクテイクのために、これらの知見をいかに統合していくのか。私からはインテリジェンス組織をしっかり機能させるための成功要因を述べさせていただきます。
1点目はリーダー層へのアクセス。インテリジェンスチームが社内組織体制に埋もれてしまい、CEOやCFO、COOなどの意思決定者に対して直接アクセスを持たない場合、その存在意義は失われてしまいます。最大の価値を得るためにはCスイート(「C(Chief)」から始まる肩書の経営の役職者)がインテリジェンス活動の最大のスポンサーおよびステークホルダーとなることが必要です。
2点目はインテリジェンス人材。インテリジェンスチームの活動はリスクコンプライアンスやリスクダッシュボードの管理にとどまらず、確かなインテリジェンス収集・分析のノウハウ(トレードクラフト)が求められます。元政府情報分析官、マクロエコノミスト、産業アナリストなど、高度なクリティカルシンキングやストーリーテリング、アナリティクスのスキルを持ち合わせた人材が必要です。
3点目はビジネスサイドとの連携。最大の効果を出すため、インテリジェンスチームは現場の事業運営や経営層の戦略策定を直接サポートし、情報の縦割り化を防がなくてはなりません。インテリジェンスチームとビジネスサイドの密な連携によって「何を知りたいのか?」という問いを立て、分析結果と事業示唆を結びつけ、その問いに答えることが可能となります。
4点目はデータ収集方法の確立。いかなるインテリジェンスチームにおいても、新たなデータ取集(=Research)が必須となります。人員コストに加え、データ収集や契約に係る費用を含んだ組織設計が求められます。
そして最も重要なポイントとして、経営側にも「情報を咀嚼(そしゃく)し、正しく評価する」ケイパビリティーが必須となることを重ねて述べておきたいと思います。
ピヴェット 3点目に挙げられたビジネスサイドとの連携は、私もとても重要なポイントだと考えています。地政学リスクや経済安全保障に関するプロジェクトでさまざまなクライアントと議論することがありますが、クライアントがグローバルでどのような体制をとっているかによって、同じリスク事象に関しても重要度が異なるため、お勧めするアクションが違ってくる場合があります。自社の重要市場は何としても死守するアクションを検討しますが、一方で優先順位の低い市場については、全社的なバランスを考慮しながら被害を最小限に抑えるための方策を検討することになります。
その意味でも単に情報を集めるだけではなく、自社の置かれた状況を正確に把握するために最も必要な情報は何なのか、それをどのようにモニタリングするのかを常にしっかり意識しておかなければなりません。
齋藤 改めて今回のディスカッションのポイントを整理すると、グローバルおよび日本企業のCEOがマクロ経済変動、地政学的対立、サイバー脅威に的確に対処し、とくに海外事業を推進する際に求められるのは「マーケットインテリジェンス」「新たな規制・ルールなど新規制度への対応・適合能力」といったインテリジェンスの強化です。そこに向けて成功を掴むための要因としては、インテリジェンス人材の育成やビジネスサイドとの連携が重要ですが、加えて経営者自身の「情報を正しく評価する」ケイパビリティーが欠かせません。さらに経営者が戦略的な意思決定のためにリスクや脅威を捉えていく上では、地政学、マクロ経済、サイバー脅威は互いに関連しているため、個々の専門領域内での情報収集にとどまらず、「サイロを壊して、統合知とすること」が重要であると考えます。
丸山 私から述べておきたいのは、経営者自身が「インテリジェンスを生かしたい」という気持ちを持たなければ、取り組みは前進しないことです。料理に例えるなら、私たちコンサルタントを含めたインテリジェンスチームは、良い食材を集めることに努力は惜しみませんが、それらの素材を最終的にどう料理するのかは経営者の判断に委ねられています。そこがリスクテイクにおける最大のポイントであり、経営者とインテリジェンスチームの緊密な連携が欠かせません。
ピヴェット 脅威やリスクと言うと、多くの企業は「避けるべきもの」というマインドセットを持ちがちですが、私が常に訴えているのは「リスクとチャンスは表裏一体である」ことです。完璧にリスクを回避することは困難であり、敢えてリスクを受け入れて行動することで、より大きな売上や利益などのリターンを期待できるのです。これがリスクテイクの基本的な考え方であり、さまざまな判断材料をどのように統合してフォワードルッキングの戦略を立てていくのかを、日本企業はしっかり検討していく必要があります。
伊藤 皆さんのおっしゃるとおりで、数十年に一度あるいは百年に一度とも言えるような予測不能な事象が、サイロ化した専門分野では捉え切れずに次々と起こっているのが現在の状況です。経営者の方がご自身お一人の経験や考えにもとづいて、それらの事象すべてに対応していくのは極めて困難です。したがって、できるだけ多くの人材を巻き込みながら、その統合知によって不確実な将来に積極的に立ち向かい、リスクを取りながらチャンスに変えていくことが、今後の企業の生き残る道であると考えます。
齋藤 パネリストの皆さま、有益なご意見をありがとうございました。本日の私たちのディスカッションが、日本企業におけるインテリジェンス強化やリスクテイクに向けた取り組みにつながっていけば幸いです。
リポート1
【Keynote】
いまこそ磨くべきマクロ経済のインテリジェンス
リポート2
【対談】
日本企業が持続的成長を遂げるためのカギとは?
リポート3
【テクノロジー鼎談】
近未来を変えるバーチャルテクノロジーの課題とは?
リポート4
【パネルディスカッション1】
SX/GX分野で日本企業はいかに勝ち筋を掴むか
リポート6
【パネルディスカッション3】
“個と個のつながり”から価値が生み出されていく時代へ